魔王アスラ、迷子と間違われる

退屈は身を滅ぼす。


いつも通り起きて、いつも通り執務をこなし、いつも通り敵を撃退し、いつも通り寝る。

いつもいつもいつも・・・そんなルーティンじみた日常に一石を投じたのは、ほんの些細な事じゃった。


その日はいつも通りゴロゴロしながら、我が城に侵入してくる不届き者を倒そうと玉座で待っていたのじゃが、如何せん羽虫にしては手強かった。


故に負けそうになった・・・いや負けてないぞ?決して負けては無いが、兆が一負けそうじゃなこれ、って思って身構えておった時に、エーアイ?とか名乗る変なやつに縛られていた体の不自由感がなくなったのじゃ。


結局その後は羽虫共をギッタンギッタンにして、部屋でぐーたら・・・じゃない、休憩しておった。


それからというもの、日々が退屈で仕方がない。

我が四天王や部下、メルフェージュすらもエーアイとやらに縛られておるようで、自由に動けるのは妾だけ。さすが妾、さすわらと言うべきかのぅ?


しかし自由に動けるのが妾だけなのは面白くない。よって決意した。


───妾、ちょっくら旅に出てくるわ。


む?仕事?そんなのフェルメージュがやってくれるじゃろ(適当)


そういうわけで、思い立ったら即実行の行動力が高すぎる妾は、転移の魔法陣によって魔王城の外に出たんじゃが・・・。


「ほうほう、これが外の世界か・・・って何か暗いのぅ。まぁ暫くすれば慣れるじゃろ・・・って、ほ!?」


まるで我が城にあるダンジョンのようじゃの、と感心しておったらいきなり右方と左方から雄叫び上げた不審者と魔物が、幼気な妾に向かって攻撃してくるんじゃが!?


「な、なんなんじゃお主らぁ!斯様な娘の妾にいきなり攻撃してくるとは、どうやら常識がなっておらぬようじゃのぅ!?」


取り敢えず不審者(恐らく人間)の危なっかしい剣を掴み、妙に荒ぶっておる魔物の攻撃を人差し指で受け止めた。

こう見えても妾、頭のおかしい奴らしかおらん魔族の中でも15000年以上は生きてる大魔族なんじゃが、いきなり知らん奴に攻撃してくるやつは初めてじゃぞ。


もしかして外の世界って危険?妾はひとつ賢くなった。


「はっ!?誰だよ君ッ!?」


暫く不審者の攻撃を指で受け止めていたのじゃが、驚きで固まっていたのが解けて今頃になって騒ぎ出した。


・・・ふっ、このアスラーク=トランジェスタを知らんとは、さてはモグリじゃなコイツ?


取り敢えずこれ以上ギャーギャー騒がれるのも嫌じゃし、軽く蹴りを───っあ、蹴りすぎた。


ど、どうしようかのう?思ったより強く蹴りすぎて、瓦礫の塊に頭から突っ込んでしまっておる。平常時なら、あれが頭隠して尻隠さずか!と大爆笑モノじゃが、今はあんま笑えん。


「い、生きとるか〜?」


試しに呼び掛けてみるが反応はなし・・・あ、足がピクピクしておる。多分大丈夫じゃな、ヨシっ!(目逸らし)


っちゅうことで視線を魔物に向け現実逃避して、大きな爪の攻撃を受け止めていた指を逸らし、そのまま首根っこを掴む。


さっきの人間に話を聞こうと思ったが気絶しておるし、コイツから話を聞けばいい。


そう思っていたのじゃが。


「グゥォォォォォォン!?」


「む、なんじゃと?お前の母ちゃんでべそ・・・?妾に親と呼ばれる存在は居らぬわ戯けめ!」


「グググ、グガァァァィ!!?」


「むむ、鈴木という苗字は愛知県が一番多いのか!」


「ガァァァ!?」


ふむ、どうしよう。全く分からぬ。取り敢えずそれっぽいことを言って間を持たせてみたが、何を言っておるかちんぷんかんぷんじゃ。

気のせいかもしれんが、この魔物も「そんな事言ってないっす!」とばかりに首を振っておる気がする・・・まっ、気のせいじゃな!


大体コイツ、本当に魔物か?人間ならまだしも、魔界に名を轟かせる魔王である妾を知っておるなら、絶対に攻撃した瞬間に平伏しておるはずじゃろ。


となるともしや、見た目は魔物にそっくりな何かという可能性もあるのう。


「うーむ、一応聞くが貴様、何者じゃ?」


「グガガ、グガガガァ!」


・・・そうじゃった、こいつの言葉分からんのじゃった。


まぁよいか。考えてみれば魔物にしろそうじゃないにしろ、妾には関係のない話じゃし。


ふむ、そうと決まればサクッと倒すに限る。


「貴様に恨みはあんまりないが、これが運命じゃと割り切るんじゃな」


「グウッ!?」


首を掴んでいた右手に力を込め、徐々に圧迫していく。

魔物は苦しそうに藻掻くが、思い切り力を込めて握り潰してやれば静かになった。


ふっふっふ、やはり外の世界でも妾は最強のようじゃの!


「あーっはっはっは!」


だらんと力なく草臥れる魔物の首を握りしめながら、ついつい高笑いをしてしまう。


あ、結構恥ずかしいわこれ。メルフェージュ辺りに見られたら、一生黒歴史ものじゃな。見られてないじゃろうが、やっぱりもう少しお遊び・・・コホン、視察をするべきじゃろうて。


「・・・しかしのう、流石にここで過ごすには狭すぎる」


ポイッと魔物の死骸を投げ捨て思案する。

ここから出る方法は幾らでもあるが、問題なのは外の世界が全てダンジョンに覆われていた場合じゃ。


もっとたくさんの刺激が欲しくて外の世界に来たのに、これでは魔王城にいた時とあまり変わらぬ。


まぁ、その時はその時で諦めるか。


メルフェージュの時のように魔法陣を作り、転移の準備をする。

その途中で妾が蹴り飛ばした不審者のことを思い出したのじゃが、多分ほっといても大丈夫じゃろ。


それに妾人間嫌いじゃし、助ける義理はない。


一応生きてるか確認するために、足先でチョンチョンとしたら彼奴の頭の上にある動く物体が、ふよふよと妾のことを捉えていた故に生きていると判定した。


似たようなモノを我が城に挑む羽虫達が浮かせておったし、死んだらその物体諸共消失する。だが不審者の物体は動いておるから生きておるということじゃろ。


「よし、では二度目の転移といくか!」


妾は漲る魔力を魔法陣に込め、まだ見ぬ世界への期待を込めて飛び出した。


一度目の転移は変なやつらに絡まれた故、次こそは良さげな場所へ行ってくれと願いながら。


───

──


「・・・おっ、どうやら成功したっぽいの」


転移の吸い込まれる感覚が鳴りを潜め、魔力の循環が止まる。当たりを見渡せば暗い空が広がっておった。


そして何よりも気になるのは、夜天を穿つ巨大な何か。


「ほー、もしやあのでっかいのは全て建造物か?」


目を凝らしてみれば、一つ一つがきちんと機能しておることが分かる。しかも驚きの事ながら、ここまで巨大なのにも関わらず魔物が襲ってこない事が謎じゃの。


あんなに大きければ飛龍が壊してしまいそうじゃが・・・いや待てよ。


「むむっ、何やら息苦しいぞ?」


意識していた訳では無いが、転移で使用した魔力が何故か回復しない。正確には回復はしておるが、微々たる量じゃ。


なるほど、どうやらここは魔力自体が希薄なのか。


そりゃ飛龍も存在出来ぬ訳じゃ。魔力量が膨大な妾ならあまり影響を受けぬが、並の魔物なら魔力欠乏症で死に至ってもおかしくは無い。

何せ魔物は魔力溜まりから生まれるんじゃからの。海でしか生きていけぬ魚と同じように、魔力がないところでは生きていけぬ。


「ほほう、じゃからここまで人の気配がするのか」


妾の髪の毛レーダーから察するに、とんでもない数の人間が周りを闊歩しておるようじゃ。さしずめ人間の坩堝と言ったところか。しかも誰も彼も、防具すらまともに身に着ておらぬ。


魔物の危機に脅かされることはないのじゃから当たり前かもしれんが、些か不用心じゃのう。もしいきなり下着を頭に身につけた不審者が襲って来たら、どうやって撃退するのじゃろうか。


・・・もしや自分も、と対抗して身に付けていた下着を身に付けるのではあるまいな?


そうだとしたら妾ドン引きなんじゃが。流石に怖いぞ人間達よ。


と、無数の人間たちが下着を顔面に装着して、ドンドンと仲間を増やしていく様子を想像し顔を青くする中、妾の足元にふわりとした感触を感じた。


「にゃーお」


「むぅ、何者じゃお主」


足を擽る不届き者をひょいと持ち上げると、可愛らしい鳴き声でポケーっと妾を眺める4本足の獣。


ふわふわとした毛並みが可愛らしいのじゃが、右足に当たる部分が少し血に濡れていた。どうやら怪我をしておるらしい。


「ふんっ、その程度の怪我など治して見せろ」


「にゃぁ?」


「・・・くっ、かすり傷ではないか!」


「にゃうーん」


「・・・・・・ぬぁーもう!分かった、治してやるから可愛らしい鳴き声を上げるでない!」


こやつめ、幾ら妾が美しく儚い器の広すぎる魔王じゃからと言って舐めすぎではないか?いや別にそっちの舐めるではないが。


にゃんにゃんとかわ・・・うるさい生き物の右手に回復の呪文を掛ける。


魔力的には余裕なのじゃがあまり使いたく無い回復呪文は効果を発揮し、直ぐにかわい、うるさい生き物の右手を治してしまった。


「ほら、これで元通りじゃ」


「にゃお!にゃお!」


「ふっふっふ、そうかそうか。嬉しそうで何よりじゃ」


かわいい生き物を地面におくと嬉しそうに動き回り、チョロチョロと妾の周りを回っているのが非常に愛らしい。

そして疲れたのか今度は妾の元に歩み寄ると、ごしごしと体を擦り付けてきた。


一頻り擦り付けが終わると、再びにゃあとないて妾の前でごろーんと寝転がっておる。


・・・くっ、撫でたい!


「うぅ、お主が悪いんじゃからな!」


妙な心臓の高鳴りを感じながら、恐る恐る柔らかな毛並みに触れる。

ふわふわで心地良さを感じる毛と、もう少し力を込めてしまえばそのまま命を潰してしまいそうなほど脆い身体。


吸血鬼やセイレーン種は知らんが、純魔族たる妾や魔物達が蔓延る我が城ではまともに生きていけないじゃろう。


それでもこうして生きていける人間社会に、妾は少し感心してしまった。人間は依然として嫌いじゃが、弱者でも生きていける社会というのは見習わねばならぬな。


そんなことを考えながら───気付けば十数分が経過していた。


何ともげに恐ろしき事じゃが、この可愛らしい生物を撫でている間は時間が消し飛ばされている感覚に陥るのじゃ。

故に妾は、真後ろから近付く存在に気付くことが出来んかった。


「あ、あのー・・・大丈夫、ですか?もしかして迷子だったりします?」


「む?あぁ、別に迷子ではないんじゃが」


あまりにも夢中になりすぎて分からんかったが、どうやら人間のメスが話しかけて来たらしい。

妾は今、可愛らしい生物───“ニャー介”を撫でるのに忙しいのじゃが、何やら心配そうな顔で問いかけてくる物じゃからつい答えてしまった。


「えーっと、そうだなぁ。お母さんとかお父さんの連絡先とか分かりますか?」


「いやじゃから、妾は迷子ではないぞ?」


「そ、そっか・・・うーん、覚えてなさそうですね」


「じゃから迷子じゃないぞ妾ァ!?」


こっ、このメス!よっぽど妾を迷子の稚児にしたいらしい。

確かに見た目は幼いかもしれんが、妾15000歳ぞ?端数は切り捨てておるから、お主の何倍も歳上なんじゃが?


じゃがここで一々怒るのも大人では無い。


寛容な妾の素晴らしさを見せつける時じゃて。


「迷子じゃない、ってことはもしかして家出?」


「家出ではなっ・・・」


家出じゃと宣うメスの言葉を否定しようとしたが、状況的に言えば家出と変わらんくね?と思い至り言葉に詰まる。


何なら未成熟な稚児が行う家出よりも、精神的にも遥かに熟した大人が全ての責任をメルフェージュ部下に投げた妾の方が、圧倒的に悪いのではなかろうか?


・・・ま、まぁ?逆に言えば魔王になってから一度も休みがない訳じゃし、この位大丈夫じゃろ。多分、きっとそうじゃ。


「ほらやっぱり!そうなると家には帰れないですよね?」


「む、むう。確かにその通りじゃが」


図星を突かれて魔王メンタルが痛い。

しかしこのメス、何がとは言わんが物凄く“デカイ”のう。効果音を付けるなら、ボヨヨーンとかじゃろうか?それともバイン?


メルフェージュもそうじゃが、デカイ胸というのは邪魔にならんのじゃろうか。


「ですよね。ならえーっと・・・その、家に来ますか?」


豊かな胸を揺らしながら妾に提案してくるのは、恐らく純粋な心配からじゃろう。魔族の中じゃ絶対に生き残れないようなお人好しの様じゃが、生憎と妾は他人の施しを受けるほどプライドは低くない。


ぺろぺろと指を舐めてくるニャー介を抱き抱えながら、依然として心配そうにこちらを見つめる人間のメスに向き直る。


そして言ってやるのじゃ。


「貴様のような人間に助けられるほど、妾は安い魔族じゃ『ぐぅ〜』・・・」


「あ、あはは。お腹すいてるんですか?」


「〜〜〜ッ!?す、空いとるわけな『ぐぐぅ〜!』・・・い・・・」


妾ここで死にたい。


見下した人間のメスに可愛いものを見る目で見られ、空腹の音を聞かれ、尚且つ施しを受けそうになっている魔王か・・・ふっ、世界は広いな(現実逃避)


抱っこしておるニャー介すらも、妾を不憫な眼差しで見ておる。ぐっ、そんな眼差しで見るでないニャー介よ!


「ふふっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいですよ」


「は、恥ずかしがってなどおらわ!この愚かもの!」


「はーいそうですね〜?それじゃ、一緒に行きましょうか。あっ、でもきちんとお父さんとお母さんに連絡しないといけないので、後で連絡先教えてくださいね?」


むぅ、こやつめ。完全に妾を子供扱いしておる。

じゃが悔しいことに、腹が減っているのは確か。誠に遺憾ではあるが、このまま人間のメスの世話になるのも悪くは無い。


それにもし妾やニャー介に攻撃するのであれば、即刻消し飛ばせば言い訳じゃしな。


「ん、仕方がない。では早速案内せよ」


「あら!乗り気になってくれて嬉しいです!それじゃ・・・って、その猫ちゃんも連れていくんですか?」


「うむ、勿論じゃ。それとこやつの名前はニャー介じゃ。崇高なる妾が名付けた名前なんじゃから、覚えておくように」


「ニャー介君ですか。あれ、でもこの子多分女の子・・・」


「なんじゃ?」


「いっ、いいえ!・・・コホン、では気を取り直して───しゅっぱーつ!」


「おいまてぇ!何故手を繋ぐ!?」


「あ、ごめんなさい。ダメでしたか?」


「・・・べ、別にそうとは言っておらんじゃろ」


「っ、やったー!それじゃ手を繋いで行きましょう!ニャー介ちゃんもしっかり捕まってて下さいねー?」


くそっ、この人間のメスと話していると調子が狂う!

だがまぁいい。ぎゅっと手を握られながら元気よく歩き出す姿に殺意も芽生えるが、いずれは我が根城として利用するのも吝かでは無い。


そしてゆくゆくは───この人間社会を征服してみるのも面白いやもしれぬ。


元気そうな人間のメスに手を引かれながら、妾はこっそりと深い笑みを浮かべた。

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