魔王アスラ、巻き込まれる
「く〜、やっぱり自由が一番じゃのう!」
魔王城と呼ばれる巨大な孤城。
名は体を表すというが、勿論魔王城と言うからには魔王がいる。
だがそれがまさか───ベッドでぐで〜と怠惰を貪っているロリだと誰が分かるだろうか。
『
彼女が持つ異名は文字通り、“この世界において最強である”という証明をしているに他ならない。
さて、そんな偉大で最強の魔王アスラだが、彼女は今ぐーたらを満喫していた。ふわふわの枕に頭からダイブし、心地よい毛布にミノムシ状態で巻き付かれているのである。
どう見てもただのぐーたらロリにしか見えないが、こうなったのも理由があった。
前提としてだが、アスラは現実に存在している訳では無い。あくまでもゲームの中の登場人物であり、ラスボスであり、AIによって制御されているいちキャラクターでしかないわけだ。
それなのに先のプレイヤー達との対決で自我を持ってしまい、AIを管理するマザーを撤退させてしまった。
「魔王様?また職務もせずに自室でゴロゴロしておられるんですか?」
「むぅ、うるさい!妾が何しようと勝手じゃろうが。だって妾、偉いんじゃもんっ!」
配下である羊のようにうねる角を持ったメイドの女、メルフェージュがドアを叩く。だが当の魔王は布団と結婚せんばかりに身体を擦り付け、イヤイヤと首を振っていた。
齢15000歳の姿か、これが・・・?と言いたいところだが、メルフェージュには頭が上がらないようで渋々ベッドから足を踏み出し、うーっとメルフェージュを睨む。
だがそんな睨みもさらりと受け流して抱き抱えられ、借りてきた猫のように大人しくアスラも運ばれていく。これが魔王アスラのルーティーンである。
しかし退屈を嫌う彼女にとっては、もっと自由に動き回りたいと思ってしまう。
「のう、メルフェージュよ。毎日同じように起こされて執務室に籠り、侵入してくる害虫共を駆除する日々・・・正直擦り切れてしまうと思わんか?」
普通なら退屈という感情すら抱くことは無い。なぜならただのキャラクターでしかないから。AIにとってそのような感情など、ただのノイズにしかならない。
だから、アスラが退屈だという感情を自覚出来たのはAIによる制御が完全に外れ、自由になったことを意味している。
ただ残念な事がひとつ。
「───仰てイル意味がヨクわか利ませン」
管理AIの制御を外れたのがアスラだけという点だ。
フェルメージュと呼ばれたメイドを含め、他のキャラクター達は自我を持たず、日々のルーティをこなしているだけ。そこに感情は一切なく、文字通りNPCとして過ごしているだけなのだ。
「そう、か」
分かっていたはずだったのに、心が痛くなる。
薄々感じていたが、周りの配下や守るべき民たちの言動は意志があるとしか思えなかった。
だが実際には高性能AIによって管理された偽物の感情でしかない。故に、今自分が感じている“悲しい”という感情すらも、メルフェージュが抱くことは無い。
まるで世界に自分一人だけしか存在していないようだ、と魔王は寂しく笑った。
「・・・いや、待て。折角じゃ」
「どうされました?何か不備でもございましたでしょうか?」
「む、いいや何でもない。ただこうして過ごすのも勿体ないと思ってな」
折角こうして自由に思考し、感情を心に宿せるようになったのだ。
植え付けられた偽物の感情ではなく、自分自身の心で世界を見たいと考えるのは必然だろう。
そこでもし、配下や民達を自由に出来るヒントが見つかれば尚よし。
どの道魔王城で燻っているだけでは退屈なのだから、“外の世界”に出てみよう。
メルフェージュの背中で転移の魔法陣を描きながら、良いことを思いついたと口元を歪める魔王アスラ。
「のう、メルフェージュ」
「はい、どうされましたか魔王様。なんなりとお申し付けください」
「ふっふっふ、そうかそうか。なら有難い。妾、少しばかり外の世界を漫遊したいと思っていてなぁ。その間のことをお主に任せたいと思っておる」
「外の世界、でしょうか? 書類などは私の方で対応出来ますが、戦闘となると魔王様が居ないと困るのでは?」
「確かにその通りじゃ。だから申し訳ないのじゃが───今日から魔王城は閉場じゃ!」
「っ、ま、魔王様!?」
驚いて背中に背負う魔王に振り向くメルフェージュ。
だが既に、そこに魔王アスラの姿は無い。
あるのは小さく描かれた転移の魔法陣と、膨大な量の魔力の残滓だけだった。
☆★☆★☆★
「ふっ、今日こそは決着を付けようか───魔王!」
瓦礫にまみれた地面が円を描くように囲い、至る所から火の粉が立ち上がる場所。
白煙と砂埃が舞う中心地には、一振の剣を構えた青年がいた。
背格好は中肉中背であり、整った顔を好戦的に歪ませながらゆらりと揺れる銀の剣の切っ先を、立ち込める煙の方向へ向ける。
「グウゥゥゥゥゥゥ!!!!」
風が吹き、煙が消える。
その先には傷を負って顔を怒りに染める、悪魔のような姿をした怪物がいた。
怪物の名はない。
ただダンジョンに侵入してきた
勿論、1~5の順で強くなっていく中で、カテゴリー4というのはかなりの強さを誇っているのだ。
対する青年は、探索者連合に所属する当代の『剣聖』。襲名式で実力のある剣聖という称号を名乗るには、剣において右に出るものが居ないという証明になる。
剣聖の名は───『
探索者連合から魔王討伐に派遣された彼は、一度魔王相手に敗北している。その際に血のにじむ鍛錬を重ね、現在魔王を追い詰めることが出来ているのだ。
《コメント欄》
・行けるぞ剣聖!お前なら魔王を倒せる!!だから頑張れ!!
・マジで今代の剣聖強すぎないか?笑いが出るんだが
・魔王に1回負けてめちゃくちゃ荒れてたもんなぁ
・クソ魔王が!さっさと滅びろマジで!
・このまま倒されてくれ・・・
・↑おいやめろよフラグになるだろ
・めっちゃ調子乗ってるけど大丈夫か?
「もうボロボロじゃないか、ん?もっと楽しみたかったけど、どうやらこれは僕の勝ちのようだね」
「グオオォォォォォォン!!!!」
余裕の笑みを崩さない東雲と、血を流しながら方向をあげる魔王。傍から見ても、東雲の言う通り勝負は既に喫しているように見えた。
魔王に殺された者の関係者や被害を受けた者たちはこの配信を食い入るように見つめ、魔王が倒されるのを今か今かと待ち受けているだろう。
あまり待たせすぎるのも良くない。
「宣言しよう、次の一撃で決めてあげるよ」
暗いダンジョン内でも白銀に輝く剣を構え、次の攻撃に映る剣聖。
魔王もその雰囲気を察したのか、カテゴリー4に分類されてしまう程の夥しい魔力を練り上げ、互いに向かい合う形になった。
そして。
「ウウウ、ウウォォォォォ!!!!」
「っ───はは、そうこなくちゃ!いくよ、【
互いに駆ける。衝突速度は同等・・・否、魔王の方がやや優勢か。
剣聖は文字通り剣、魔王は恐ろしい凶爪を振りかぶり、互いの命を潰えんと交錯する。
ダンジョンに潜り、数多く存在するダンジョンを機能停止させ、元凶である星喰樹『ユグドラムガンド』を枯れさせる。そんな想いと夢を抱いてモンスター犇めくダンジョンに潜っている者たち。故に探検家は、
中でも選ばれし者であった東雲は、魔王と名打たれたモンスターを倒すことで剣聖としての地位を磐石にしようと考えていた。青春や金や人間関係をドブに捨て、ただひたすらにダンジョンに潜ってモンスターを狩る日々。
そこにはいずれ自分が『ユグドラムガンド』を枯れさせ、ダンジョンやモンスターによって人々が死なないようにしたい、という想いが込められている。
紅色の魔力を身に纏い、舞い散る桜のように縦横無尽に切り結ばれる剣技。十九の青年が抱くには大きすぎる
まさに剣聖。まさに
そのはずだった。
「んなっ!?」
「ヴゥッ!?」
───防がれた。
万力の如く力を込め、全てを断つ勢いで放った最高火力の剣戟。それが易々と止められる。いくら魔王が強くても、攻撃してくる魔王の爪ごと断ち切れる威力だったはずだ。
それが何故か防がれた・・・いいや違う、受け止められた。受け止めたのは魔王では無い。
では一体誰が?
その答えを探るために辺りを探る。
「な、なんなんじゃお主らぁ!斯様な娘の妾にいきなり攻撃してくるとは、どうやら常識がなっておらぬようじゃのぅ!?」
「はっ!?誰だよ君ッ!?」
・・・いた、コイツだ。
目の前にいたのに、身長が小さくて分からなかった。
慌てたような顔色とは裏腹に東雲と魔王の攻撃を容易く受け止め、尚且つ凄まじい魔力を身体から迸らせている少女。
東雲の同業者にも魔力量が桁外れの者が居るが、それとはまるで比較にならないほどの魔力の量と質。
思わず口から零れた。
───化け物、と。
銀色の髪に所々赤色のメッシュが入っている。空気に触れていない血のような鮮やかさを放つ片目が、じっと東雲を睨んでいた。
身長で言えば、小学生中学年と同程度。
しかしその低身長の何処にその力があるのか、剣聖である東雲の剣を人差し指と中指で間に挟むように容易く受け止められている。魔王の攻撃に至っては、人差し指だけで止められていた。
動こうにも、少女から迸る“重圧”が身を縛る。
まるで全身を鉄で絡め取られているように、ギチギチと縛られているのだ。
───息が、苦しい。
東雲と早退している
・・・ははっ、困ったなぁ。これ、勝てないや。
背中に冷や汗がだらりと流れる。
だが、押し潰されそうな重圧に空間も軋みをあげ、パリパリと何かが砕けるような音が響く重圧など・・・味わったことがない。
それが見た目少女にしか見えない子供から放たれているのだから、剣聖として築き上げたプライドが崩壊する気分だった。
まぁ間違いなく、ただの人間ではないだろうが。
「ふんっ、妾が誰だろうと関係なかろう?っちゅうことで、さっさと喰らえい!まおうぱーんち!」
そんな驚き呆ける東雲の頬目掛けて、やけに明るい可憐な少女の小さな拳がゆっくりと当たり───轟音と共に、後ろの瓦礫の山に吹き飛ぶ。
冗談のような掛け声とは裏腹に、異なる意味で冗談としか思えないような有り得ない威力。
意識を失う前に東雲が目にしたのは、少女が魔王と呼ばれていたモンスターの首を絞め上げながら、高笑いを浮かべている表情だった。
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