第15話 栗毛聖女、信仰神が違います。

 ゲーム内の時間はいつの間にか夜となっており、太陽の光は弱めの暖色系へと変化していました。


「まったくもー! 理不尽な理由だったらバブルでその神父を泡まみれにしてやるんだから!」

「まぁまぁ。アユちゃんが怒ってくれるのは嬉しいけど私のやらかしだったら恥ずかしいから落ち着いて」


 私の落ち込みようが酷かったようでアユちゃんが本気で怒ってくれています。そんな姿を見て私は逆に冷静になり、これから聞かされる内容についての心構えをします。


「それじゃ、―――いくよ」


 聖職者スキルを使えないということに対し問い合わせたところ『仕様です。』という運営からの回答があり、その詳細について神父から聞くために意を決して教会の扉を開けて中へと入っていきました。


「こんばんわ、神父さん。少し聞きたいことがあるんですが……」

「迷える子羊よ、お待ちしておりました。陽光神様より御神託を頂いております」


 教会に敷かれたカーペットの上をアユちゃんと二人で歩き、奥にいる神父さんの元へと辿り着きました。さっそくスキルの件を尋ねようとすると神父さんは私を待っていてくれたようでした。


「ラピスちゃん、神父に確認しろってそういうこと?」

「みたいだね。質問には神託って形で教えてくれるのかな」


 一緒について来てくれたアユちゃんもこの場での設定を理解し、私は聞きたい内容について尋ねます。


「―――なら教えてください。私のスキルが発動しないのはなぜですか? 仕様との回答がきましたけどコンバートの時に何か間違えたのでしょうか?」

「いいえ、コンバートは正常に行われています。スキルの再取得に関しても問題ありません」


 私は一番高い可能性として考えられるコンバート時にスキル引き継ぎで失敗をしていないかを確認しましたが、設定ミスもエラーもなく、スキルの再取得も問題なく行われているようでした。


「ラピスちゃん、今、スキルの再取得は問題ないってこの神父言ったよね!」

「……あ、そうなると発動に関して何か見落としがあるのかな? 神父さん、私がスキルを使えない理由って一体なんですか?」


 仕様でスキルが発動しない何かがあるのなら、原因を対処すればスキルを使えるようになるはず。その原因を私は知りたくて言葉に力がこもります。


「結論から申し上げれば、コンバートにより引き継いで取得した貴方のスキルは信仰神が違います。ですのでスキルが発動いたしません」

「信仰心?」

「いいえ、信仰心には違いありませんが信仰する神と書いて信仰神です」


 会話でのやりとりのため、私が勘違いしていそうなのを察して神父さんが言葉の意味を教えてくれました。けれども言葉は理解できても理由が全く理解できず私たちは次の言葉を待ちます。


「この照光世界での聖職者スキルは、陽光神様への信仰心さえあればスキルが発動します。これは陽光神様からの加護がこの世界全てに及んでいるためです」


 聖職者の職業は神に祈りを捧げて御力を借り、魔法として使用しているという設定は転職時にも聞きましたし、MSOでも同じでした。


「貴方はコンバートによって前の世界である輝夜世界のスキルを引き継ぎました。なのでとしてスキルを使用することができます」

「……まったくわかんないんだけど? ラピスちゃんは理解できてる?」

「えっと、コンバートすると前の世界で覚えてたスキルが使えるようになるんだけど、聖職者はスキルの解放ではなくそのまま置き換えなんだと思う……」


 MSOでのヒールと、GFOでのヒールは別スキル扱いになっていて、引き継ぎで取得したMSOのヒールはこのゲームGFOでは発動しないという仕様によって私はスキルを使えなかったのではないかと考え、それをアユちゃんと神父さんに伝えました。


「概ねその理解で正しいです。ステータスを確認してもらえれば信仰神がカスピエッタ様になってらっしゃるはずです」


 神父さんにそう言われてステータス画面を確認すると、聖職者という職業の下にカッコして(信仰神:カスピエッタ)と確かにありました。


「確かにそうなっていますけど、それだと輝夜世界の聖職者としてスキルが発動するはずですよね?」

「はい。本来であれば発動します。ですがここは陽光神様の世界です。昼と夜が同時に来ないように、夜天の女神様の加護が例外的に及ばない仕様となっています」


 私がスキルを使えないのはそんな妙にリアルな設定が生きたレアケースのようでした。


「ちょっと待ってよ! それだったらそのラピスちゃんがプレイしてたゲームからコンバートしてきた聖職者の人たちだけ可哀そうじゃん!」


 そして全てがようやく理解できたアユちゃんがそんな理不尽な理由に納得できるわけがなく、神父さんに食って掛かります。


「もちろん対策として夜天の女神からの寵愛を受けるクエストにより《加護スキル》を取得することでどこの世界でもスキルが発動するように調整をされています。ですが……、貴女はスキルを取得せずに上位職である聖女になられて転移されたようですね」

「あっ! 《夜天女神の加護》は『夜天の宝玉』をプリアちゃんにあげちゃったからスキルを取れなかったんだった。そういえばスキル説明にそんなこと書いてあったかも……」


 有志の攻略サイトなどにも《加護スキル》については書かれていた情報だったので、スキルを使えなかった原因に対して私は納得しました。そして、それと同時に受け渡し不可のアイテム以外は全てがオブジェクトとしてのダメージ判定がある時代に、魔法使いのプリアちゃんが耐久値の高いアイテムを色々と燃やしていたのを思い出しました。


「じゃあ、ラピスちゃんがもう一度コンバートして戻って、その《加護スキル》ってのを取って来れば解決だね!」

「あははは……、それが出来たらよかったんだけど、実は宝玉は燃えてなくなっちゃったんだよね」

「え!? なんで!! そんな大切なアイテムが消えたってこと!?」


 プリアちゃんが昔、新スキルのダメージを試したいということで試し撃ちを高レアリティのアイテムに行おうとしたとき、たまたま手元に耐久値の高いアイテムがない時があり、私が渡した『夜天の宝玉』に攻撃したところ耐久値が0となり消滅ロストしてしまったのでした。


「そんなわけで私はその《加護スキル》を取得できないんですけど……」

「そうでしたか……。ですが残念ながら貴方の習得している聖職者スキルは《夜天女神の加護》の未習得により発動しません。そして、聖職者スキルが輝夜世界のものに置き換わっていますので照光世界こちらで新たに習得することも出来ません。これらに関しては〝仕様〟となっています」


 神父さんからの説明を聞いて、改めて覆らない仕様との回答を受け入れるしかないと思いました。


「―――なので申し訳ありませんが、この世界で別の職業へと転職して遊んでいただくか、あちらに戻り職業リセットを行い、無信仰となってから再度こちらで一から聖職者を始めていただくことになるかと思われます」


 神父さんと信託という形で仕様を聞きましたが、話をしていて痛いほど私を心配してくれたことが伝わってきましたから。なので私は……、私の状況について調べてなんとかできないか解決策を模索してくれていたであろう神父さん中の人にお礼を言います。。


「わかりました。ありがとうございました」

「いえ、お役に立てず本当にすみません」

「……さっきはごめんなさい。色々ラピスちゃんのために調べてくれてありがとう」


 アユちゃんも途中から神父さんがあまりに親身になって答えてくれるので、NPCではなく運営会社の人がアバターとして使っているだけだとわかったようでした。


「この照光世界も素敵な世界ですので……、是非、楽しんでいってください」

「はい! ―――私はやり直すなんて嫌なので、このままこの世界を楽しもうと思います! では」

「もちろん! わたしが遊び尽くしてあげるよ! それじゃー失礼!」


 そんな神父さんがこんな仕様で自分のことのように胸を痛めてくれて、それでも関わっているゲームで楽しんでほしいと願うなら……。私たちはその想いに応えたいと思い、精一杯明るく教会から出るのでした。


「……はあ、納得はしたけど少しだけ叫んでいいかな」

「あの場じゃ言えないこともあるよねー。神父さんいい人そうだったし。―――それじゃ、どうぞ」


 アユちゃんは楽しそうに見てますけど私は複雑です。VRMMORPGはゲームというよりリアルの一部だと私は思ってきました。けど、コレばっかりはどうしても言いたいのです。


「VRにそんなリアリティ求めてません!」

 

 (>_<)


 と、夜の信託の町オラクルタウンで顔文字のような表情をしながら叫んだ私を見て、アユちゃんが爆笑します。私も言葉で吐き出してスッキリしてから一緒に笑い合いました。


「それじゃ、今日は遅いしまた明日にどうするか考えるよ」

「そうだねー。聖女じゃないラピスちゃんかー。慣れない職業だとあわあわしてそうで可愛い姿がいっぱいみれそうで楽しみ!」

「もー! アユちゃん!!!」


 まったく想定外の事態になってしまいましたが、それも受け入れてこれからのことを考えようと思います。神父さんに言った通り、この世界で楽しんで遊ぶと決めたのだから―――。




 栗毛聖女の新世界での冒険はこうして受難から始まりまったのでした。

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