第8話 栗毛聖女、魔法科学研究所へと向かう。


 アユちゃんの希望している魔法使いへの転職は信託の町オラクルタウンの南にある魔法科学研究所で行えるということで、セピアさんに教えてもらったその研究所に二人で向かい杖のマークが掲げられた古びた建物の扉を開きます。


「はっはっは、ようこそ魔法科学研究所へ!」

「……ねぇ、ラピスちゃん。科学とか研究所とか怪しさ満点なんだけど……そのセピアって人に騙されてない?」


 入り口の横に立ち私たちを出迎えてくれた魔法使いとは思えない白衣の男は確かに魔法科学研究所と言いました。周りを見ればフラスコに入れられた赤、青、緑、黄といったカラフルな発光液が並び、バチバチと自家発電機に繋がれた謎の機械が稼働している如何にも怪しい研究所でした。


「セピアさんは私を騙さないと思うし……魔法って付いてるし……たぶんここで合ってるはずだよ」

「ラピスちゃんはその人のこと信じてるんだね。ちなみに私は怪しすぎて違う意味でワクワクしてるので、さっそく入るね。お勤めご苦労ー!」


 場所に対して少し不安になっている私を余所に、アユちゃんが入り口の研究員を労いながら奥へと進んでいきます。私も慌てて少し後ろを追い掛けました。


「……なんか理科室みたいだね」

「それだ! きっとここは魔法の研究を科学的にしている施設なんだよ!」

「けど、ここってスタート地点の町だよね? 普通そんなことってある?」

「ラピスちゃんも最初のムービー見たよね? GFOのFは開拓・最先端フロンティアって言ってたから多分そうだよ!」


 アユちゃんの説明に目が点になりますけど、コンバートなんて機能もあるので本当に世界は繋がっていて、常に新作は最先端を目指しているのかもしれないと考えを改めます。


「とりあえず話しかけてみればわかるよね! すみません! 魔法使いになりたいんですけどどうしたらなれますか?!」

「大きな声を出さなくても聞こえてるよ。魔法使いへの転職希望だね。職業の説明はいるかい?」


 奥のテーブルの上には『所長マリアンヌ』と書かれた卓上名刺が置かれていて、アユちゃんはマリアンヌさんと思われる座っている人物に対して用件を伝えます。すると教会での神父さん同様に説明を受けるか尋ねてきました。


「私も聞きたいから説明を受けてもらっていいかな?」

「おっけー。説明をお願いしまーす!」

「……軽い子だね。まるで風魔法みたいだよ」

「風か~、わたしの使いたい魔法は水属性なんだけどね」

「やりたいことを決めるのはいいことだけどね、いろいろと試してみるのも魔法使いには大事なことさね。後でいい魔法を教えてあげるからとりあえず説明を聞いていきな」


 普通にNPCと雑談を交えて会話をするアユちゃんに驚愕します。それはNPCは独自のAIで動いているので特定の条件を満たさないと会話は基本的に定型文になるからです。


「ラピスちゃん、なんかマリアンヌさんが魔法教えてくれるらしいけどそういうもの?」

「違うよ。何かしらの条件をアユちゃんが満たしてるからだと思うけど……」

「いいかい、わからなければ何度でも説明してあげるからわかるようになるまで説明を聞くんだよ?」


 そしてやたらと親切な所長、マリアンヌさんの説明が始まりました。


「魔法使いの職業で覚えられる魔法スキルは4系統のスキルツリーがあるが、それは使える属性の違いで、火・水・風・土の4属性の魔法を操る才能を魔法使いの職業は得られる。ここまではいいかい?」

「基本属性の概念だね。新しい魔法を覚えていくにはその系統の魔法を使い込まないといけないから水属性の魔法使いになりたいなら水系統の魔法を取ってそれをずっと使うことになるんだよ」


 私がマリアンヌさんのスキル系統について捕捉を入れます。満足げに頷く所長は説明を続けます。


「そうさね。そして使える属性を名乗るというのは一番伸ばした属性の系統が基本となるけれど、他の系統スキルを取ってはいけないというわけではないのさ」

「えっと、つまり別系統のスキルも自由に取得してもいいってこと?」

「うむ。それに転職によって別の職業になっても効果を5分の1で使うことが出来る。それだけ魔法使いの使う魔法スキルには可能性があるということさ」


 最初にここに来ていたら誰もが魔法使いに転職していたと思える見事なビジネストークに圧巻されながらも重要なことを言っていたので私は聞き返します。


「この世界の他職スキルは5分の1の効果なんですか!?」

「そうさ。―――おや、あんたは別の世界から来たのかい。なら驚くのも無理はないね」


 私を観察したマリアンヌさんが納得の表情を浮かべます。


「どういうこと?」

「MSOでも他職業に転職しても覚えたスキルは使えたんだけど、効果は全部10分の1だったんだよ」

「うわ……。それはラピスちゃんじゃなくても驚くかも。フロンティアすぎるね」


 理由を聞いたアユちゃんは私の説明を聞いて反応に納得してくれました。そして、たしかに補助に特化した風属性魔法や自由度の高い水属性魔法は色々と応用が利くのでこの所長のドヤり顔にも納得というものでした。


「それじゃ、次にそれぞれの属性の特徴について説明していこうかねぇ―――」


 火属性はとにかく威力が高い派手なスキルが多く、水属性は連携に富んだスキルがスキルが多い、風属性は威力は低いが発動は早く斬属性も持っている、土属性は物理攻撃の打属性扱いといった説明が続いた。


「とりあえず見習い魔法使いという仮転職がお前さんはできるがどうする? お試し転職ってやつさ、複属性魔法も教えてやろう」


 そして、聞いたことのない単語がさらに続きます。


「ラピスちゃん、仮転職って何?」

「私も知らないよ。このゲームで聖職者になった時にもそんな話はされなかったし」

「仮転職ってのは正式な転職前に操作を行ってみる所謂お試しってやつさ。スキルポイントを割り振ってから自分に合わないからと転職されてもスキルポイントは帰ってこないからね」


 マリアンヌさんの話を聞いてこれは初心者救済の一環かなと思いました。


「装備やEXスキルを持ち込んだコンバート組との差を無くすためかな? スキルまでくれるなんてそうとしか考えられないよ」


 VR操作に慣れてないプレイヤーへの救済措置、そして後発組が遊びやすい様にこれまで発売されてきたゲームの不満点の改善といった面もあるように思えました。

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