第6話 栗毛聖女、再会する。

 男性は黒髪で短髪などこにでもいそうな剣士でした。けれど、さきほどとは異なり全身を鉄製のしっかりとした防具で固め、腰に差した剣の収められた鞘には初心者が装備するような装備にはない装飾が施されていました。


「これはすみません、自己紹介はまだでしたね。僕はギルド〝懐色〟でギルドマスターをしているセピアと申します。以後お見知りおきを」

「私はラピスです。何か用ですか? ……後を付けられたような気がしますが」


 装備が変わっている事、そして教会に用がある感じではないことから私に用があるのは明白かなと思い気を引き締めます。


「それは―――、あんな装備を見せられて気にならないプレイヤーはいないと思いますよ。そんなコンバートしてきた将来有望なプレイヤーならできれば仲間に引き込みたいと思うのは普通じゃないでしょうか」


 装備だけでなく口調も会話もベテランプレイヤーのもので、面倒な人に目を付けられたかなと少しだけ高レアリティの装備を見せた自分の行動に後悔を覚えます。


「―――そうかもしれないですね。お察しの通り、私はさきほどコンバートしてこの世界にやってきましたが知り合いは誰もいません。⋯⋯まずは転職がうまくいったかどうか試したいのですがソロで行ける良い狩場はないでしょうか?」


 私を利用したいだけなのか、ギブアンドテイク相互協力の関係を築きたいのか、それを見極めるために質問をしてみます。


「街を出てすぐのフィールドは本当の初心者向けですが、聖職者のソロは辛いと思います。魔法を試すにしても魔法職の素殴りで簡単に倒せるほど弱くはないので」


 そして、回答を聞いてそれはそうだと納得します。STR筋力を上げていない聖職者が自己支援したところで出せるダメージは大したことないのです。そして、この人がちゃんとしたゲーム内の知識を持っていることも確認できました。


「そうなんですか、では一緒に狩りに行っていただけないですか? 私の実力も分かると思いますので」

「いいですけど、……のような変なヤツに絡まれたらさっさとログアウトしろ。変に関りを持つと面倒なヤツもいるんだぞ、ラピス」


 プレイヤーキャラクターの中、正確にいうとプレイヤーというアバターを操作している人がネットの向こう側にいます。つまりはそういう事なのでしょうか? 記憶を探っても思い当たる人物はいませんでしたが引き継ぎを行わずにアバターも作り直せばあるいは……。


「えっと、⋯⋯私を知っているんですか? MSOで昔に遊んだ誰かとか?」

「俺だよ、俺、ってもこの姿じゃわからないか。けどアイツならわかるかな」

「―――あっ!」


 そう言って彼は右手で剣を抜き、前に突き出した。その姿が私の知る召喚術士と重なり、このセピアと名乗ったプレイヤーが誰なのかを私は理解しました。それを裏付けるように昔に何度も聞いた呪文を唱えます。


「闇夜の空を引き裂いて、舞う星は魔術の使い魔、眠れ日が昇るまで、今宵は静寂の宴なり、目覚めよ幻影の梟ファイングっ!」


 剣先に現れた魔法陣から出てきたのは黒い翼に星の模様がある梟、それはMSOでレアモンスターとして名高いモーターイングであり、この召喚獣を使役するプレイヤーは一人しかいませんでした。


「ナツキさん!?」

「よっ! 久しぶりだな、忘れられてたらどうしようかと思ったわー」


 セピアと名乗っていたナツキさんが召喚獣ファイングによって自分にかけられた幻影魔法を解く。すると黒髪は真っ赤に燃えるような赤に染まり、単発は腰まである長髪となって広がります。瞳は左が金で右が黒のオッドアイ、さきほどの少年のような印象からは想像もできない青年の姿へと変貌を遂げます。


「姿だけじゃなくて名前まで偽れるとか詐欺じゃない!? こんなの絶対誰もわからないよ! というよりこの世界に来てるので聞いてない。えーっと、確か御伽話の世界に行ったはずですよね?」

「それに関しては謝るが、幻影魔法の固定化にかなりスキルポイント使ってるからなー。あと、御伽噺の世界って名前の癖にちょっと戦闘ばかりで疲れてこっちに移動したんだわ」

「ナツキさんらしいと言えばらしい話だけど、それで? ……どうして私に声をかけたの? ううん、私だと知って声をかけたの?」


 他人行儀だった口調はその姿を見た瞬間に昔のような距離感の喋り方に自然と変わりました。ナツキさんの話も聞きたいけれど、まずは音信不通だった友人が私のコンバートを知っていたのかそこを知る必要があると思い問い詰めます。


「エミルから連絡が来ててな、ラピスが友達と遊ぶためにこの世界に転移してくるから様子見しろって言われてたんだわ。最初はセピアとして困ったら手を貸す程度にしようと思ったんだが、あの指輪見たら……な?」

「……私だって覚えてるよ。リンネと契約した時のこと」


 私は右手の中指を左手で撫でます。この[流星の指輪]というアクセサリーはリンネと名付けた妖精との召喚契約が結ばれていて、その契約を結んだ時にナツキさんも一緒に遊んでいたのですから。


「こんなことを聞く義理はないかもしれないが、元気だったか?」

「……うん。みんなともあれからも変わらず遊んでいたよ」


 みんなと〝第六天明王〟の初期メンバーを表現して答えました。ナツキさんを含めて6人で結成したギルド、その誰もが欠けることなく私が抜けるまで遊んでいたと。


「……そうか、ならよかった」

「―――よくないよ! 私はナツキさんとももっと遊びたかったのに!」


 少なくとも私は友人だと思っていました。そして、今の会話から私のことも友人として心配してくれてるのが分かり、感情が爆発します。


「なんで急にゲームやめちゃったの!? エミルさんと恋人なんでしょ? 寂しそうだったよ?」 


 気まずそうに頭を掻くナツキさんを見て言い過ぎたと思っても口にした言葉は取り消せません。そんなことは多分ナツキさんも十分にわかっていて私が言う事じゃなかったことに後悔しました。


「……そーいうなって、俺はネタのような召喚術しか取り柄がないしな。MSOではお前らがいないと俺は何もできないってわかってたからお荷物になりたくなかったんだよ」

「そんなことない! ナツキさんがモンスターを引き付けてくれてみんな凄く助かってたよ?! ナツキさんが抜けてからしばらくは本当に酷かったんだから!」


 誇張なしでターゲットコントロールしてくれていたナツキさんが抜けたことで複数のモンスターとの戦闘難易度は跳ね上がりました。ナツキさんの召喚するファイングが使う幻影魔術はたしかに攻撃としては使えないかもしれません、けれどネタなんかじゃ決してありませんでした。


「―――ありがとな。相棒こいつもそう言ってもらえて満足だろうよ」


 ナツキさんがあの時にいなくなった過去は変わりません。けれど、自分も役に立つことが出来ていたと聞いて満足したような顔をしているナツキさんを見て、私はこの話題を終えることにしました。


「で、今はセピアさんだっけ? 職業は剣士なの?」

「ああ。けどこいつは連れて来たかったからな、スキルを再取得してから剣士に転職したってわけだ。『召喚』ってのは契約したモンスターをいつでも呼び出せるが契約した順番にスキルが追加される仕様だからな。お前らのおかげで上級レアモンスターのコイツと最初に契約できたのは本当に助かったわ」


 そう言って笑うナツキさんの姿は思い出の中の彼と変わらず、ギルドにいた時のナツキさん、……いえ違いますね。ギルドを作る前のナツキさんと同じだと感じました。


「答えたくなければ答えなくてもいいんだけど、ナツキさんは……もうMSOには戻らないの?」


 自分で言って卑怯な質問だと思いました。私が自分の都合で抜けた代わりに戻る気はないかと、そういう罪悪感を紛らわしてくれないかというお願いも込めた質問ようで……。


「……エミルとお前ら最初の4人とくだらないことをしながら旅がしたかったんだがな、世界はそれを許してくれねー。強くなれって強要されるんだ。特にギルドでの俺の立場は副ギルドマスターだったからな。それが辛かった」

「⋯⋯ごめんなさい」

「何を謝る必要があるだ? 少なくとも俺にはラピス、お前がいろんな冒険をして明るくなって良かったと思ってるぜ。ま、俺には眩しすぎたのかもな」


 ナツキさんが抜けて空席になった副ギルドマスターはジャスターさんが引き継ぎました。最初は不安でしたけど、ジャスターさんは役職に就いたらとても面倒見がよくてびっくりしたのを覚えています。


「けど、……だからこそなんでMSOを離れたまだナツキさんが"VRMMORPG"ネットゲームをやってるのかわからないの」


 ネットゲームで強くなることはゲームとして運命づけられたものだと思います。だから私たちのいた世界を去った理由を聞いて余計になぜと疑問が頭に浮かびます。


「……そうか、そうだな。世界にはいろんなヤツらがいて、一緒にバカやれるかけがえのない仲間になれるヤツらが星の数ほどいるはずなんだ。だから、そいつらに出会ったらアナタの心地良い場所を作って待っててアイツに言われた」


 きっとエミルさんとの会話を思い出しているその姿は、いつものナツキさんとは違う人に見えました。


「ゲームの中でも隣に居てやりたかったんだが、無理してる俺をアイツに見せたくないから、その優しさに甘えちまった。けど、お前らがいてくれたおかげでアイツ、いつもゲームの話をする時は楽しそうだったぜ」

「⋯⋯はぁ。そんな話をこの世界で聞かされても困るよ。私はナツキさんと同じじゃん。どうせエミルさんから聞いてるんでしょ?」


 友達と一緒に遊んで来いと背中を押してくれたエミルさん。六人で作ったギルドだからギルド名に〝六〟と言う文字を入れてくれたそのギルドマスターは、私がリアルで頑張るために転移するのをみんなに声をかけて盛大に見送ってくれたんだ。ナツキさんの話を聞いて余計にだったらこの世界で私もリアルと向き合い、茉実ちゃんと精一杯楽しまないとって気持ちになりました。


「ま、セピアとしておせっかいを焼いて一人でレベル上げにいくのを止める気でいたんだがな。俺たちの想いがわかってるみたいで何よりなにより、さすがラピスだな」


 そう言ってナツキさんは私の髪をわしゃわしゃします。エミルさんにもやってるのかな? かっこいいイメージあるけどマスターも女の子だもんね。―――なんて事を考えてしまう自分も乙女だなと思いました。


「むー、フレンド登録してもいい?」

「それは構わないが、それよりもギルドにはこないのか? 〝懐色〟でギルドマスターをしてるって言っただろ。俺の紹介でラピスなら入れてやれるが……」

「私は強くなるの嫌いじゃないし、ナツキさんのギルドメンバーの人と合わないかもだから。誘ってくれてありがとう。けどギルド勧誘は断っておくね。それに新しい出会いでギルドに入るのってネットゲームの醍醐味でしょ?」


 私はニヤっとして、ナツキさんに手を差し出します。


「そうだな。⋯⋯そんなだから、お前を、お前らを、……俺は、俺たちはギルドに誘ったんだ。⋯⋯ラピス、……またいつか冒険しようま」


 私の手を握るナツキさんの手はバーチャルなのに力強く感じました。


 フレンド登録をして再び別れます。気軽に連絡してこいとは言ってくれたので、それなりにこの世界に慣れたらまた一緒に遊びたいなと思いました。


「おんぶに抱っこはイヤだからね」


 私たちの関係は対等がやっぱりいいので―――。

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