すてふばく

 女は溜め息をついた。


 そして鎧の左手首を右手で押さえた。

 きゅーん、と鎧から音がしてどうやら何かの活性を失ったようであった。


「今のは……一体?」


『クルナ。一度体制を立て直そう。君は連続活動時間が8時間を超えている』

『……分かった』

 女は林の中に建つ小屋を指差した。

『一度休憩だ。私に許されている範囲で事情を説明する。私が敵でないことは解ってくれたようだし』

『クルナ。この星の文明レベルは22、つまり──』

『──如何なる異星文明の干渉、及び痕跡の残置を認めない。分かっている』

『だがそれは実態として既に不可能だ。ならこの戦士に状況を理解して貰って協力を仰ぐのが、連続体条約の定める所に最も近くできる方法じゃないか?』

『……』

「さっきから誰と話しておるのだ。独り言ではないようだが……」

『私はクルナ。君は? なんと呼べば?』

それがしは沓沢戈門。戈門でよい」

『初めましてカモン。これはダグ』

 クルナと名乗った女は鎧の左手首を示した。そこには銀色の小さな円盤がはまっていた。

『初めましてカモン。私はダグ。第七世代型恒星間巡航宇宙艇だいななせだいがたこうせいかんじゅんこううちゅうていの任務支援人工知能だ』

小判こばんのようなものから声だけが聞こえる……面妖な……」

『通信機だ。遠く離れた誰かと会話できるんだ』


 女の短い説明に、戈門はため息をついた。

 そして回転は早い方だと思っていた自分の脳髄は、その活性を失ったようだった。


******


『簡単にいうと、私はさっきのあれを追って来たのだ』

 小屋は誰かの家ではなく林を手入れするための道具を保管する納屋だったが、休憩所も兼ねているらしく簡単な長椅子が用意されていた。クルナはそれに座ったが、戈門は少し離れた場所に腕を組んで立った。

『殺すために』

「どこから来た?」

『言えない』

「外国、か?」

『広い意味ではそうだろう』

「言葉が堪能たんのうなようだが?」

『動甲冑の拡張機能を使っている。君の耳には君の使う言語で聞こえるはずだ』

「確かに大和言葉やまとことばしゃべってるようには聞こえるが、意味が半分も分からん」

『ここの文化と私の国の文化とが違うからだ。だが大まかに何を言っているかは分かるはずだ』

「おぬし身分は?」

『言えない』

「ダグ殿は? なぜ姿を見せぬ? どこにおるのだ?」

『言えない』

「言えぬことばかりではないか」

『すまない。私の属する組織の決まりだ。破るわけにはいかない』

 戈門は女のことを詮索せんさくするのをあきらめた。

「あの怪物、名前はあるのか?」

『我々は、ステフバクと呼んでいる』

「すてふばく……奴が、芦高の民を?」

 クルナはうなずいた。

『あれは大戦時代に作られた生物兵器だ。敵の国に投下されると、その国の人間をエサと苗床なえどこにし、卵を産んで増える。その国の人間が絶滅するまで』

「なんと……」

『研究施設で厳重に保管されていたのだが、事故で逃亡、警備や討伐隊とうばつたいを全て殺し、船を奪い、この山に逃げて来た』

にわかには信じがたいが……この目で見ている以上、信じぬわけにもいくまい」

 クルナは拳銃を取り出した。戈門が斬り落とした短筒よりも小さな、てのひらに収まるような銃だった。

さいわい奴を殺すために作られた弾丸が間に合った。専用に調合された、特別な毒のかたまりだ』

「毒の弾丸……何発ある?」

『二発。一発でも体内に撃ち込めれば、あとは弾の毒が連鎖的に奴の身体を侵食し、瓦解させる。私の務めは、この国の住人になるべく知られず、影響を与えず、あの化け物に毒の弾丸を撃ち込むことだ』

「……」

『カモン。君を信用してある程度のことを話した。だが、この事は君の胸に納めておいて欲しい。君の上長に報告が必要なら、上手く誤魔化ごまかして私のことには触れないで欲しいのだ』

 クルナは頭を下げた。

『頼む』

 戈門は少し考えてから

「条件がある」

 と言った。

『条件?』

「刀を貸してくれんか? 奴の体液のせいで長船長光おさふねながみつ業物わざものがぼろぼろだ」

『それはできない。規則だから』

 そう言ってクルナは立ち上がったが、長椅子には十寸じっすんばかりの細長い金属の筒が残されていた。

『だが、私が落としたものを現地人がたまたま拾ったとしても、それをとがめるすべは私にはない』

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