異形

「再び訊く! おぬしは何者だ? この村に何をしに来た!?」


『私は……』


 がささっ、どしゃっ


 女が答えようとした時、真っ黒なかたまりが頭上から落ちてきて、地面にあった編笠を踏み潰した。

 祭りの屋台ほどもあるその大きなかたまりはそこかしこからとげいぼのような物が飛び出ており、青黒く、金属のような光沢を放ち、とぐろを巻く毒蛇のようにうごめいていた。


「なんだこいつは!?」


 戈門の背筋せすじと二の腕が鳥肌で泡立った。

 彼はそれを恐怖だと認め、屈するまいと己を奮い立たせた。


『いけない退がれ!』


 女が叫んだと同時に、かたまりから何かが飛び出してむちのように戈門を打とうとした。


 ギィンッ


 火花が散った。女の警告のお陰で、混乱しながらも戈門はぎりぎりでその攻撃を太刀で弾くことができた。つかを握る左手がひどしびれる。すぐ近くで見たそれは大小の刃を連ねて作った鎖鎌くさりがまのようだった。そんな武器を戈門は知らないが、そうとしか形容のしようがなかった。


 かたまりが、姿を変えた。

 玉にゆわいた髪が逆渦さかうずを巻き戻して解けるように。


 全体の姿は棘だらけの巨大な甲虫こうちゅうのようだったが、腹から生える四本の腕は人間の腕を引き伸ばしたようで、足は巨大な飛蝗ばった後足あとあしのようであり、その全てが焼けた鉄の光沢を放っていた。目のようなものは見当たらず、大きく裂けた口には金属質に光を跳ね返す四角い歯がびっしりと並んでいる。


「化け物めぇっ!」


『ダグ、スーツを使う』

『接近戦はダメだクルナ!』


(男の声⁉︎ 誰と話しておるのだ⁉︎)


 女は姿の見えない何者かの制止を聞かず、みの襟元えりもとを右手で掴むと装具を外して投げ捨てた。


 身体にぴったりと沿うように造形された真っ白な鎧が、きゅんきゅん、と鳴いた。ふしゅっ、とその背中が蒸気を吐いた。


 怪物は標的を白き鎧に身を包む女に変え、再び鋭い鎌の尾を振るった。


「危ない!」


 戈門は思わずそう叫びながら駆け出した。だが。


 女が垂直に立てた一の腕がやすやすとその鎌を跳ね返した。

 戈門にはその瞬間、女の腕と鎌の間を黄色い光の壁が遮ったように見えた。


 女は地面を腹でこするように跳躍した。

 一息に間合いを詰め、しゃがんだ姿勢から全身の発条ばねを活かして強烈な打ち上げ拳打を怪物に見舞った。仰け反った怪物の隙だらけの腹部に体を回転させ勢いを付けた蹴りが炸裂した。怪物は吹き飛び、檜葉ひばの巨木に激突し、巨木は折れてぎしぎしざざざと音を立てて倒れた。


「……すごい」


 戈門は呆気あっけに取られたが、すぐ正気に返って駆け出すと逃げようともがく怪物に追撃を入れようとした。

『斬るな!』

 女がそう叫んだ時には、戈門は既に怪物の上の右腕に斬り落としていた。怪物がギャァと悲鳴を上げた。じゅう、と音がして太刀の刃が泡立った。

『避けろ!』

 後跳びした戈門を追うように怪物の傷口からどろりとした体液がほとばしった。それは触れるものみなを泡立たせ、溶かし、異臭とともに白い煙を上げさせた。

「酸か!」

 素早く跳んだので全身を焼かれることはなかったが、右の籠手こてに避けきれなかった飛沫が一滴だけ飛び散った。

 たちまち籠手こてには穴が開き、その穴はしゅうしゅうと音を立てて大きくなり、戈門は急いで籠手こてを外して捨てた。

 その隙に怪物は五器噛ごきかぶりのごとく素早く逃げ出した。

 雨の林の間を真っ黒な塊がじぐざぐに駆け抜け、遠ざかる。


 後には男と女、切り落とされ地面を泡立たせて煙を上げる異形の腕が残された。

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