徳永篤之進
「やあ、お早いお着きでしたな」
歳の頃は戈門と変わらないだろう。胆力が目付きに滲む凛々しい男で、折り目正しい黒巻き羽織を堂々と着こなす。浅黒く焼けたその肌は、この役人がただ
「
「これはご丁寧に。穴海番所、
「手土産もなく無礼をしてすまぬな」
「なんの。沓沢様は遊びに来た訳ではごさらぬゆえ。こちらも、もてなしの手間がはぶけようというもの」
徳永は心底楽しそうにカッカッカと笑った。
戈門は会ってすぐのこの男を気に入った。
******
「かれこれもう十五日ほどにござる」
戈門を奥座敷に招き入れ、茶菓子と熱い茶を用意させた徳永は、いきなりそう切り出した。
「お山の中腹に、
ふむ、と戈門は
「所がある日を境にこの村から
戈門は練り
「……人喰い村か」
「村の者と親しくしていた油問屋からの陳情もあり、五日前、当番所から
「ありそうな話だ」
「だから、岡引たちにはくれぐれも様子を見るだけだ、危ないようならすぐ帰って参れと言い含めておったのですが──」
「──その者たちも帰らなかった」
徳永は苦々しげに
「岡引二人の内、
「そのような者が
「同行した岡引のもう一人、与兵衛は
「並大抵の盗賊なら、その三人ともを同時に捕らえて帰さぬことは確かに至難の
「
郡方様とは、戈門の父、郡方奉行、沓沢頼尚のことである。
「何を恥ずかしがる事がある。よく報せてくれた。近頃の役人はお叱りを恐れ都合の悪いことを隠し揉み消すばかりだ。だがこういった小さな不都合が、引いては藩の、更にはお国の大事の先ぶれやも知れぬのだ」
「そう申して頂ければ幸いにござる」
「あい分かった。今日は着いてのその身ゆえ、明朝早くに出立し、
「こちらからも人を付けましょう。信が置けて腕の立つ者がおります」
「ありがたいが途中までの道案内だけでよい」
「は、しかし──」
「俺一人なら何かあっても
「──
「時に徳永殿、この宿場町に妙な女の噂は立っておらぬか?」
「妙な女?」
戈門はここに来る途中で出会った不思議な女について手短に説明した。
「さあ。心当たりはござらぬが、梨を買ったとなれば出入りした店は限られましょう。こちらでも調べてみまする」
「頼む」
「見慣れぬ蓑に重ね革の小手と
「間者や隠密が、
言い掛けて、戈門は一つの可能性に思い至った。
「沓沢様?」
だが、その可能性を徳永に打ち明けるのは
「いや。あの時に編笠を跳ね上げ、顔を拝んでおけば良かったと思ってな」
「
徳永はそう言って、またカッカッカッと笑った。
(異国人……)
戈門は徳永の笑い声を聴きながら、女の正体を、ほぼそうだろうと確信していた。
きゃあああ
甲高い女の悲鳴が響いた。
「外だ!」
言うが早いか戈門は太刀を取って駆け出し、徳永がそれに続いた。
裸足のまま飛び出した戈門は悲鳴の出所を探した。
うわぁぁぁっ
きゃ、わぁぁ
少し離れた人混みの中で次々と悲鳴が上がり、人波が何かを避けて二つに割れてゆく。
戈門はその中心に向けて疾駆した。
「これは‼︎」
「沓沢殿!」
野良犬が一匹、とことこと機嫌良さそうに通りを
口に、血濡れた人間の手首を
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