第5話「試製大型フォースアーマー」
「リアー姫。安全な場所で見学しましょう。不足の事故が起きないともかぎりません」
僕はリアー姫に手を伸ばす。
リアー姫の黒すぎる影の手が、僕の手をとりながら言う。
「えぇ、そうしましょう、ヘイディアス」
リアー姫が見学にやってきた。
聖工房の中を見られるのは恥ずかしい。1年も使っておいていまだに工匠の人は嫌がらせはしてきても仲間として打ち解けられていない。全部、僕自身で機械を使わなければならない。
幸い、経験値以外の知識だけはあったので少しずつ技術を上げて素人に毛が生えた程度には『全ての工程の機械を使える』ようになった。
試製大型フォースアーマーを作ってみた。
「変わった……形のですね」
「えぇ、見窄らしい。笑ってくれて大丈夫ですよ、リアー姫。1年も空費してできた物があまりに醜いと」
「いえ、ヘイディアス。恐獣のようです」
フォースアーマーがゴリラくらいであるなら、試製大型は小巨人くらいか? 背中には特徴的な巨大フォースオペレーショナルファイナリアンプ……ようするに魔力のオペアンプ、ただの増幅回路をパッケージしたものを背負っている。
手があり足がある。
あるのだが人型と言い難い。亀の甲羅から手足が複数組生えている怪物だ。バランスなど妥協していたらこの形になった。ちょっと醜いかもだ。
フォースアーマーを単純に異形化して巨大化しただけだが、常人には可動させることは不可能な黒曜石総質量だ。乗って頂いているのはいつものヴィシュタ。実験を開始した。
今日は初めて起動試験だ。
僕はなんの為に転生したのか。
無能が何をできるのか問われる。
ちょっとリアー姫に良いところを見せたい欲もある。黒すぎる彼女をチラリと覗く。真っ黒な彼女の金色の瞳が、試製大型を見つめていた。
「ヴィシュタ。動かしてくれ」
1年も付き合ってるヴィシュタに言う。
破裂した黒曜石の破片が、散弾として聖工房の内壁に飛び散った。幸い、実験は充分に安全を確保してから実行したんだが想像より破壊的だ。
鋭利な大破片が透明処理した分厚い黒曜石の窓に喰い込み、三分の一はこちら側に先端が飛び出していた。
実験に使った試製大型は、負荷実験の為に敢えて各部をより大質量化していた。それが魔法を流し動かした瞬間、バラバラに砕け散った。
黒曜石は一瞬で破片化して、硬さと柔らかさの違う圧力に晒された結果、弾け飛んだのだろう。
何にせよ、もう少し実験がいる。
「上手くいかないもんだ」
腰を抜かして倒れるリアー姫をキャッチ。柔らかく抱いて支えながら次を考える。あとは数を打つしかない。フォースアンプで増幅された魔力の過剰圧力に黒曜石が耐えられていない。魔力不足で動かなかったのが今度は過剰が問題か。真逆だな。
だが、大満足だ。
大魔獣へ対抗できる。
充分に有望なんだ。
「大丈夫ですか、リアー姫」
「は、はい。驚きました」
「まあこういう所です。今回はだいぶ控えめでした。カーリア王にお伝えください。完成には近づいていると。フォースアーマーより遥かに巨大で強力な、魔獣殺しが生まれそうです」
「……確かに、父上に伝えます」
リアー姫は少しムスッとする。
僕がそれに気を掛けるよりも早く、ヴィシュタの怒号が響く。「また殺す気か!?」というもっとも意見だ。
大丈夫、ヴィシュタは死なない。
「さあ次にいこう」
結局、地味な試行錯誤と、記録の連続の中から正解を出した。大量の黒曜石を消費したが……地味な研究の中で、特に凄いこともなく地味に生まれた。
それだけであるので……罵詈雑言を浴びている。フォースアーマー換算で何十機分もの黒曜石を消費して作っているのが、わけのわからない恐獣擬きなのだから当然だ。
完成されたフォースアーマーの比べてかなり下な評価を受けている。長年、基礎的には変化のないフォースアーマーを上回ると言うことがあり得ないという話だ。
例えるなら1+1の証明の為に世界最高の階差機関を作っているような無駄なことをしている、というような批判だ。
ということで、今、俺の名声は失墜している。大魔獣クラーケン狩りに末路とか、頭のおかしい金喰い害虫だそうだ。
まあそんなもんである。
だが万人の魔力で動く試製大型フォースアーマーの目処が立ち、基礎設計は既に完成されているフォースアーマーと似ても似つかないが、遥かに強力だ。
根本から機能が違う。
脚部兼腕部には補助にダンパーを増設した。シリンダーに空気があり圧縮されても元の位置に戻る。沈んで浮かぶ。適当な油が無いせいのでシリンダーに入れているのは空気だ。
ただでさえ莫大な魔力を消費してしまう欠点のある魔力アンプの吸い上げを軽減する為でもある。屈伸するとき上げるも下げるもとんでもない消費があるのだ。
黒曜石の魔力浸透の効率が悪いせいだ。抵抗が高すぎて関節に使う黒曜石が無駄に放出してしまう。硬いゴムに指で押しつけて曲げるくらい無茶なことを強要しているせいだ。
しかし、材質はどうにもならない。
理想は大魔獣や恐獣の組織だろう。
これも記録している。
実験記録と数字を山のようの比べながら計算する。最適な魔力伝導率を導き出せれば、騎士や従士みたいな高出力の選ばれた魔力の持ち主でなくともフォースアーマーを最適化して乗れる。
太さや断面積の違う物も大量に用意した。細い黒曜石程この破裂現象は高い確率で発生した。黒曜石はより太く、細い箇所を作らない大型なほど魔力に耐えられるということが証明されている。
修正する。
「う〜ん……」
地味だ。ただひたすら地味で退屈だ。
今の仕事は最適点を発見することだ。
見つかりさえすればどうとでもなる。
やめてしまいたい。めんどうだしな。
と、僕の頭の中によぎり酷い後悔だ。
大魔獣クラーケンとの戦い。僕がわけのわからず生き残り、リアー姫以外はみんな……死んでしまった戦い。
忘れるな、ヘイディアス・ルナバルカ。
お前は転生者。何人も仲間を見殺しにした無能なんだ。許されるわけがないだろう。2度と泣き言を──言うな。
◇
天井のクレーンが黒曜石の塊を運ぶ。ただの原石ではなく加工された部品であり、聖工房ではノックダウンでの生産分だ。試製大型フォースアーマーから発展した『人型』が形を成していた。
新型だ。
腕と足は1組ずつ。
這うスタイルだけど。
人型と言えば人型まで手足を減らした。魔力の効率も良くなっている。簡素版と言えばそうだが完成度は高い。なによりフォースアンプの安定性が向上したことで単純パワーは上昇だ。
聖工房の床面積一杯に、組み立てラインが設けられて天井クレーンから運ばれてきた部品が積木細工のごとく立てられていく。
黒曜石の収縮と膨張を魔法で起こすだけと言う、信じ難いほどシンプルなメカだ。地球の機械とは、半導体や一見では解読不可能な電子回路とプログラムの複雑さで発展した物とは根本からまるで違う。
魔法万歳だな。
シンプルで、人形のようだ。
陶器の人形に少し似ている。
魔法機械で切り出し整えた部品、丁寧に規格化されたパーツが合わせられ、最終的にはハンマーの力技を駆使しておさまる。
その姿は、前型と比べれば非力だ。
馬のような蹄の手足。5本指はない。純粋に走行だけを考えた『足』だ。大型フォースアンプとそれに付属するコクピットがパッケージングされて亀のような胴体だ。
完成された、一般的なフォースアーマーと比較してなんと醜いのか。我ながら笑えるほどだ。
最初の1機の動作試験が始まる。
乗るのは、いつものヴィシュタ。
なのだが……。
「ヴィシュタ、何をしている」
「お前、フォースアンプて面白い物を作っただろ。私だって見ているだけじゃない。お前のフォースアンプを使って魔力を圧縮、噴射することで空を飛べるようにしたんだ。それを付けるからちょっと待て!」
「……お好きに」
ヴィシュタは協力者だ。
お安い御用てやつだな。
僕はヴィシュタの作業を待ちながら、新型の名前を考える。化け物を殺す化け物であってほしい。
「ゲリュオネス……」
──ゲリュオネスと名付けた『僕が初めて作った巨大ロボット』が起動する。
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