第5話「異形のゲリュオネス」

「ヘルテウス将軍!」


「ダインスレイフは気にするな」


「しかし……」


「あの古代ドォレムが異常なのだ」


 それよりも──。


 道なりに狭いというのにバトルジャックが密集していた。本隊の先頭は、チャクラムとやらで抑えられ、進むに進めない状態にある。


 問題は我らの前面の連中。


 頭を縫い付けられた蛇だ。


 牙が使えない毒蛇など!!


「なんだこいつら……」


「ヘルテウス将軍、お気をつけを!」


 こいつらと先頭で斬り合っていたラーミア・フェランギの腕が吹き飛ばされる。黒曜の破片が鋭く砕けて降り注ぎ、腕が谷底へと落ちていき粉々になった。


「下がってろ。ここで消耗はできん」


 隻腕のラーミア・フェランギが、狭い山道をもたつきながら下がれば、敵は容赦なく追撃に組みいてきた。


 エパルタの熟練と、小型のラーミア・フェランギであるからこそ山道で前後を入れ替えられるが、賊は所詮、戦えるのは一機のみ。


「させんよ」


 愛機であるラーミア・フェランギを跳躍させ、崖に片足を掛けながら、隻腕の頭上越しに、敵バトルジャックの胸をチャクラムで叩き割り、その勢いで蹴り落とす。


「やはりへリュトンより重いな」


 へリュトンより小さいというに。


 賊と──対峙した。


 敵はたった二機だ。


 蹴落としたのと合わせて、僅か三機でこうも隊列を足止めしていたか。いまだ慣れぬラーミア・フェランギと言えども……ただの賊ではない。


「何者だ」


 奇妙なバトルジャックだ。


 少し、カーリアの王家専用バトルジャック、王騎“六の剣と腕”と似ている点が多々ある。腕が六もあり、その全てが腕剣だ。


 無関係というわけではあるまい。


 そして王騎と同じ造形……近衛でさえラーミアだというのに、異様なバトルジャックを扱うなど何者だ?


 少なくともただの賊などではない。


 細身、同じく細く長い腕。


 指というには鋭利すぎる三本爪。


 硝子エビのように背を丸めて、姿勢を低くしながらこちらの様子をうかがうのは、今にも飛び掛からんとする獣そのものだ。


「気をつけろ。腕が伸びるぞ」


 ラーミア・フェランギに警告する。


 剣を振るうよりも爪のほうが、想像よりも自由だな。強度があればこういうこともできるのか。


 配下にラーミア・フェランギの背中越しにこれの戦い方は見た。拳を覆う程度のチャクラムで取り回しが良い筈であるのに、この異形の自在な腕と爪の前に翻弄されていた。


「面白いな。剣に一筋で、これが無駄か」


 異形にバトルジャックの爪が突いてくる。


 心が手に取れたぞ、怒りというやつだな。


「甘いわァ!」


 異形バトルジャックが、奇襲的に腕を射出してくる。驚きを突いてくる機構は必殺にもなる初見殺し!


 だが、叩き折る。


 腕を振り下ろす。


 バトルジャックの肘より上の装甲部でだ。


 いかに頑強と言えども所詮、細く、長く伸びた腕など容易く黒曜を砕けさせ、破片と残骸を作る。


 異形バトルジャックは驚き、後ろに跳躍して退くが鈍い音が山脈に響いた。


 逃げた背中が、後ろの胸に当たっていた。


「背負ったな!」


 ラーミア・フェランギを走らせた。


 両手を揃え、腰を落としながら!


 異形バトルジャックは、残った腕を射出してきたがはたき落とす。そして、その腰にラーミア・フェランギを組みつかせた。


 異形バトルジャックの両脚を奪う。


 私のバトルジャックが異形を押し倒したことで、射線が開いた。高速のチャクラムが飛び、もう一機の異形バトルジャックに次々と戦輪が喰いこみ、黒曜の破片を降らしながら倒れた。


「……?」


 押し倒した異形バトルジャックが動かない。まだ操演者を潰してはいないし、確実に生きている筈だ──あ。


「失神したのか……」


「大丈夫ですか、ヘルテウス将軍!」


「無茶せんでくださいよ、将軍!!」


 そんなことより。


 異形以外が来ないな。


 ダインスレイフが飛び越えて行った山を見る。本当に反対側まで行ったのか。


 可能だろう。


 だがやるハゲは異常だ。


「歩兵のドォレムを斥候に確認させろ。バトルジャックではやられてしまう。慎重に行こうか」


「将軍!」


 と、倒した異形バトルジャックを道からどかしている兵が呼ぶ。


「操演者が生きてます!」


「捕虜にしとけ」


 運が良いな。


 二人とも失神してる。


 意識があったならば面倒だった。


「捕虜だぞ。丁寧にな。使えるかもしれん」


 捕虜をとったこと、リアー姫に報告しておかねばな。彼女が部隊の頭なのだ。


「リアー姫、捕虜で──」


「──エパルタの悪魔め!!」


 捕虜が息を吹き返した。


 兵士に抑えられているが、暴れている。


「『カーリアの剣』が貴様らを一人残らず殺すだろう! 裏切りの王子や姫どもも同じだ! エパルタを殺す、神聖同盟も殺す、霊山ウーレイアを血で染めあげて捧げてくれる!」


 凄まじい剣幕で捲し立てる。



「休戦、休戦しましょ、休戦をー!」


 僕は、撃破されている異形バトルジャック『ゲリュオネス』の前にダインスレイフを滑り込ませた。


「ヘイディアス殿!」


「すみません、すみません、ヘルテウス殿。しかし待ってください、お互い、不幸な行き違いというやつです」


「ヘルテウス将軍! 敵が来ます」


「ヘルテウス殿! 攻撃してはダメです」


「……攻撃待て! 手を出すな!」


「しかしこの機体では!」


「命令を守れ攻撃するでないぞ」


「ッ、各人、新入りからチャクラムをとりあげろ! 言って我慢ができるほど躾けてはいなからな!」


 リアー姫が見上げている。


 僕は、緊張が張り詰めるなか説明した。


「リアー姫、ヘルテウス将軍。彼らはカーリアの剣と呼ばれる霊山ウーレイアの『監視者』であり、バトルジャックはゲリュオネス、僕が設計したものです」


「敵なのか?」


 と、ヘルテウス将軍が警戒を解かず言う。


「いいえ、味方です。空中都市ジュデスを拠点にしていて、霊山ウーレイアでは唯一、王家の手のものでしたが……」


 それが何故、山賊をしているのかまではまだ聞いていない。空中都市ジュデスからはまだ少し離れている。霊山の巨人山脈は広いんだ。


「まさか……“禿げ頭”のヘイディアス? ダインスレイフを動かせるのはあの無能しかいない」


「剃っているんだ!」


 ダインスレイフの目を捕虜に向けた。


 褐色の肌でいかにもなカーリア人だ。


 カーリア人は迷いなく、伝えてきた。


「助けてくれ! ジュデスが──」


 暴れていた姿から一変する。


「──ファラミウスに襲われてんだ!」

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