第4話「山道の待ち伏せ」
「なるほど。敵も跋扈しようというものだ」
リアー姫に絢爛と続く一団は止める。
各地で残党化した旧カーリア兵を、リアー姫の御威光で掌握しようという旅路でそれを見た。
放棄されたカーリアの関所だね。
出入りする商人らや、時には侵入しようとする賊や間者を堰き止めるべき施設には、兵の一人も詰めてはいない。
ただ黒曜石の破片が少し。
目立った戦闘の痕跡は無い。
電撃的な奇襲か裏切りかだ。
少なくとも砕けるような争いがあった。
鋭利な刃物としても使える剥離した黒曜石は、それだけ強い衝撃を受けたからということだよ。
事故では無さそうだ。
「手続きなく楽に進めるのは良い」
「どんな人も出入り自由ですリアー姫」
関所は既に斥候が抑えているんだ。
安全そのものは確保されているよ。
関所を抜けるヴィークル・ドォレムの隊列を眺めつつ、ダインスレイフの目で周囲を確認する。
「正規のバトルジャックを相手にラーミア・フェランギは戦えるのか」
と、リアー姫がダインスレイフに直接触れて、黒曜石を震わせて話を通す。秘密の会話だ。
「ラーミア・フェランギは通常よりかなり小さいです。……標準的なプレスランスを持てないほどに。格闘戦でも単純な膂力では圧倒されると、テミストス将軍の試験では判明しています」
僕は正直に答えた。
ラーミア・フェランギは欠点がある。
「通常ラーミアより弱体化しています」
「張子の虎、と、言うのであったか。もし旧同盟や、山の貴族がバトルジャックを出してきたらどうなる。鏖殺されるのではないか」
「戦い方を知らなければそうなるでしょう。ラーミア・フェランギの本質は遭遇戦ではありませんから。今は装備を全て外して護身用だけです」
ただ、と、僕は付け加えた。
「弱い面があっても使えないバトルジャックを開発はしませんよ」
ラーミア・フェランギを見る。
エカトンケイルどころか通常ラーミアと比較しても小さい。小さすぎるほどだ。バトルジャックに背丈の優位は大きい。
大きくなれば黒曜関節の負荷が増し、指数関数的に加工技術の難易度が上昇するが、膂力が高く、弱点の頭部への打撃を上から狙いやすい。
大きい方が基本強いわけだね。
小さいのは弱い。
ラーミア・フェランギは最小だ。
最小ということは最弱なんだね。
プレスランスを装備できないから、投擲武器としてチャクラムを装備している。黒曜石を輪の形に削り出した、斬撃する投擲武器だ。これを、ラーミア・フェランギが幾つも携行している。近接戦でもある程度の護身に使えもする。
フェランギの装備はこれくらいだ。
貧弱だよね。
ヴィークル・ドォレムの積荷を見る。
『外套』を纏うには、ここは狭く脆い。
「石のように殴りつけ投げろと言ってあります。単純なほうが間に合うでしょうしね」
僕らは山間部の奥へ進む。
暑いのに寒々しい場所だ。
山に登り始めての高低差のせいだ。
気温が低いのは気のせいではない。
リアー姫が最初に訪問する城館は、高山にあるのだ。そこは鋭く切りたち、山間の薄暗い道を見張っている陰険とした場所。
警戒を切ることはできない。
敵が出没するという情報がある。
城館への攻撃に失敗した『敵』が、道沿いに展開して襲撃を繰り返しているようだ。
こちらはかっこうの獲物てことだね。
「城館の主は“不動の”ファラミウス。ファラミウス氏族のせがれか」
「王都からの増援要請は間に合いません」
「ハゲよ、間に合っても黒鎧は動かんぞ」
「まあまあ、そういうことは胸のなかへ」
僕の愛想笑いに、リアー姫はのらない。
ファラミウス氏族だ。
王都クシュネシワルに近い山脈に陣取っている貴族の氏族で、戦略的には四方の一面を守る大貴族……なのだが、不動ゆえ腰の重い連中ではあるんだ。
実際、主要街道が目の前で荒らされている。だがファラミウスは動かない。裏で懐柔されているのだろうね。
「案じても仕方がありません」
「……尻の木の根を叩き切ろう」
やがて谷間へと差し掛かった。
襲撃するには良い地形だ。
曲がり道の片側は崖だ。
死角になるよう道の先が隠れる。
正面の道を塞がれれば、再び道が曲がって被るようにあり、半包囲の攻撃を受けてしまう。
窪地の底に降りるようなものだ。
「横槍を受ける地形だ」
嫌な予感と警戒を立ち上げる。
「ヘルテウス殿」
僕はエパルタから派遣されているヘルテウス殿を呼ぶ。彼が実質の指揮権を握っているんだ。
カーリア王を倒した男だ。
これはリアー姫に言えないね。
「嫌な地形だな、ヘイディアス殿」
「えぇ、待ち伏せです、ヘルテウス殿」
名前が似てる男と一緒て嫌だな。
兄弟だと勘違い……。
ヘルテウス殿は髪が長い。
僕と合わせれば普通だな。
リアー姫の位置を確認する。
隊列は熟練のエパルタ軍もいる。
混乱して隊列を乱してしまえば味方の手で谷底に落とされてしまう。新人は最前衛、混乱を伝えないよう要所にエパルタ軍を配置している。
待ち伏せの相手も同じだろう。
──勘は当たりだったね。
先頭を走る、生身の斥候が曲がり道の先に消えたとき戦いが始まるのを感じた。
バトルジャックの足音。
ヴィークル・ドォレムの音。
それに混じってプレスランスの気の抜ける音に、戦闘の声が微かに届く。バトルジャック用の高圧の音だ。それに対人散弾ではなく対バトルジャック用ボルト……ラーミア・フェランギじゃないね。
正面は足止めだ。
先頭が、たぶん下がる敵を追って奥に進む。それに釣られて列を成して隊列が動いた。引き込みの敵を追った。
知らされていると考えるは別だ。
先頭集団は目の前で手一杯らしい。
「対岸! 敵が展開しているよ!」
僕の叫びにハッとしたバトルジャックらが黒曜石の目を向けたとき、隠れていた敵が展開し始めていたばかりだった。
「敵は奇襲を優先して列を千切っている! チャクラムで敵先頭の頭から集中投擲! こちら側を覗かせるな! 隠れていた連中はそのまま押さえつけるんだ!」
数十のチャクラムが投げられた。
貧弱な膂力よりも遥かに『強く』ね。
ラーミア・フェランギが、不自然に肘から先を折り曲げたまま固定し、投石器じみた跳ね返りでチャクラムを飛ばす。
黒曜石のチャクラムは、いかに小さなラーミア・フェランギと言えども人間と同じ以上の質量の黒曜石の塊であり崖を削りあげ、まさに展開しようとしていた敵の足をすくませた。
そのうちの一機が、足をチャクラムで砕かれ谷底へと落ちていく。何度も岩肌に叩きつけられながらバラバラに変わった。
「ヘルテウス殿!」
「良い、許す! ヘイディアス殿の指示に従い動け、騎士達よ! こそこそと隠れる対岸のバトルジャックにボルトを! 正面の蛮勇どもの頭を叩き割れ!」
僕はダインスレイフに膝を曲げさせた。
崖上にダインスレイフならば、行ける。
跳躍。
数十メートルを跳ぶダインスレイフは、重力に引かれながら地上に降り立つと同時に、数度、同じように跳ねる。
山頂を超える。
内臓が口から出そうなくらい持ち上がる。
ランスは下に、重量と加速を載せている。
狙いは、玉突きしている敵主力の隊列だ。
太陽を背にした影が見えたか。
敵バトルジャックが気づいた。
「うん? こいつら……」
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