第4話「魔力を向上させる回路」

 緊張する。


 椅子は1つ。


 ヴィシュタが座る。


 僕はベッドに腰掛けた。


「そ、それで? どんなご用事で」


 震える声で訊く。


 ヴィシュタとは、そういえばもう半年は理由はわからないが協力してもらっている。会話をした記憶がない。


「テミストス叔父さまが、煮詰まっているようなら助言してやってはどうかと言われたので、しぶしぶ来た」


 ヴィシュタは足を組み直す。


 ヴィシュタはスカートを履き、絹糸のタイツだ。屋内用とは言い難いブーツの存在はアンバランス。美人だ。だが劣情がまるで湧いてこない。


 クラーケンの一件以来からだけど。


「正直、失望しました」


 失望されてしまったらしい。なんだか申し訳ない気になる。だが、僕なんだから失望させてしまって当然だろう。僕とはそういう男なのだ。


「テミストス叔父さまは言っていました。面白い発想をする男が絶望を経験した。そういう時は潰れるものだが、あれは、もういない復讐の対象の為に工房を王にねだった。面白い男だと」


「そうですか」


 テミストス先生は期待をかけてくれていたのか。それでヴィシュタを付けてくれたのかもしれない。半年経って初めて気がついた。


「あのテミストス叔父さまが、わざわざ私を呼んだのです。それがなんですか。フォースアーマーの1つもまだ組めない無能なのですか」


 ヴィシュタの声に苛立ちが混じる。


 それが、その、僕へと向けられたヴィシュタの怒りが、僕の心を荒ぶらせた。同時に冷たい頭の一部がささやく。無能に違いはあるのか?


 ヴィシュタは間違っているか?


 ノーだ。


 ヴィシュタの評価は正しい。


 実機が存在しないのは事実だ。しかし、僕なりに言い訳をさせてもらった。研究データの束を鷲掴んでヴィシュタに渡す。


「無駄に遊んでるわけじゃない」


「これは?」


「新型フレームの為の基礎を探す実験。低魔力でも動かせる形を探してる。黒曜石の総質量と人間の平均魔力量から割り出せる最適を公式にした。古いフォースアーマーの式は、やはり今には合わない。ただ──解決方法は見つけた」


 ヴィシュタは書類を読む。


 真剣で、読み解いていた。


 僕は急にいたたまれなくなった。ヴィシュタとは他人なのに、とんでもない態度をとってしまった! まるで子供のような態度だ。クールじゃない。


 ヴィシュタに何を言われるか。


 それを考えると、怖くなった。


「……オブシディアン基礎変体工学に詳しいことを前提にした、応用技術での開発をしているてわかってる?」


 それも、と、ヴィシュタは続けた。


「100年以上変わっていないフォースアーマーを根本から変えてしまおうとしてるの。異端で無視されてきた物に手を突っ込んで、解決の糸口を見たですって? 聞かせなさい。書類じゃ何も持っていないも同じ」


 ヴィシュタは信じられないものを見る目だ。正気を疑い、狂人を見るような目で見ないでほしい。


「大魔獣の甲殻を利用するんだ。巨体なのに何故か、フォースアーマーと同じ仕組みなのに潰れない。結晶構造が細胞レベルで支えているから総質量は桁違いなのに魔力量は充分足りてる」


 大魔獣クラーケンを思い出す。


 単純な物理法則の中で工夫が無ければ自壊するような『怪獣』だ。構造は、図書館で何度も確認できた。先行研究も多い。解明されている。


 そのための基礎データ集めだ。


 大魔獣とフォースアーマーの融合だ。


 ヴィシュタは呆れた。


「エグゾアーマーの研究は随分と古くに閉じてる。魔法を魔獣の筋肉に流すことはできない。いえ、効果がない。魔法が動かせるのは黒曜石だけ。黒曜石の粉末や綱を張り巡らせたりしたけど効果はなくて、フォースアーマーは今のままなのは常識だけど」


「うッ……」


 僕の思いつきの提案に、ヴィシュタはあっさり疑問をぶつけてくる。彼女の失望が深まる。


 実はその通りだ。


 大魔獣の筋肉の構造や外骨格はフォースアーマーとは桁違いに強力であることは常識なのだが、それを動かせない。騎乗の魔獣兵器なら別だが、これは鞍を付けて乗っているだけだ。


 神経系から完全な制御ではない。


 思い通りに動かないし大変だ。


 何度か、大魔獣の脳として騎士を搭載して制御する手段が幾つか考えられては失敗している。その『発明』は大量にある。


 大魔獣の筋肉に魔力が流れないことが原因だ。筋繊維は魔力で伸び縮みしないと言える。


 僕はそれを個人の魔力量の不足、大魔獣が持つ大出力の魔法に達していないからだと仮定している。僕がフォースアーマーを動かせないのと同じように、人間には足りていないと。


 解決の為に、複数人で大出力化する方法を模索している途中だ。個人の魔力を増幅する増幅回路、魔力を通す黒曜石を応用してコンデンサーみたいなので一時貯めつつループさせて見かけ出力を向上させることそのものは大した技術じゃなかった。


 問題は使える出力にならないだけで。


 僕とヴィシュタの2人しか、魔力を投入する人間がいない。他には頼れない。ある物でしか。


「……」


「大丈夫なの?」


 ヴィシュタの気遣いではない。彼女は心配ではなく、僕の能力が低すぎることを懸念しているのだろう。


 もっと……頑張らないと。



「ヴィシュタ、何か用事?」


 工房で残骸を片付けたり、実験の報告書を受けたり、纏めたりをしていると、いつのまにかヴィシュタがいることが増えた。


「別に」


 ヴィシュタは理由を言わない。


 最近はフォースアーマーそのものが無いから、ヴィシュタが大不満なのはわかる。


 複雑化する一方の黒曜石の回路で、増幅と整流の部品が日に日に過密になる。黒曜石は魔力の刺激に反応するだけでなく確かに、電気のように、高低があり流れていることはわかった。


 出力不足への解決は単純だ。


 ひたすら多重に増幅させる。信じられないくらい大型で最悪の燃費になったが動いてくれなければ問題外だと割り切れば、簡単に解決した。


 僕とヴィシュタが見窄らしい、フォースアーマーだった物の制御装置に座る。そこから魔力は黒曜石の回路を介して、あえて数倍の総質量で新造されたフォースアーマーの腕の黒曜石を収縮させるという流れだ。


 僕とヴィシュタの魔力の圧力を高めて、大質量の黒曜石を動かす。大魔獣の組織が手に入らないなら手段はこれくらいだ。


 まあでも上手くいくだろう。


 ヴィシュタは怖い。


 幾らか事前の予備実験はした。


 僕単独では作動した増幅機は、フォースアーマーは動かせなかったが、確かに、幾らかの効果そのものは確認できた。


 毎日、工作して失敗ばかりだが嬉しい。


 今回も上手くいくだけの準備はできた。


「……え?」


 ヴィシュタの気の抜ける声。


 実験は、あっさり成功した。


「羽根みたいに軽い」


 ヴィシュタが動かす。彼女が動かすのはフォースアーマー1つと比較しても大きすぎる腕だ。腕だけだが黒曜石総質量は平均的な魔力で動かせる限界を超えている……理論的には。


「な、なんで? ヘイディアス! 何を作ったの!? 今までのどんよりともたつく感じじゃない。もっと軽やかで、風に触っているみたいに軽い!」


 ヴィシュタが楽しげに動かしている。


 増幅機の作用は、充分であるらしい。


 ヴィシュタと、多少なり電池にはなる僕の魔力を直列させて、回路で増幅、黒曜石全体の質量に対する魔力量を安定させているだけだ。


 それを見て、喜びよりも、安心感だ。


 最初の1歩をようやっと踏み出せた。



「叔父様」


「おぉ、ヴィシュタじゃないか」


 学園の教授室までご足労だね。


 私はやってきた姪を迎える為に茶を入れる。小さな窓、扉、それ以外はささやかな物置の机と壁を埋め尽くす書架と本の中、茶を煎る匂いが昇る。


 エパルタ産の茶だ。


 これが1番落ち着く。


「リアー姫がたいそう気にされていたよ。クラーケン戦ではリアー姫とヘイディアスくんだけが生き残ったからね」


 ヴィシュタに茶を出す。彼女はカップを机に置いたまま言う。


「叔父様。あのヘイディアスて男は何者なんですか。動かしましたよ、今日。通常フォースアーマーよりも遥かに巨大な物をです。理論では──」


「──人間が動かせない大魔獣、恐獣を動かせるまでいったかい、ヴィシュタ」


「いえ、それはまだ……わかりません」


「なんだ『まだ』だったのか」


「叔父様は何を知っているのですか。半年、ヘイディアスの貰った聖工房での働きは無能でした。毎日、記録ばかりで王家からせびっていると考えていました。しかし、突然、あんなものを作るなど……信じられますか? 知っていたのですか。聖工房の工匠は協力的どころか妨害している中で、彼だけで、独学で作ったのですよ」


 そうか。


 ヘイディアスくんがね。


 私はヴィシュタの様子がおかしくて笑う。養子に彼女を迎えてから、妙に他人には感情的にならない彼女の言葉が止まらない。


「異常です。おかしいです」


「さあ? どうかな」


「おかしいです!」


「ならもっと彼を知ってみれば良い。朝起き、夜眠るのだろう? 観察から始めるのは基本だ。ヴィシュタの報告は少々、人が入っていなさすぎる」


「本国に何か言われましたか?」


「いや? いつもと変わらないさ。何も。ところでヴィシュタ、もっと話を聞かせてくれたまえ」


 私は自分のぶんの茶を注ぐ。


 ヴィシュタは茶が冷めるまで話し続けていた。子供が学校であったことを必死で伝えているように。

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