第3話「カーリア・ゲーム」

「斜陽の王国を喰らえばより強大となろう」


 エパルタ国の侵攻が始まって以来だ。


 張り詰めた空気が晴れることはない。


 神聖同盟の宗主国を自称した勘違い国家のカーリアがこうも早く陥落するとは情けない。


 カーリア全土からの苦戦、神聖同盟に参加させた二線軍どもからの重苦しさのせいで食事も不味くなるわい。


「……で? やる気のないカーリアの姫の端くれごときの捕獲に失敗したと言うのではあるないな」


 神聖同盟の将軍としてカーリア領内に浸透していた、ジュストは頭を下げたままか。


 カーリアの接収は頓挫する。


 我が騎士は戦争ができるのか?


 遂行できる命令がないではないか。


「誉れあるカルタ・ノウァ騎士団から聞くことか? なんという失態」


「面目ありませぬ」


 白髪のジュストは顔を下げたまま言う。


 怒りは決して晴れない。


 晴れるわけがなかろう!?


 儂の資産をどれほど浪費した!


 デカンへの派遣、カーリアの領土の蚕食にも莫大な金を注ぎ込んだ。利益になるからと!


 それがどうだ!


 何もないではないか!


 得にもならん平原の土地がなんとなる。


 黒曜石だ資源だ人間だそれが金を産む!


「あの小娘の近習だぞ。戦も知らぬお飾りにカルタ・ノウァの精鋭が失敗したと? リアーの近習ごときに後れを取ったと?」


 痴れ者め、言うや鞭をあげる。


 奴隷どもの骸から削りだした爛れ鞭。


 打てば肉を削ぎ骨を砕く教育の鞭よ。


「お待ちを!」


 それに先んじて声を上げたのは、リアーの保護に出ていた別の騎士であった。いや、騎士でさえない市民兵だ。


 しかしこれの隊はあなどれん。


 あのエパルタの新型、エカトンケイルを何機か撃破したのは彼の部隊だけなのだ。無下にはできん。これには人気がある。


 しかし割り込みは許さん。


「儂がジュストと話している」


 人気があろうと所詮は、まだ市民兵の隊長にすぎん。市民兵は姿勢を低く許しを乞い、下がる。儂はこれを許した。


「……お前ほどの男がしくじるとはな。お前のせいでカルタ・ノウァは、カーリアでの競争に出遅れたぞ。都市への裏切りに等しい」


 爛れの鞭を振るう。


 鞭の先端がジュストの肉を削いだ。


「面を上げよ。そして話せ」


「お許しいただき寛大な御心に感謝を」


 と、ジュストは忠誠の姿勢をとる。


 今更しらじらしいものだジュスト。


「敵はカーリアの者だけではございません」


「もう他都市が手を伸ばしたというのか!」


 神聖同盟軍の諸都市とは、デカン秘密会談で取り分を決めたいたが、既成事実作りをするとは想像しておったわ。


 やはり動いていたか!


 しかしジュストは首を横に振る。


「カーリアの姫を守護したのは、カーリアを滅ぼしたエパルタ軍そのものです」


「エパルタだと? なぜ奴らが出張ってきた!? クシュネシワルではカーリア王を殺したではないか!」


「王都で何があったかまでは……」


 ただ、と、ジュストは続ける。


 恥知らずではあるが聞いてやる。


「エパルタで乱入してきたのは、あのデカンでの虐殺、二枚の城壁を瞬く間に抜いたテミストス将軍のウーラノースでした」


 それを聞いて周囲の官僚がどよめく。


 ウーラノース……テミストス将軍か。


 デカンから消えたとは思うておったが、そうか、王都へいるのか。そしてカルタ・ノウァのリアー姫保護を邪魔したと。


 許し難い、あまりにも、許し難い!!


「ジュスト。此度の責はひとまず棚上げする。テミストス、貴様はまずは王都周囲へと赴き、かの地の芽を積むのだ。デカン密約は忘れて、失態を覆して見せよ!」


「……はッ。寛容な賢王の慈悲に感謝を!」


「よい。下がれ、ジュスト」


 ジュストが勢いよく立ち上がる。


 白髪の目立つ老いたジュストの体はバネ仕掛けのように立ち上がり、すぐさま出立の容易に入った。


 使いの者を呼ぶ。


「寝返った旧カーリアの連中に文を出せ」



 王都クシュネシワル最大の工房。


 と、言っても工匠はほぼ脱出済み。


 資産である工房しかない状態だよ。


 そこに適当な暇人に一つだけ徹底的に教育して人海戦術でひたすら回している。職人並みの効率とはいかないが粗悪なものを大量生産する程度の最低の最低には稼働している状態だね。


「ゲェーッ! ヘイディアスの旦那!?」


「旦那が来たぞ逃げろーッ!!」


「無茶苦茶言いに悪魔来たぞ!」


 リアー姫とテミストスを招待した。


 ドォレム工房だ。


 素人に毛が生えた程度の工匠しかいない。


 借金で奴隷に落ちてたようなろくでなし。


 居残っているのはそういう連中ばかりだ。


「とりあえずですが、連中には大急ぎでドォレムの解体と改装をさせてる。無理をさせられないエカトンケイルとほぼ全損したラーミアしかありませんから。最低限の機材を揃えている最中です」


 リアー姫が興味深そうに工房を見る。


 どんな工房もここより見窄らしい仕事はしていないだろうね。あらゆるものが劣悪で、作ったドォレムよりも解体したドォレムのが多い有様では工房とは言い難いものだもの。


「情けない工房だな」


「リアー姫が廃棄されたラーミアを買い取ってくれたので資材面ではマシになりました」


 王都中の市民が勝手に溜め込んでいたからね。リアー姫が回収してくれてやっと、工房が動かせる状態になった。


 新しいラーミアの残骸が運ばれてくる。


 新人らがノロノロと手順を一々思い出しながら、なんとか、必要な資源を作っている。


「余が残党を纏めるのは良いがバトルジャック無しでは長くは生きられぬぞ」


「わかっています。ですから長距離移動できるバトルジャックをこしらえています。ラーミアにエカトンケイルの技術を移植するのです」


「ラーミア・ジーパスやラーミア・テクノみたいなバトルジャックか」


「近いです。しかしそれらは急造品なので、消耗を度外視した王都局地防衛用として用意したもので使えません……生き残りの二〇機は使っていますが」


「ならばどうするのだヘイディアス」


「最小の設計変更で新型を作ります」


 新型と言っても今あるものでなんとかするだけの急造バトルジャックなのは変わりない。それのバランスを最適化するのは得意だ。


 コツは割り切ってしまうことだよ。


 完璧なんて求めてたら間に合わない。


「間に合い、使えるならば、任せる」


「既に一号バトルジャックは組み立てが完了しています。基礎設計は僕の頭から流用し、現実に沿った手直しをしただけですから。問題は資材や人員、工房でした」


「ならば解決したな」


「後、大切なのは時間です。僕らの準備か、旧同盟軍が席巻するかの勝負ですね。エパルタの協力を引っ張ってでも急がないといけません」


「まったく……楽しい競争になりそうだ」


 と、リアー姫が見つめる。


 見つめる先にはテミストス将軍がいた。


 将軍は新型に辛口な評価を出していた。


「──『ラーミア・フェランギ』です」


 僕は自信を添えて言う。


 リアー姫は激渋い顔だ


「あれは……バトルジャックなのか?」



 王都クシュネシワルの城門が開く。


 開門用のドォレムが城壁上で絡繰を動かすのが見えた。城壁は先の攻防戦で至る所にボルトを撃ち込まれた痕が開いており、完全な修復の日にはまだ遠い。


 エカトンケイルが力技で施工をしていた。


 残骸のラーミアも、回収されているのだ。


 そんな暗い王都で、久しぶりに、エパルタ軍ではなく、カーリアのバトルジャックが潜る。


 多少の『化粧』もいるだろうね。


 城門前の道路でも大人気だった。


 初めは王都の戦いを思い出しているのか、怯え、あるいは怨みの視線を向けていた市民らが『同じカーリアの市民』の晴れ舞台に、同じカーリアとして誇りを振りまかれた。


 強いカーリア。


 エパルタに屈服したのではない。


 カーリアは強い、凄い。


 敗戦で後ろ暗いクシュネシワルの市民らに誇りと、持っているべき心得が帰ってくるのがわかった。


「霊山ウーレイアの守り手、ファラミウス一族は一筋縄とはいかないかもしれない。カーリアが一度、崩壊しても動かないくらいだ」


「不動のファラミウスだろう。知っている」


「えぇ。麓の都市ジュデス以外の霊山を支配している一族です。貴族ですがどちらかと言えば味方な山賊ですね」


「話が通じるのか」


「それに関しては安心です。霊山のファラミウスは仲違いしているようで旧同盟軍か、カーリア残党か、エパルタかで揉めていて、山の砦で争っているそうです」


「飛び込んでも撃たれるぞ」


「まあ上手くやりましょう。十中八九、道中で襲撃を受けますからリアー姫は戦闘です。王家の旗と王騎で頼みます」


「ハゲの頼みなら必要なのだろう」


 ふッ、と、エリー姫は鼻を鳴らす。


 王騎“六の剣と腕”が隊列の前へ行く。


 王都で回収した、まさにそのものだ。


「いや、僕が言ったのは冗談ですよ?」


 冗談ですからね!?


 ダインスレイフで“六の剣と腕”を止めた。


「リアー姫殿下。ヘルテウス将軍とその部下が監視にいます。ゆるく警戒はしてください」


 そんな珍騒動がありつつ──。


「霊山ウーレイアです」


 巨大な山脈が聳える。


 城壁等とは桁が違う。


 霊山には巨大な穴が開いている。


 その周囲では黒曜石や石英が産出される鉱山が下界から見えるほどキラキラと太陽光を反射する。


 そのさらに上には雲が掛かっていた。


 僕らは霊山ウーレイアへ進路をとる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る