第3話「贖罪の聖工廠」

「ありがとうございました」


「う、うむ……しかし復学の道も残されている。いつでも戻ってきなさい──」


「──ありがとうございました」


 僕は学園長に深く頭を下げた。


 今日僕は騎士学園を中退する。


 依願での自主中退だ。


 成績表を見て笑ってしまった。


 個人的な裏金を使わずに合格している科目は一つとしてないのだ。退学を命じられてもおかしくはなかった状況だ。


 成績以外の理由もある。


 僕には学園は辛すぎる。


 学園に鐘の音が響く。授業の終わりを知らせる鐘だ。前世、日本の学校で聞いたのと変わらない。授業が終わって解放された生徒らで学園は騒々しくなっていた。


 もしかしたら……。


 もっと、楽しい学園生活、楽しい青春を手に入れることができたのかもしれない。自分から手を離すんだ。僕は、いつだってそうだな。


 そんなことを考えながら学園を去ろうとしていると呼び止められた。大きな男だった。カーリア人という雰囲気ではない。


 エパルタ人?


「ヘイディアスくんかい? 私はテミストスという者だ。はじめまして、ではない筈だね、オブシディアン制御学の授業にキミがいたのを覚えている。キミは落ちこぼれだったがね」


「はぁ」


 授業が終わって学生らで溢れる学園。僕と、テミストスと名乗った朗らかそうな微笑む初老の男の周りには学生がやってこない。


 思い出した。


 正確にはヘイディアスの記憶にいた。


 エパルタ人のテミストスと言えば、特に有名なエピソードがある。学生をフォースアーマーで再起不能になるほど叩きのめす事件があるのだ。現代倫理からは離れているが、ここでは教師が生徒を足腰立たなくなるまで鞭を打つこともある。


 鞭の代わりにフォースアーマーだ。


 立っていたのはテミストスだけではないようだ。大柄な、スポーツ選手だったような鍛えられたテミストスの影に隠れて、とても小さな……女の子ぽいのがいる。


「あぁ、こっちの紹介が遅れていたね。姪みたいなものなヴィシュタだ。世界で1番の美女だからと手を出すなよ」


「出しませんよ、テミストス先生」


 ヴィシュタ、と、テミストス先生が紹介したちんちくりんが会釈する。会釈だけだ。恥ずかしがり屋なのか──


「間抜けそうな顔ね。やれるの?」


──まあ猫だと思えばどんなクソガキもまた可愛いだろ。そういうものだ。


 今、気がついたんだが意外と僕の気は短いかもしれない。瞬間湯沸かしで青筋が浮かぶのがわかっちゃったのだ。


 冷静を取り戻す為に黙る。


 表情に出さないよう力を抜く。


 悪口が出ないよう、意識する。


「こういうのだが気にしないでくれ、ヘイディアスくん」と、テニストス先生の拳骨が、クソガキの脳天に落ちた。


 土鍋を殴ったみたいな音だ。


「ヘイディアスくんにお願いが、ね?」


 なんだろう。


 テミストス先生が気持ち悪い。


 そういえばヴィシュタは、ドォレム工学関連を受講していた筈だ。ドォレムてのは黒曜石を魔法で動かす道具全般のことだ。魔法の世界ではエアツールから自動車まで全部ドォレムだ。


 思い出してきた。


 稀代の天才とか言われていたな。


 嫌いだからよくは知らないけど。


「一緒にドォレムを開発しないかい?」



 星晶工房は喧騒というのは生温いほどの悲鳴的な轟音の響きで満ちる。巨大な水力ハンマーや、黒曜石と魔法で動く機械ドォレムがひっきりなしに大きな音をたてているからだ。


 工房の職人の声はデカい。


 音で声が届かないからだ。


 で、僕が工房で最初に研究する仕事は新しいフォースアーマーだ。正確には大魔獣に対抗できるフォースアーマーだ。


 魔力が低くとも動かせる。


 そんなメカの元を探している。


 前提として、フォースアーマーの黒曜石は硬い。黒曜石が変形するのに必要な魔力が高いと、硬いと表現する。逆に必要な魔力が低い、小型な道具などは柔らかいと表現する。


 数少ない学園での基礎勉強の知識だ。


 黒曜石には性質がある。


 大型大出力ほど硬くなる。


 小型低出力ほど柔らかくなる。


 大型フォースアーマーが最強だが、その分厚く硬い黒曜石を動かす為には人外な魔力を要求されてしまうわけだ。だからフォースアーマーは鎧的なもの、パワードスーツサイズで止まり、巨大人型兵器のロボットはいない。


 1人の魔力を超えてしまうからだ。


 なお、僕の魔力は低い。


 通常フォースアーマーも動かないほど低出力なので実体として魔力がゼロなのと同じだ。


 大魔獣クラーケン戦では魔力が無いせいで何もできなかった。僕でも動かせるフォースアーマーがいる。そして大魔獣クラスに対抗するにはより大型化することは絶対条件だ。


 ということで、小型低出力だが柔らかい黒曜石をフォースアーマーとして動かすにはどうするべきか?という実験を山のように繰り返している。


 手始めだ。


 実験に使っているのは産廃されたフォースアーマーだ。先の大魔獣との戦いで大破した廃棄品でもある。四肢をもがれて哀れな姿ではあるが、新しいフォースアーマー実験の為に、4種類の実験を同時にこなしてもらっている。ちなみに背中には名前も書かれている。


 廃棄した手足だらけだな。


 今は失敗しかしていない。


 失敗パターンは決まってる。


 動かないのだ。


 従来フォースアーマーは単純な黒曜石削り出しで、ただの石の塊を魔力で曲げて関節にしている。シンプルな構造だ。ただ黒曜石に通る魔力が抵抗を受けすぎること、単体として硬くあるものを捻じ曲げる無茶のせいで動かす条件が跳ね上がっている。


 フォースアーマーを単純に大型化できるだけの出力をどうやったら出せるのかの実験では、部分的に、特注した大型部品と置換して動かしている。


 結果は、動かない。


 分厚い高出力の黒曜石の粘度は、1個人が動かす限界を簡単に超えていることがわかった。


 そこで幾つか解決策を出した。


 1.1人がダメなら2人以上使う。


 2.1人が動かせる黒曜石の粘度を維持したものを複数束ねる。


 3.フォースアーマーをフルプレート型ではなく部位ないし機能を限定して1人の魔力を集中して使う。


 3パターンを同時進行で進めた。


 その実験には僕は関われない──魔力が低いからだ──ので、テミストスの姪ヴィシュタが手伝ってくれた。テミストスも時々手伝ってくれる。


 聖工房には工匠がいる。


 だが彼らは使えない。


 僕がナメられているからだ。


 それでも僕がやらなければ。


「フォースアーマーを作るんじゃないのかしら?」とヴィシュタが試作品でこしらえたフォースフィストをつけたまま言う。


 フォースフィストは、フォースアーマーで限界値と同じ値の黒曜石を腕に、正確には肩を含めた上半身を覆うアームユニットだ。


 同じコンセプトにフォースレッグがある。


 ヴィシュタは意味のわからない実験にうんざりしているようだ。だが、僕には貴重な記録だった。全身でなければ、少なくともフォースアーマーの腕の数倍のサイズでも、1人分の魔力がよく通り『動かせる』ことが追試でわかった。問題は重量で、吊り上げていなければ人間は支えられない。


 下半身など全身を揃えれば、今度は根っこの魔力出力の限界でまったく動かなくなる。フォースアーマーに限らずドォレムなど黒曜石と魔法の仕組みは、部分的に魔力を流せない、繋がった黒曜石全体と肉体で均等に魔法の圧力がかかり、総質量と魔力のバランスだと言うことは判明した。


 とはいえ全部基礎で学んだ通りだ。


 真新しい発見というわけでは無い。


「う〜ん……」


 細々と数字は変更しているが変化なし。


 原因はまったくもって不明のままだな。


 他の工房や職人の協力を求めたが、そもそも好意的に迎えてくれる職人はいない。それでもたまに希少種に出会うが、解決には程遠いというのが現状だ。


 研究は最初の1歩からつまづいた。


 ネックは、大型化、大質量化しても1個として扱われるフォースアーマーに、個人をどうやって部位ごとに接続するか?だ。手っ取り早い話は人間を増やすことで、思いの外上手くいっている。


 ただ、魔力の発生源が増えたと同時に頭も増えるわけで……フォースアーマーを2人で動かすには向いていないことがわかった。


 例えば、僕とヴィシュタが2人で操作するフォースアーマーは、僕とヴィシュタの魔法力の合算とはいかない。左右の手あるいは足を別々に動かすことしかできない。


 これが直列電池みたいに倍の魔法力になってくれれば嬉しいのだが上手くいかないものだ。


 大型フォースアーマーが生まれない筈だ。


「ヴィシュタさん、今日もありがとう」


「……ふん」


 レポートを鞄いっぱい抱えて聖工房を出る。工匠の仕事が嫌がらせみたいに響いているせいだ。


 図書館に行く。


 カーリア王国の誇る大図書館『世界樹の館』だ。貴重な本などが並んでいて国王カーリアとリアー姫の口添えで多大なで活用させてもらっている。

 

「全然わからん」


 図書館で調べ物。


 報告書と睨めっこ。


 解決策が全然わからん。


 魔力を増幅する仕組みがあれば良いのだが、増幅回路を作る為のいくつかの試作品も試してはいるが、思ったような効果はない。


 図書館の資料を貸し出しできる特例を使い、司書に犯罪者を見る目で睨まれながら家に帰ってきた。


 小さな屋敷だ。


 一族が王都に持つ見栄の為の家だ。メイドなどはいない。埃が溜まれば僕が掃除していた。手が足りてないけど。


 吸い込まれるように私室に入る。


「……うーん……」


 窓を見ていた。


 鉛のフレームに丸い透明硝子だ。


 硝子は、下面が僅かに分厚く、上面が僅かに薄い。硝子の性質として個体ではなくゆっくりと流れることがあるせいだ。中の構造が固体は規則正しいが、液体は不規則。硝子は不規則なので液体、すっごく粘り気があるような液体が硝子なのだ。


 黒曜石のランプが揺らぐ。


 何を頑張ってるんだ、俺?


 椅子の背もたれに体を投げた。


 クラーケンを討伐したいのか?


 あのクラーケンはもう倒れた。


「やめようかな」


 僕の半端な覚悟で椅子が軋んだ。


 形にならない無力さが重かった。


 そんな時だ。


 ドアがノックされた。


 ほぼ無かった経験の訪問に、驚いて椅子から落ちる。いてぇ。思いっきり尻打っちゃったよ。


 誰だ?


「ヴィシュタだ」


 と、ドア越しに名乗られた。


 テミストス先生とこのチビ!


 屋敷には盗むものもない。


 ヴィシュタには自由に出入りしてもらっている。ちょっと不用心だろうか? まあいい。


「どうぞ。……どうした、ヴィシュタ」

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