第2話「親エパルタ政権」

 王都クシュネシワル。


 その攻防からまだ復興途中であるが、市民らは精力的に以前の生活を取り戻そうと活気があふれている。


 カーリア兵と市民の歓声で進む馬車。


 カーリア王が討たれてからは、唯一の、親エパルタの王族がふたたび王都に戻ってきたと言うことで歓迎されている。


「意外だな」


 と、リアー姫がこぼすのを聞く。


「みなエパルタに寝返ったと?」


 僕は意地悪な問いを投げてみた。


「そうじゃない」


 ダインスレイフからリアー姫を見る。


 王家の縁者が乗るにはすっかり壊れた馬車から、リアー姫が王都の風景に思いをはせている。


 リアー姫は、あまり王都にいないからね。


 もしかしたら思うものがあるのかも?


 バトルジャック同士で激しく攻防が繰り返され、空からの奇襲や破城兵器を撃ち込まれた王都の多くは、瓦礫が転がっている。


 市民はその中を忙しなくかけている。


「見慣れぬラーミアを従えているな」


 と、リアー姫から質問をもらった。


 ラーミア・ジーパス。


 ラーミア・テクノ。


 改造ラーミアのことだろう。


「えぇ。エパルタのエカトンケイルから技術を転用して、エカトンケイルの脚を移植したラーミア・ジーパス、強引に双子心臓をエカトンケイルのオブシディアンサーキットで制御したラーミア・テクノです」


「なん……? 専門家の語りはわからぬ」


「脚か胸に心臓が二つのラーミアですね」


「……なるほど? ヘイディアスの作か」


「よくわかりましたね、リアー姫」


「エパルタ侵攻から僅かな期間で、そうそう間に合う工匠はおるまい。その点、カーリアの天才ハゲならば別だろうがな」


「ハゲじゃないです──」


「──石頭ヘイディアス、聞きしに勝るな」


「時間と資材があれば色々やれるという自己認識はあります。今は、エパルタ・カーリア駐屯軍に協力していますけど」


 リアー姫がため息する。


「テミストス将軍の、か」


「テミストス将軍、本国にも無断で全権を行使しているとかでかなり小突かれている様子ですよ。だから今回の『お迎え』にはテミストスのウーラノース自ら出てますし」


「道理でな」



「さてリアー姫、あらため、リアー執政官」


 と、テミストスが言う。


 八本柱の評議会だが、議員はおらず、参加している王族はリアー姫だけだ。円形のホールは喧騒もなく物悲しい。


 議員は全員、カーリア国を脱出した。


 あるいは王都攻防で死んでしまった。


 他国の間者だったり実質の害だったりを含めて良くも悪くもすっきりしすぎてしまっている。


 後釜にエパルタから政治の人間が送り込まれるかと思えば、実権としてテミストス将軍も執政官として座るだけだ。


 だからテミストス将軍を説得した。


 僕の工房──監獄じゃないぞ──も売り込んで、分解しているカーリアの政治を集めなおし親エパルタ政権の新カーリアを提案して呑ませた。


 ひとまずカーリアの滅亡は無くなった。


「命を助けた感謝をくれてもよいが──」


 と、テミストスは一言一句重く話す。


「現状の確認からはいろう、リアー姫」


 テミストス将軍は腰を落ち着けることもなく、立ったままで僕に目配せする。


「大いなる協力者ヘイディアスくん頼む」


「ハゲ、教えて」


「リアー姫ハゲはやめてくださいハゲは」


 本当に髪を剃っているだけだ。


……カツラでも探そうかな……。


 僕は髪をさすりながら説明する。


「現在エパルタ軍は、王都クシュネシワルに展開していますが駐屯している兵力は少ないです。これは神聖同盟軍が、カーリアの滅亡後もデカン大城塞を拠点に、エパルタ軍主力を足止めしているからです」


「意外とやるのだな神聖同盟は」


「はい。エパルタ側からの道より、神聖同盟諸邦の結節点をえて太い補給線がありますから攻略は予想よりも手間取っていて、ようは、王都は孤立しているわけですね」


「テミストス将軍たちはどうやって?」


「滑空型バトルジャック、へリュトンが城壁を超えたのです。空からですね」


「へリュトンとやらはそうなのだろうが、王都の主要道路にはエカトンケイルとやらもいたぞ。あれも空を飛ぶのか?」


「良い着眼点です。エカトンケイルは飛べません。軽量化したエカトンケイルを、ハーピュイアという巨大な翼付きの箱に詰めて、へリュトンが引っ張ってきたんです」


「……へリュトンにはそれほどの力が?」


「全然足りないので山に発射台を作り、打ち上げです。ハーピュイアはそれでも足りないので崖から落として浮くんです」


「ハゲ、詳しすぎるぞ」


「リアー姫が来るまでに勉強しました」


「ハゲが勉強と言うと気持ちが悪いな」


「ははは……勘弁してください」


 三十路の独身女、幼馴染で姫じゃなかったらしばいてるところだよ。ハゲと違うからね。


「エカトンケイルはラーミアを圧倒したと聞くが、それで“旧同盟”のバトルジャックに苦戦をするとは不思議な話であるな」


「はい。王都近辺に浸透してきた神聖同盟のバトルジャックは簡単に排除できます。問題なのは、数です。エパルタの主力はデカンより先にいて、王都には少数。エパルタの総大将は王都で孤立という状況です」


「旧カーリアを纏めて味方にしたいわけだ」


「ですから命懸けでリアー姫をお助けしたわけですよ。大変でした」


「蹴散らしていたがな」


「他の王族のかたも保護されてますよ。カーリア以外で、みんなが我こそは新カーリアの正統な後継者だと触れてまわっています」


「あの愚か者どもが……ッ!!」


「まあエパルタが守りを固めているうちは状況は五分、膠着状態です。神聖同盟もエパルタ主力を食い止めるのに必死です」


 ただ、と、僕は付け足した。


「神聖同盟の諸都市は、デカンに派遣した旧式の二流部隊ではなく母都市から最新の精鋭部隊を動かすという情報があります」


「それまでに余がカーリア残党を纏めて、侵略国家エパルタの傀儡としてかつての盟邦を滅ぼせというわけか」


「そういうことです!」


 僕は明るく言った。


 リアー姫は呆れている。


 テミストスは楽しげだ。


「リアー姫には王騎でもって各地を転戦し、旗色に迷う旧カーリア軍の将兵を一刻も早く掌握して国内で略奪を繰り返す旧同盟を駆逐してほしいわけですね」


「で、ハゲはなんで協力しておるのだ?」


「思うがままに生きられるからです。バトルジャックに触れて、今日からは罪人ではなくただの愛好家として関わっていきたいからです」


「呆れた。国の存亡でなく趣味じゃない」


 リアー姫がジト目で睨む。


 だがドォレムは好きだ!!


 テミストスが割って入ってきた。


「現在、エパルタ・カーリア合従軍は、神聖同盟軍に対して不利だ。エカトンケイルの性能差でもってかろうじて保っているが長くは保たない。リアー姫に助けを求めている」


「侵略者が恥知らずもよいことを!」


「まあまあリアー姫、おさえて!!」


 僕はリアー姫の激昂をおさえる。


「どきなさいハゲ!!」


「ハゲではなく剃っているのです」


 テミストスは話を続ける。


「さらに言えば我々のエカトンケイルは高性能を要求したがゆえに、連戦と過酷な環境で充分な能力を発揮できないでいる。遠からず破綻することも否定できん」


「侵略者を失えばカーリアは本当にその領土さえも残らず失うと。カーリアの保証は!?」


「旧カーリアのようにとはいかないが、かなり譲歩して、自治都市として充分な権利を残す。エパルタへの支援やら優遇はあるが」


「当然ね。でもカーリアの存続を優先する。義務、正義のために国を失わせたくはない」


 リアー姫はキッパリしていた。


「エカトンケイルの性能を可能な限り維持して、王都に残った工匠でも整備可能なよう改修するのは僕に任せて」


「ハゲ、あんたエパルタに協力的すぎ」


 ぽかり、王族らしからぬ清楚な小突きを受けたが、そりゃそうだ、僕はドォレムが大好きだからね──ロボだ。


 ラーミアを改修した実績がある。


 それなりにともいかないが短期間で、エカトンケイルの技術をラーミアに移植して、必要なとき、必要なものを一定は揃えた。


 今回はもっと時間がある。


 何よりエカトンケイルが味方だ。


 さて、腕がなるな、久しぶりだ。


「旧同盟がカーリア領土を荒らしているのは気に入らない。カーリアが生き残るのに必要なら、侵略者であるエパルタ人にも協力する」


 リアー姫が力強く言う。


 僕は笑顔を漏らしてしまう。


 エパルタ売国仲間ができた。


 カーリアを生かす。


 僕はドォレムを渡す。


 お互い大利益だよね。


「何よ、ハゲ」


「いえ。ちょっと融通してほしいものが」

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