第2話「凱旋と無能」

 周辺各国の騎士団が集結した大魔獣クラーケンへの討伐作戦は甚大な犠牲を払いながらも英雄達が果たした。


 俺はそれを成した唯一の生存者。


 と、そう言うことになっていた。


 カーリア王国。王都クシュネシワルの城門が開くのをぼんやり見上げる。人の着るフォースアーマーよりも遥かに大きな大門だ。騎士団の帰還を待っていた市民や兵士が花を投げる。


 花弁が鮮やかに風へ舞った。


 花弁が僕の肩へのっていた。


 凱旋だ。


 少し前から騎士団が身なりと隊列を整えた小綺麗な姿のまま大門をくぐり王都の中央通りをフォースアーマーが行進する。それに引かれた台車に俺とリアー姫がいる。


 俺は無事を伝えんとするリアー姫の背中を支えている。彼女は手を振ることもできないほど疲弊していた。


「騎士ヘイディアス、頼みます」


 俺がリアー姫の手を振らせた。


 バレバレだろと呆れるよりも、怪我をしているリアー姫が壊れてしまうのではないかという不安が勝る。


 王都は喝采を浴びせた。


 戦争に勝利したみたいな熱狂だ。


 この世界では同じ事なのだろう。


 前世と現世の記憶が混じりあっている。どっちが現実だったかわからなくなるが、大魔獣の襲来は戦争そのものだった……気がする。名誉も死も。


 俺達の後ろで、王都の住民らの悲鳴や驚き、どよめきがあがる。フォースアーマーよりも巨大な眼球、フォースアーマーの頭から股まで1噛みで両断できるカラストンビと口周りの強大な筋肉の球、並みの砦などその10本の触手で覆い尽くして余りある巨大な体はカラカラに乾いて褪せた青い血で染まっている。


 大魔獣クラーケンの遺骸だ。


 凱旋を迎える声の全てが遠くから響く。


 喜びと勝利の歓声はまだ、途切れ無い。


 俺は……異世界に転生した。


 知らない世界に生きていた。


 魂は本当に変わらないのだろうか?


 前世と同じ心を感じている気がする。


 死ぬのは怖くなかったヘイディアスは……どこにいったんだ。僕は今、怖くて仕方がないぞ。


 リアー姫の手を握る。少し落ち着いた。


 人が死んで、そして、あの大魔獣だ。憎むべき大魔獣クラーケンでさえその3つの心臓が止まり死んだと考えると喜びよりも悲しみが広がった。


 そう、それが僕なのだ。


 転生して新しい体に、僕の魂が入って、俺は変わったのではないだろうか? でなければ何故、僕は、こんなにも悲しいのに歓声を浴びて誇りと満足感があるのだろうか?


 やめよう。


 転生した。


 巨大人型兵器がいた。


 ちょっと小さいけれど。


 僕が夢見た本物がいる。


 そう考えよう、それだけを……。


「ヘイディアス」


 リアー姫が苦しそうに言う。


 我が学友が何かを言おうとしている。内出血が酷いということで、血が溜まっていたのを抜くため、乙女の柔肌は頭を含めてあちこちを裂かれていた。今は包帯だらけだ。


……僕が適切に処置できなかったせいか。


「はい、リアー姫」


 リアー姫は伝えようとしてくれている。地獄を生き残ってくれた彼女だが、僕には、何を言っているのかよく聞こえなかった。彼女はそのまま、また意識を失ってしまった。大丈夫、死なせてたまるか、ここまできて。


 僕はリアー姫の手を握り、彼女が生きている血潮を感じることで、震えていた体を鎮めた。


 暫くしての後日──。


 叙勲式が執り行われた。


 多くの棺とならんでだ。


 大英雄として注目されていた。


 やめてくれ、僕は、違うんだ。


 俺の左右と後ろには、出来るだけ集められた、クラーケン討伐に散ったフォースアーマーと、その騎士や従士だったものが棺に詰められている。


 フォースアーマーの戦いで死ぬのは悲惨だ。肉片になり、死者と顔合わせなどできない。俺も彼女らを拾った。


 学校での記憶が、名前を思い出せた。


 みんな知り合いだったんだ。


 生者よりも死者が多い叙勲式。


 滑稽だ、とは思わないが……。


 そう思うには記憶を抱えすぎている。


 100年内では記録にない強大な大魔獣クラーケンの襲来、それを打ち破った騎士団、そして生き残った、たった2人の『フォースアーマーの乗り手』のうち1人は、半死半生の姫を助けて守りきった、というストーリーだ。


 人外と言って良い強者である騎士達が名誉を、誉めて讃えた。吟遊詩人が歌を作り、壁に名を刻まれ、何代にも渡り名を残す英雄の一角となるだろうと。


 大魔獣クラーケンとは、そうなのだ。


 英雄が笑える、今も俺は震えている。


「ヘイディアス・ルナバルカ」


 僕の名が呼ばれた。


 ヘイディアス。


 それが、僕だ。


 ハッと頭をあげた。


 カーリア王国の支配者カーリアだ。


 リアー姫の父親……だと思う……。


 カーリア王が重々しい王の衣を纏い、静かに僕を観察する。今まで会ったことなどあるわけがない。遠目に見るのは別だが……カーリア王を僕を見ることなど、ありえなかった。


 カーリア王は近くに寄ることを許可した。だが僕は震える体で動けない。またか。クラーケンとの戦いから、時折、動けなくなる。動けば死ぬ、油断すれば目を離せば……。


「ヘイディアス」


 と、リアー姫が、僕の手を握る。


 出席していたリアー姫は回復に向かっている。生々しい傷痕は深く残っているが。黒すぎる黒い影の肌は変わらない。


 リアー姫の黒すぎる手はグローブを嵌めていた。それが僕の手を引く。リアー姫の月色の瞳が見つめてくる。僕の震えは、彼女の血潮を感じている間、止まっていた。


 リアー姫に導かれて歩き。


 カーリア王は言った。


「褒美には何を望む?」


 褒美だって?


 僕は握っているリアー姫の手をキュッと握る。俺は何もしていない。転生したというショックもまだ立ち直っていない。混乱のまま今日だ。


 まだ……まだこの世界に馴染めない。

 

 だが、それでも大魔獣を忘れられない。


 恐怖だけではない、無力の自分への怒り。嵐よりも激しく、火山よりも熱く、恐怖をかさぶたに、その下でにえたぎっていた。


 大魔獣クラーケン、あるいはそういう輩への報復だ。だが僕の心も体も弱い。フォースアーマーでは足りない。前世の巨大ロボットみたいなものが……。


「陛下」


 僕は、リアー姫の手を不相応に握る。



「工房が欲しい、か」

 

「陛下。戯れがすぎますぞ」


「戯れではないとも。ヘイディアスには工房を与える。直営聖工房の1つをな」


「陛下」


「ヘルテウス……」


 陛下は怪訝する。


 それでも俺は言う。


「戯れが過ぎます。姫殿下のお命をお助けした大義は認める所存ではあります。しかし、やりすぎです」


「聖工房は空いているではないか」


「不祥事があり一時的に解散しているだけです。フォースアーマーの独占権を新しく与えることになるのですぞ」


「ヘイディアスには渡して良いと考えている。あれの学園での成績を調べた。無能であるから基礎を徹底して学んでいる。それに強い動悸も。外れるようならリアーが修正できる」


「しかし……」


「まだ言わせるか、ヘルテウス。ならば聞かせてやろう。リアーが首輪をつけたヘイディアスに聖工房を預けることで、工房職人の独占を崩し、王家の息を吹き込む為の方策である。これで満足か?」


「フォースアーマーは国家最大の機密。それをただ明け渡してカーリアは弱くなりますぞ。あのようなただの子供が新しいフォースアーマーを作り上げるなど、できる筈がありません」


「王立技術工廠の長としての苦言か、ヘルテウス。それともヘイディアスと名前が似ているからか」


「国王陛下!」


「既に決めている。王に二言を言わせてくれるな、我が友よ」と、カーリア王は話を切り上げた。

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