第1話「亡国の姫と賊」
「姫様、小休止に入りましょう」
近習の騎士が乗るラーミアから声。
揺れていた竜車が止まり、縦列隊形であったドォレムらが丸の字の全周警戒に変わる。
それは何度も見てきた小休止の動きだ。
余はいつもこう言う。
「任せる」
カーリアの正当な継承者が死亡し、王も消えた今では、余の言える言葉は多くはない。
「エパルタ人どもの捜索はかわせています」
と、側仕えの女が言う。
側仕えと言っても、給仕や掃除をするとは思えない格好だ。胸の大きな胸甲をぶら下げ、長剣を杖のように掛けて襲撃に備えている。
王都クシュネシワル陥落。
カーリア王国内は大混乱だ。
国の中枢と国王を失った。
混乱に乗じて、王位継承権の無い兄弟姉妹がエパルタに売り込んで次期国王をもくろんだり、その背後には空中分解した神聖同盟の諸都市の影もチラつく。
今やカーリアは、友邦と親族に食い荒らされようとしている。他ならぬエパルタが、正統なカーリアを発掘して回復させようと奮闘していると言うのだから皮肉だ。
「リアー姫」
近習が、言葉の少ない余を心配する。
「あんずるな。エパルタの呼びかけだし弱味を見せられない。今のカーリアには強い王族が必要だ」
カーリアの復興は侵略者の下でこなす。
並大抵の苦労ではなかろう……。
激しい反発と憎悪が向けられる。
エパルタは余を緩衝材にする気だ。
だがカーリアの為には必要である。
「馬上より失礼。斥候が消えました」
「敵か?」
「仔細不明。しかしすぐに移動を」
「承知した」
エパルタ正規軍ではない。
実に残念なことではある。
野盗か、カーリア正規軍の残党。
そして両者は大差がないものだ。
いや……旧神聖同盟の略奪隊か?
何にせよ、野蛮な輩が待ち伏せている。
膝を立てていたラーミアは立ち上がる。
鈍い音が轟いた。
黒曜石の塊がぶつかる、肌に響く音だ。
近習のラーミアが、黒曜石の鋭利な破片を撒き散らしながらゆっくりと倒れてゆく。
その胸には大穴が開いていた。
「敵襲!」
ラーミアが一斉に動き始める。
地を揺らす激しい足音が響く。
だが射手の位置はまるでわからない。
適当な見込みで、ラーミア達は牽制のボルトを撃ち続けた。そしてラーミアの半部は盾を構えて竜車を守護するよう壁となる。
「竜車、出します!」
御者が竜を走らせる。
荒っぽい運転に竜車は跳ねた。
「逃げきれそうか?」
余は冷静さを作って御者に訊く。
竜車のなびく幌から、ラーミアの大盾に人間よりずっと巨大なボルト、黒曜石の塊が跳ね返される音を聞いた。
昔、父上とドォレム工房の査察に行ったときに聞いた、巨大ハンマーよりも恐ろしい音がひびいていた。
心臓がバクバクと暴れているのを感じる。
「このまま何もなければ、なんとか!」
竜車が跳ね上がった。
奇妙な浮遊感、全てが浮いている。
竜車がずっと地面についていない。
激しい衝撃が余を襲う。
数拍の間、意識が無かった。
壊れた竜車から這って出た。
何が……。
「馬車の中の者! 外に出なさい」
「おやおや、小鼠様がいらっしゃる」
余の前に巨人がそびえている。
カーリアのラーミアではない。
近習達は!?
盾を持ったラーミアは!?
戦の音を響かせていた。
プレスランスの圧縮空気が気の抜けた音を鳴らし、ボルトの激しい風切りの直後、木々を圧し折る。
よく見れば倒れた木がおかしい。
街路を塞ぎ、ラーミアにのしかかるよう何十本も同時に倒れるなどありえん。
……罠か!
身動きのとれないラーミアは捨て置かれ、手足を引き千切ってでも脱出したラーミアらは、賊どものドォレムになぶられていた。
「おやめなさい、余がリアーである」
体が痛む。
服の下にチが流れる嫌な感覚がある。
しかし、王族の仮面の下に押しこむ。
「そちらが何者かは知らない。しかしこの隊列でもっとも価値あるものは余を置いて他にはいない」
バトルジャック・ドォレムか。
圧倒。
圧倒的に──大きい。
黒曜石の目が光った。
余を見下ろす巨人だ。
「これはこれはリアー妃殿下でございましたか。ご尊顔を拝謁しまこと恐悦至極」
「世辞は良い。余をどうするつもりか」
「…………貴女は数少ないカーリアの王権継承候補。その血を望まれる方々には値打ちは天井知らず。大人しく従っていただけるなら、無体な扱いはせぬと約束いたしましょう」
「どこぞの支配者に売るわけか」
賊のバトルジャックを見る。
カーリアを苦しめた、エパルタのエカトンケイルとかいうドォレムではない。
もっと古いバトルジャックか。
昔……絵図で見た記憶がある?
メガロ国のラズボンだったか。
馬代わりにしかならないという話は大嘘というわけだな。乗り手が半身を剥き出しにし、貧弱な二本腕に、逆関節の短足。
ラーミアと比較すれば小型のラズボンだが、数でかかればラーミアにも勝てるらしい。
バトルジャックはバトルジャック。
歴戦の歩行騎士では勝ち目はない。
賊らしい卑しさだ。
おそらく生身の人間をなぶってきている。
くッ……こんな賊どもに余の身柄を……。
「?」
賊が乗るラズボン。
賊はボロボロの歯を見せ微笑む。
下卑た笑いに粘ついた唾液まで。
その不愉快の背後に巨人が立つ。
ラズボンよりもラーミアより高い。
頭からローブを纏うドォレムは、巨体からは想像できない静かさでたたずむ。
亡霊……。
揺れるローブの隙間から見えるオブシディアンフレームは、伝承のスケルトンじみた異様な細身である。
余の肌で逆立つものが走る。
「お嬢ちゃんびびっちまってるな?」
下卑た笑いが広がる。
賊どもは気がついていない。
笑っていた賊のドォレムが……ラーミアを牽制していたラズボンが、次の瞬間、一瞬で砕ける。
森の魔物に攫われたように一瞬で消えた。
「ははは……は?」
余と話していた賊が、おかしな雰囲気に気がつく。だが、既に、頭上には大剣の剣先がある。
亡霊じみたドォレムは振り下ろした。
鈍い剣先は賊の頭を押し潰し、ラズボンを貫通して、叩き伏せ、地面と縫い合わせる。
血肉と潤滑黒曜石が染みを広げていた。
ラーミアもラズボンも、止まっていた。
まったく未知のドォレムの乱入だ。
それは少なくとも賊の敵であった。
賊のラズボンは、貧相な腕が持つ小型プレスダガーを乱射しながら亡霊に挑みかかる。
近習のラーミアでさえ数で倒す賊だ。
たかが一騎など恐れないのであろう。
「羽虫にしては勇敢だぞ!」
亡霊ドォレムが楽しげに言う。
大剣を振りかざし、はためにはもたつくように上半身を揺らしながら、大剣を肩に担いだ。
亡霊ドォレムは腰を落とし、獲物に群がる賊のラズボンを黒曜石の六つの目におさめる。
大剣を振るうまでもなかった。
亡霊ドォレムは這いまわる小虫をいたぶるがごとく、ラズボンを文字通り蹴散らした。亡霊の足に蹴られたラズボンは、剥き出しの人体が弾け飛び肉へを散らすか、ラズボンごと粉々にされた。
ラズボンのプレステダガーなど役にたたない。ほとんど対人用の軽量ボルトは亡霊の装甲を傷つけるのが精一杯だが、それは良く言っても蟻の牙ほども刺さらない。
亡霊は楽しむようにラズボンを踏み潰す。
「た、助けてくれ!」
無慈悲に亡霊の足がラズボンを踏む。
亡霊が暴れる突風と振動に煽られる。
だが、余は目を離せなかった。
混乱に乗じて近習のラーミア達も、賊に対して反撃を始めている。
「姫様の安全が最優先だ」
「道を作れ、盾であれい」
ラーミアが対人対ドォレム兼用の大鎌を振るう。長く、緩やかな弧を描く鎌は地面すれすれを水平に薙ぎ飛ばす。
その線上にいたラズボンは串刺しになるか、貧弱な脚部を砕かれ倒れた。
「台無しにしやがってテメェら皆殺しだ」
賊の頭らしきバトルジャックが出る。
隠れていた臆病者はラズボンではない。
ラーミアよりも巨大なバトルジャック。
「ほぉ。テュポメスか。少しは面白くなってきたな」と、亡霊ドォレムが大剣の腕を微かに軋ませる。
振るう気か!
「貴様……エウロパのウーラノースだな。侵略者の将軍が単騎でノコノコと何をしている」
テュポメスと言われバトルジャックが黒曜槌を振るう。長く、分厚く、重い塊が振るわれる。
それを亡霊ドォレム……いや、ウーラノースが軽業のように……異常な技術で跳ねさせ僅かな揺れも許さず縫い付けたように着地する。
なんなのだこのドォレムは。
異常すぎる。
「……少し面倒らしい」
テュポメスは強く警戒する。
テュポメスの賊は、単なる愚かな賊ではなく間違いなく手練れの動きだ。
「一対一ならな」
突如──。
ウーラノースの背後から!
別のテュポメスが現れる!
もう一機いたのか。
ウーラノースは冷静に大剣を逆手に持ち替え、背後より迫るテュポメスを見もせずにこれの胸部を一撃で貫く。
挟撃のつもりだったろう。
賊の頭であるテュポメスはウーラノースに走っていたが、もはや自殺と変わらない。
ウーラノースは大剣を逆さのまま引き抜き、柄でテュポメスを弾く。流石にこれでテュポメスの装甲も貫通はしない。
しかし衝撃されたテュポメスの頭上。
大剣の、十字になるよう前屈みの斜めに伸びた鍔の一端が叩きつけられる。
壮絶な黒曜石の絶叫が響いた。
テュポメスの頭部が操演者諸共潰れた。
テュポメスはゆっくりと背から倒れる。
だがその間際、テュポメスから何かが打ち上げられ──森の木々の天蓋を抜けながら甲高い悲鳴のような音を長く出し続けながら空へ消えていく。
「面倒と楽しみが同時にくるな」
と、ウーラノースから聞こえてきた。
「近習のラーミアども。さっさと姫様を連れて王都へ走れ。連中はただの賊ではない。神聖同盟の残党がカーリアを簒奪する為に徒党を組んだ特殊部隊だ」
「なんだと!?」
余は思わず声をあげる。
想像はしていた。
神聖同盟の裏切りをだ。
だがまさか……信じられん。
余が動揺している時。
状況は余の想像を遥かに超えて動く。
森の至るところから野太いホルンの音色が響き渡っていた。カーリアの援軍というわけではない。
エパルタ軍でもないだろう。
そして賊というにはあまりに大規模。
森が動く。
四方から巨大な何かが近づいてくる。
姿を見せていないが、かなりの数だ。
「万が一にはリアー姫だけは通すぞ」
近習のラーミアが悲壮な覚悟を口にする。
だというのにウーラノースは軽薄だった。
「テュポメスが六機も。大盤振る舞いか!」
森からバトルジャックが現れた。
しかしそれは見えたのが六に過ぎない。
その数倍のテュポメスが潜んでいる。
テュポメスがプレスランスを向けた。
もはやこれまでか……。
余は覚悟を決めていた。
木漏れ日が影をつくる。
何かが空をよこぎった。
陽の光を遮り影が落ちる。
「……なんだ?」
雲にしては小さい。
鳥というには、巨大過ぎる。
風切りが聞こえ大きくなる。
空よりきたのはドォレムだ。
常軌を逸した大跳躍で木々の天蓋を突き破り、墜落してきたバカみたいなそれは両の手に片腕ずつで軽々と大剣を振り下ろす。
なまくら同然の大剣の鋭さが、怪力だけでテュポメスを四機の纏めて砕け散る黒曜石に変える。
それの墜落で土煙と暴風が起きた。
巻き上げられた土煙に視界を無くす。
「何が起きている!?」
テュポメスの操演者が叫ぶ。
酷い混乱の中にあるようだ。
余のすぐそばに巨大な足が落ちてきた。
「リアー姫に近づけるなよ! 迂闊に動くな、不動で、リアー姫を守れ!!」
これはラーミアからか?
土の入った目から涙が流れる。
見届けなければならない。
流しながらも目を開けた。
バトルジャック・ドォレムだ。
墜落してきた、それが、戦う。
だが……明らかに隔絶した違和感がある。
「これがまさか古代兵器ダインスレイフ?」
話では聞いたことがある。
発掘された古代ドォレム。
しかしどんな高明な騎士、どれほどの魔力を使える騎士でも動かせないでいたのがダインスレイフだ。
「そうか、乗っているのは……」
ダインスレイフが片手で大剣を、子供の練習用短剣みたく軽々と振り回す。
遠心の破壊的な勢いの大剣をテュポメスのかざした丸盾が阻む。
しかしそれは一瞬だ。
ダインスレイフの大剣はテュポメスの丸盾を粉々に砕き、胴体を両断し、勢いはなお余って大木を切り倒した。
「化け物め……」
大木が音をたてて倒れる。
テュポメスは白兵戦では絶対に勝てないと距離をとり、プレスランスを撃つ。
ダインスレイフが大剣の持ちかたを変えた。
風を切り裂くボルトが、後出しに投げられた二本の大剣で弾き飛ばされ、大剣はそれぞれテュポメスを大木に串刺しに縫い付けた。
◇
「リアー様ー!」
ダインスレイフから乗り手が顔を出す。
「クロニス……」
死んだ弟に一瞬見えた。
だがその男は禿げていた。
禿げはヘイディアスだわ。
「ヘイディアス!」
「お久しぶりです、リアー様!」
「ちょっと降りてきなさいヘイディアス! 聞きましたよ、死んだクロニスが生き返ってカーリアの王子として振る舞う恥知らず、いえ、禿げがいると!」
「これ禿げじゃなくて剃っているのです」
「この! 王家をおごる痴れ者めッ!」
私は絶対に届かない拳を振り上げる。
ヘイディアスは届かない拳から隠れた。
「カーリアの完全解体を防ぐための非常手段ですよ! ちょいと契約してしまいましてね! もちろん後継者にはすぐ禅譲しますとも!」
「当然です、このハゲ!」
「ハゲと違いますよ!!」
ウーラノースが酷くゆっくり笑う。
「談笑は歩きながらしよう、リアー姫、ヘイディアスくん。今はリアー姫を一刻も早く王都に迎えなければ」
エパルタ軍人が偉そうに言う。
ハゲはこの際仕方ないですが。
カーリアを滅ぼしたエパルタ軍に従う道理なんぞ微塵もあらぬわ!! 悪魔! 人殺し!
「リアー姫、歩きながら話しましょう。馬車は大丈夫そうですか? それと近習達に命令してくさい。僕の命令は効かないので?」
「ハゲ、なんと言えと?」
「ハゲじゃないです──道の続きです」
森からエパルタ軍のバトルジャックが現れる。噂のエカトンケイルか。それと見覚えのないラーミアが混じっている。
エパルタとカーリアの合掌軍というわけ。
「はぁ……」
そう、もうとっくに変えられているわけ。
余がやることは権威として利用される事。
看板は必要だものね。
それがカーリアよね。
「近習ども負傷者を纏めよ。大破したバトルジャックは放棄。王都への道を急ぐぞ!」
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