ラスト・スター・スナイパー

沙月Q

または最後のビーム

 おかしいと思ってはいた。

 人類の存亡をかけたこの計画に、なぜ俺のような犯罪者が加わっているのか……


 人類が母星を捨て外宇宙に散っていった「大離散」から数世紀。

 植民惑星のひとつ〈HE16〉では、長引く内戦と気候変動によって、惑星自体が限界を迎えていた。

 植民地政府は最も近い居住可能惑星〈F825〉への移住を決定。人類の安全な繁殖限界である500人の市民が選ばれ、亜高速宇宙船とコールドスリープによって80年の歳月をかけた航海に出発した。

 乗員の選抜には厳格な審査が適用され、知能面、健康面、社会性などの観点から秀でたものが選ばれた……はずだった。


 だが、俺は少なくとも社会性では落第生であると自信を持って言える。


 なぜなら、俺はスナイパー。

 平たくいえば殺し屋だ。

 

 親に捨てられ、世間にも冷たくあしらわれた俺の行き先は軍隊しかなかった。

 そこで鍛えられたビーム射撃の腕は超A級。

 内戦では数々の武勲をあげた。

 が、やがて上官に対する不服従を理由に除隊処分。 

 ビームライフル一丁で、政争からローカルなギャングのいざこざまでの、あらゆる「始末」を引き受け、そのスジではかなり知られた存在となった。

 ついに逮捕された時は極刑も覚悟したが、用意されていたのは刑場ではなく移民船の乗船資格だった。


「そして、今その理由が明らかになるわけだ」

 船内で俺の相談役……俺はお目付役と思っていたが……の司政官が言った。

「知っての通り、船は内紛と機械の故障で軌道を大きく外れてしまった。〈F825〉は目の前だが、住民を地表に降ろすための転送ビーム射程範囲ギリギリを通過することになる。これは自動照準装置の作動限界を超えている距離だ」

「そこで、手動照準を俺に任せようというわけか……」

「そうだ。引き受けてくれるか?」

「俺もプロだ。仕事なら当然報酬が要る。仕事の見返りはなんだ」

「この船の残りの資源、全てだ。食料。電力。生きていくために必要なものは約50年分残されている」

「そして、俺は惑星に降りられない……」

「それは仕方がない」

 俺は腕組みをすると、さらに司政官に質問した。

「もし断ったら?」

 司政官はホルスターから制式レイガンを抜いて俺に突きつけた。

「ビームの射程範囲を出た時点で君を射殺する。任務に失敗しても同様だ」

「わかった。引き受けよう。だが、移民どもの安全は保証しないぜ。奴らを宇宙の彼方に転送して俺の道連れにするかもしれんぞ?」

「君のことは、徹底的にプロファイリングした。その可能性は45%だ」

「結構な賭けじゃないか。で、あんたはどうなるんだ?」

「君が成功したら、残りの一生をかけて君の面倒を見る。私は医務士官でもあるから健康な生活は保証できる」

 俺は少々驚いて、口笛を吹いた。

「とんだ貧乏くじだな。なんでそんな役目をしょったんだ?」

「君をこの役目に選んだのは私だからだ。司政官としての責任だ」

「……」


 最後のビーム照射の時はすぐに訪れた。

 移民全員を転送パッドに乗せ、準備が完了すると俺は照準装置に取り組んだ。

 装置の操作は問題なかったが、照準そのものは困難を極めた。

 確かにこの仕事には、プロのスナイパーの腕が要る。

「最終安全ロック解除……転送装置エネルギー充填完了……ビーム照射!」

 500人の移民は、一瞬で惑星の温帯地域に位置する大陸に飛ばされた。

「やった!」

 傍らでスコープをのぞいていた司政官が声をあげた。

「成功だ。予定していた大陸の海岸付近にAクラス生命反応が500。計画はこれで完了だ」

 事務的な言葉と裏腹に、司政官の表情は歓喜に崩れ、滂沱の涙が頬を伝っていた。

「君に伝え忘れていたが、この仕事の報酬はもう一つある。このメダルだ」

 司政官は俺の首に、重い純金製のメダルをかけた。

「全市民からの感謝の印だ。君は人類の救世主になったのだ」

「ふん……」

 俺は鼻を鳴らしてメダルを弄んだ。

「それより、腹が減ったな。これから先はあんたが面倒見てくれるんだろ。飯の用意をしてくれよ」

「あ、ああ。わかった」

 司政官が背中を見せた瞬間、俺はメダルを振り上げると彼の頭を殴りつけた。

 狙い通り、司政官は昏倒した。

 俺は大急ぎで司政官の身体を転送室へ運び、パッドに乗せるとまた大急ぎでビーム制御室へ舞い戻った。

 危うく、船が射程外へと飛び去る直前、俺はなんとか司政官を移民と同じ大陸へ転送した。だがほんの少しだけ照準をずらして波打ち際に放り込んでやった。すぐに仲間に助け出されることだろう。

 見ると、司政官が残していったファイルに、俺についての資料が挟まっていた。

 徹底的なプロファイリングも、一つの事実を見逃していたらしい。


 俺は一人が好きなのだ。



*転送ビームの設定は「スター・トレック(宇宙大作戦)」を参考にしました。

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