世界創造物語・完⑦ スピカとシュウ
「シュウ。こっちよ。」
次々とコンクリートの様な塊が建物に落下し、それを崩壊させていく。そんな中シュウは、それを躱すよう逃げシン達のいる場所から離れる為、歩みを進めていた。
「良かった。母さん。無事だったんだ。」
シュウを呼んだのは、その母である進藤軟だった。軟と堅は、意識を失ったふりをしてその場をやり過ごし、金髪少女とシンが対話している隙をついて避難していたのであった。
「で、でも。ヨウが。ヨウがぁ。」
安堵したのも束の間。シュウは妹を失った悲しみを再度思い出し、父と母にその旨を伝えようと嗚咽交じりに言葉を発する。そんな、息子に母はそっと手をやり少年を抱きかかえる。そんな母から発せられた言葉は少年にとって意外な言葉だった。
「辛かったわよね。シュウ。でも、安心して。そういう運命だったのよ。あの子が一番分かってたんじゃないかしら。」
「どういうこと?」
そう少年は言い返すと、その母はそっと身体を離す。よく見ると母は、何処か寂しげな表情で涙をこらえている様子だった。
「ヨウはな、俺たちの娘であって、俺たちの娘じゃないんだ。」
そう口を開いたのは、父の方だった。父はどこか別の場所を向いていた。彼もまた、娘を失った悲しみに苛まれていたのである。
「お前も読んだことあるだろ?俺の書いた本。世界創造物語を。」
「うん。」
父の問いに、少年は短く答えた。父は、少年へと向き直り言葉を紡ぐ。
「あの本は、ヨウに頼まれて書いた本なんだよ。」
「えっでもあの本って。」
「ああ、初版はお前が生まれた数か月後に出版された。」
少年は、そのことを知っていた。だからこそ、ヨウに頼まれて書いたという父の言葉とつじつまが合わない。
「ヨウの魂はな、数千年前から生きていたんだよ。」
少年は、父の言葉に激しく動揺した。少年は不意に母の方に視線を映すが、母は動揺している様子無くただ頷くばかりだった。
「どうやって、生き延びてきたのか。なぜ、再び母さんの元から生まれてきたのかは分からん。事実だけ伝えると。ある日突然、同じ顔の人物が三人現れた。それが、現実かどうかはさっぱり分からんが。彼女達は俺にあの本を書くように伝えた。そして、書き終えた次の日母さんはヨウを身ごもった。」
余りにも、現実味のない話に少年は思考がままらなかった。なぜ、身ごもった少女にヨウと名付けたのかなんてどうでもいい疑問が浮かび上がったが敢えて聞くことはしなかった。
「まぁ、恐らくだが。シンとルナの異能を受け取った際に生じた副産物か何かだろう。それに文学作品においては、魂と葉を結び付ける表現もされているしな。例えば、葉影とか葉脈とかな。」
少年の理解が追い付かない。そもそもあの物語自体、現実にあった話だとは全く思えなかった。だが、今の状況。あの物語が真実だと解釈すれば辻褄が合わない事もない。
「危ない。」
唐突に、軟がそう叫んだ。見上げると、巨大なコンクリートの様な塊が三人の頭上へと落ちてくる。避難しようとするが間に合いそうに無い。とっさの判断んで三人は目を瞑り頭を抱えその場にしゃがみこんだ。数秒後、何の衝撃も来ない事に疑問を持った少年とその家族は目を開いた。そこには、蜂蜜色の髪を持った背の高い女性がいた。
「ふぅ。危なかったですぅ。ヨウさんのお友達らしき人を失うところでしたぁ。」
女は、間一髪のところで助けることが出来た三人の方を見て安堵の表情を浮かべ額の汗を拭う。軟と堅は立ち上がり、礼を述べた。
「助けて下さり、ありがとうございます。貴方は一体?」
その女の身長は、2mを優に超えていた。そして体内から放出されている金粉の様なオーラ。とてもこの世の人間とは思えなかった。
「私は、金星から参りました。スピカと申します。以後、お見知りおきを。」
スピカは、できるだけ礼儀よく自己紹介をし頭を下げる。それに、一番早く反応したのはシュウだった。
「キンセイ?」
「あなた、まさか。宇宙からの侵略者?」
そう激しい剣幕で問いただしたのは軟だった。その剣幕に、未だ座り込んでいるシュウは怯んでしまっている。
「落ち着け、母さん。この方は、今俺たちを助けて下さったんだ。」
堅のその言葉で、軟は一旦冷静さを取り戻した。だが、軟はこう告げた。
「だとしても、警戒はすべきだわ。」
そんな二人のやり取りに、見かねたスピカは口を開く。
「まぁまぁ。一旦落ち着いてくださいよぉ。私は、今のところ侵攻者ではありませんから安心してくださいよぉ。」
その口ぶりに信憑性など一つもなかった。今のところということは、侵攻者になりうる可能性がある様に捉えられる。だが、スピカの続きの話は彼らにとって意外なものだった。
「私は、宇宙に居たヨウさんに頼まれてここまでやって来たのですぅ。神々には無許可で。」
「「「えっ」」」
三人は口を揃えて驚いた。神々にはあったことは無いが、とっても偉い人或いは凄まじい力を持った人物というぐらい想像できていた。その方達に無許可で、ヨウに頼まれてこの惑星に来た。それは、とてもリスクのあるようなことに思えた。
「まぁ、急なことでしたからしょうがないですよねぇ。これも偵察の一環です。」
とってつけたような言い訳と、その態度に三人は呆れかえっていた。この約一時間で起こった出来事があまりにも多すぎてまともな思考が出来ていなかった。
「だっ大丈夫ですか?」
つい、このダメダメそうな女に対し軟は心配してしまい言葉を投げる。そんな彼女に対しスピカは優しく微笑む。
「まぁ、きっと大丈夫ですよぉ。少々不安ですが、私の相方が何とかしてくれますよぉ。モノすんっごく頭が良いんでぇ。」
「はぁ。」
あきれ返ってしまって、言葉が出ない。気を取り直そうと、堅が話の転換を図る。
「ヨウに頼まれたって。一体。」
「よくぞ聞いてくれました。カクカクシカジカで、それで…」
一人長々と話している、女を他所眼に三人は腰を低くし集まり小声で会話をする。
「大丈夫なのかな?この人。」
「さぁ、どうでしょう。」
「さっきの話と、今の話していることまとめた感じ宙の界のヨウの友人ぽい感じだなぁ。」
「嘘をついている可能性もありますが、まずは無いでしょう。」
「ヨウって確か、収の異能によって三人に分かれたんだっけ。」
「ああ。」
「じゃあ、さっきの金髪少女は空の界のヨウの知り合い?」
「たぶんな。」
一人で、ここに至る経緯を長々と話していた少女は、三人が集まって話し込んでいるのに気が付いた。
「ちょっとぉ。話聞いていますかぁ?」
「ええ、まぁ。」
スピカの指摘に、立ち上がりながら軟は苦しげに答えた。そして、堅も立ち上がりスピカに
問う。
「要するに、貴方は。宙の界のヨウの友人という事でいいんでしょうか。」
「だからぁ、そう言ってるんじゃないですかぁ。」
スピカは呆れ交じりにそう返した。堅は、そう聞きながら頭の後ろを手で掻くような仕草を見せた。
「で、そちらさんは何者なんですかぁ。」
そう、聞かれた三人は立ち並び端的に自己紹介をした。
「地の界のヨウの父です。」
「母です。」
「兄です。」
「で、名前は?」
「堅です。」
「軟です。」
「シュウです。」
スピカの問いに、テンポよく答えた進藤家。その答えの中に、スピカは二つ疑問を感じた。
「えーと堅さん。もしや、進藤ケン?この本の作者のぉ。」
そういうと、スピカは世界創造物語と書かれた書物をどこからか、取り出した。その著者名には進藤ケンと書かれていた。
「はい。そうです。」
堅は、正直に即答した。そして、スピカはシュウの方を向き疑問を呈する。
「そして、シュウさん。もしかしてぇ、この本の収さんと何か関係が?」
その問いに、シュウは即答することが出来なかった。関係は無い。その筈だ。その筈だが。
「関係ない。とは、言い切れないです。僕、個人的には関わりないので。ただ、あの少年。と言っていいかはわかりませんが。シンにとっては違うようです。現に、命狙われているわけですし。」
「なるほどぉ。」
シュウの問いに、スピカは困惑した表情を見せる。確かに、この少年はシンにその命を狙われている様子だった。恐らく、何らかの関係はあるが、本人はそれを自覚していない。
「分かりまs。」
言いかけた、その時だった。三人の元にブラックホールのような塊が迫ってくる。それが、目に入ったスピカは、防御不可と判断し三人を抱え退避行動をとった。
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