魔法使いの戦い⑪ 鳳凰
勾玉により力を引きだれた炎魔人三人に敗れたヨウは、燃え盛る炎の洞穴の一室に幽閉されていた。
「ここは。」
「目覚めたか、小娘。」
ヨウの目の前に一人の鳳の鳥が現れた。ヨウは、敵対しようと手足を動かす。しかし、手足は拘束され壁に貼り付けられているため、思うように動けない。おまけに先の戦闘で魔法切れ寸前の状態であった。
「そう、抵抗するな。悪いようにしない。」
「信用できませんね。もうすでに悪いようにされてますので。」
碧い髪の少女は虚勢を張る、それに対し、溜息をついた鳳凰は、人型となる。
「あなたはやはり。」
少女は人型となったその人物に見覚えがあった。ブレイズ・フェニックスその正体はかつてのアースの臣下であった。
「やはり、お主はわしが誰か知っているようじゃな。」
「ええ、まぁ。」
ヨウは過去の記憶を呼び起こしていた。転生する前のいわば前世の記憶を。鳳凰は、その眼光から一人の少女を思い返す。
「お主やはり、アース様の娘か。」
少女は、鳳凰のその言葉に驚きと安堵のような表情を浮かべる。その言葉からは未だにアースの信仰心が垣間見えたからである。
「アース様ですか。貴方はまだ、お母様を慕って下さるのですね。」
「当然だ。あのお方こそこの世界を支配するのにふさわしいお方。貴様を下した勾玉もあのお方が与えて下さった水晶を模してつくったもの。」
ヨウの頭に、勾玉を使った者達と戦闘の記憶が嫌でもよみがえる。そしてもう一つ。ヨウは思考する。本当に彼は、前世の母への忠誠心が未だに続いているのだろうかと。
「力に飲み込まれましたか。」
ふとヨウは、そう言葉を零す。アースは確かに強い。しかし、アースの行った支配は支配であって支配ではない。弱き者に力を与え導き誰もが平穏に自由に生きる世界を誰よりも望んでいた。
「そうではない。なぜ、その様に考えるか、いささか疑問じゃのう。」
その言葉は、真っ当にヨウの零した言葉に疑問を抱いて居ているようだった。自身は決して力にのまれて居るわけではないと主張するかのように。
「なぜって、決まっているでは有りませんか。貴方の支配地にどれだけの奴隷が居るのです。自由を奪い、拘束するなど決して許される行いでは有りません。」
ヨウは激昂した。ヨウはアースの腹に居た頃の記憶がいまだに残っている。その時に感じた母親の優しさそのものが彼女の善悪の基準となっている。
「なるほど。そうか、そういう事じゃったか。」
ヨウの返答に、鳳凰はなぜか納得した様子だった。ヨウはその態度に訝しむ。これは一体何に対する納得なのだろうと。
「なら、一つお主に問いたい。奴隷と労働の違いとはなんじゃ。」
ヨウは少し言葉を詰まらせる。一体これは何の為の問いなのかと。考えても無意味な事を悟り素直に静かに答えた。
「自由の有無です。」
「では、自由とはなんじゃ。」
「本心が束縛されていない事ですかね。」
「では、労働にはそれがあるのか。」
この世界における労働。それは端的に言えば、魔法の定着の促進である。多数の人が協力し魔法の定着を図ることで食物や建物の建造を行っていた。
「…あります。」
鳳凰の問いにヨウは瞬時に答えることは出来なかった。鳳凰はその返答を予想していたかのように質問を続けた。
「それは、奴隷には本当にないのか?」
「ないです。」
この問いに対しての返答は直ぐにすることが出来た。しかし、ヨウの心にモヤモヤが残る。
「貴様は少し奴隷を勘違いしているな。」
「勘違い?」
ヨウは、鳳凰の言葉に何かを感じ取った。自身の固定観念を覆す何かを。そのヒントはこの場所にあった。
「この空間は何だと思うかのう?」
「牢屋ですか?」
「違うな。この空間は奴隷たちの居住区だ。今は使われていないがな。」
そういわれ、ヨウは周辺を見渡し感じ取る。暑くない。いや正確には少しばかり暑いだけの場所であった。本当にここが燃え盛る炎の洞穴か疑いたくなるような気温設定だ。
「ようやく気が付いたようじゃな。そう、奴隷と労働者の違いなんてない。」
「…ッ。」
反論できなかった。何故なら、ヨウは鳳凰の言いたいことが理解できてしまったからである。
「いいか。儂は只働かせているわけでも無く、それに見合った対価も与えている。それだけではなく息抜きの為の時間を設け、労働時間の制限も設けておる。そしてそれだけでなく、環境と安全を提供している。労力は有限じゃからな。」
実に合理的だった。奴隷には限りがある。それを失ってしまえば、元も子もない。その為の制度がここ炎舞の奴隷たちにはあった。そして、もし仮に最上位種のすべてが元アースの臣下ならこの制度はどこにでもあるという事である。
「しかし、貴方は奴隷となる人物を拉致し労働を強制しています。」
ヨウは、ようやく反論した。奴隷も労働も拘束される事は変わらない、唯一変わる点があるとすれば自由意志が介在するか否かである。
「確かにな。だが、死ぬよりましでは無いかね。争い絶えないこの世界、いつ死んでもおかしくないのじゃぞ。」
「確かに…。」
ヨウは、その言葉を素直に受け入れた。今まで考えていた奴隷は生き地獄を味わうだけだ。しかし、鳳凰の話していた奴隷はその様子が垣間見えない。それが例え、奴隷として長続きさせるための施策だとしても、争いに晒される環境よりは幾分かましに思えた。
「なら、労働も悪です。」
ヨウは、大真面目にそう答えた。意外なその台詞に鳳凰は思わず声を出して嗤う。
「フハハハハハハハハハ。お主、面白い事を言うのう。笑わせてくれたお礼じゃ。ほれ。」
ヨウを拘束していた輪が解ける。鳳凰のその行動に戸惑いの態度を見せる。
「貴様に自由を与えてやる。最後の時が近いのであろう。この本読ませてもっらたわい。」
鳳凰は、ヨウが寝ている間に女奴隷が見つけた一冊の本を手に取り見せつける。
「この変態。」
「勘違いするな。貴様の身体調査を行ったのは女奴隷じゃ。」
ヨウの剣幕に鳳凰は一瞬怯み反論する。しかし、ヨウの反論は止まらない。
「乙女の私物を物色する行為自体が、変態行為なのです。」
「そう、そうなのか。」
なぜか、ヨウの反論に鳳凰はひどく落ち込んだ。ヨウには理解できなかったが、男は少しでも気のある女性に拒絶されてしまうと落ち込んでしまう生き物である。それ程に、アースそしてその娘であるヨウに気を惹かれてしまっているのである事に今更ながら気づく。
「はよいけ、この世界にもいるのであろう。お主の大切な人が。」
「はい。感謝します。」
そう言葉を残し、ヨウはその場を後にする。鳳凰は表紙に世界創造物語と書かれた書物を手に持ったまま一言告げる。
「達者でな。葉様。」
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