第三章 平穏
平穏① 放課後
「シュウ、起きなさい。シュウ。」
目を開けると、そこには黒い長髪の少女がいた。どうやら、終礼が退屈すぎて眠って居たらしい。
「おはよう。カナ。あれ、皆は?」
白と黒髪の少年は、ぼやけた視界でカナを捉え周りを見渡す。そこにはクラスメイトや担当教師の姿は見当たらない。
「とっくに、帰ったわよ。」
黒い長髪の少女は腰に手を当ておりその口調にはやや棘があった。シュウは机から起き上がり伸びをする。
「そうか、じゃぁ、俺たちも帰るか。ヨウの誕生日会もあるし。」
「それなんだけど、シュウ?少し付き合って欲しいのだけれども、良いかしら?」
黒い長髪の少女は照れたような表情と口ぶりで白と黒髪の少年に尋ねる。少年は机に手を置き目あげながら彼女の表情を窺う。
「まぁ、別に。少しの時間なら、いいけど。」
「そう、ありがとう。」
少女の声は静かだったが、何処か嬉しさが混じっているように感じた。少年は立ち上がり机の横に掛けていた荷物を手に取る。
「じゃあ、いくか。」
少年はバッグを手に掛け扉に向かいカナに振り返りながら笑顔で告げた。少女は晴れた笑顔の彼を見て惚れ直しそうになる。
「とこで、何しに行くんだっけ?」
彼の顔が素っ頓狂な表情へと変わる。カナは、自分が未だ何も要件を伝えていない事に気が付く。しかし、それとは関係なく彼の言動に少しイラつきを覚えた。
「あなたの妹の誕生日プレゼントを買いによ。」
少女の言葉にどことなく棘を感じた少年はややたじろいだあと、疑問に思う。
「なんで、カナがヨウの誕プレを買うんだ?」
「あなたの、彼女だからよ。」
少女は照れながらも、自信に満ちた態度を取っている。そんな彼女の姿を見て少年は今朝の事を思い出す。
〈うーん。誕プレかぁ。そういえば、今朝カナの事で揉めたキリだったなぁ〉
少年は、天井を向き手を顎に当て悩むような表情を見せた。それに対して少女は怪訝な表情を見せる。
「何よ、付き合いたての彼女が彼氏の妹の誕生日を祝うのがそんなにおかしい事な訳?」
「別に、そういうことな訳じゃ。」
少年は彼女の言葉にたじろぎながらも、どう説明するべきか言葉を詰まらせる。少女は少年に詰め寄っていき怒りが沸点に近づいていく。
「ほら、カナ。あまり、ヨウと仲良くないだろ?それに今朝、付き合う事になったって言ったら、怒りのまま家から飛び出してさ、それっ切りだったんだ。」
少女は少年の弁明に納得したかのような溜息を付く。確かに良好な関係とはいえない。だからこそ、プレゼントを贈りたいのだが逆効果になる可能性もあるのかと思考を巡らす。
「まぁ、そうね。だったら別にシュウから渡してくれて構わないわ。」
「そ、そうか。何をプレゼントするか、決めてるのか?」
「いえ、全く。」
彼女はすがすがしい表情で、堂々としていた。少年はそんな彼女の言動に戸惑いつつも、こういうところ可愛いなぁと心の中で賛美を送る。
「じゃぁ、とりあえず、デパートでも行くか。」
「そうね。」
少年と少女は、教室を後にする。時刻は13時半を過ぎていた。終礼は12時過ぎには終わっているはずなので、シュウは二時間近く寝ていいたことになる。
「誰も、残っていないんだなぁ。」
「当然よ。」
「カナは、俺が起きるまで何してたんだ?」
「別に、色々よ。」
「そうか、色々か。」
誰もいない廊下で二人、静かな時間が流れる。少女の頬はやや赤く火照っていた。彼氏の寝顔が可愛くて皆が帰った後、ずっと眺めてたなんて口が裂けても言えない。
下駄箱につき靴を履き替え、外に出て校門から出るとそこには、意外な人物がいた。その姿は金髪を逆立たせ制服越しだが引き締まった肉体をしているのが分かる。男はもう一人なじみのある人物を連れていた。
「なぜ、お前がここに居るんだ?西城ショウ。」
先日の決勝。甲子園をかけた戦いに立ちはだかった天才がその相棒を連れてそこにはいた。少年は明確な敵意を天才へとぶつける。
「いや、別に?一昨日の投手戦。楽しかったからさ、それを伝えに。今度は君が甲子園いきなよ。じゃ、また次の舞台で。」
天才は飄々とした態度で少年に言葉を告げ、相棒と一緒にその場を後にする。それを聞いた二人は呆気にとられていた。
〈なんだ、案外元気そうじゃん。〉
どうやらこの天才は、高校球児最速の球を投げる少年を認めていたらしい。一昨日の試合、敗れた後の少年はまるで生気を感じなかった。それを、心配しわざわざ出向いたのだが取り越し苦労だったと安心した表情で帰路についていた。
「なんだったんだ、アイツ」
「さぁ。」
二人は天才の後ろ姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。そして少年はふと我に返る。
「あ、誕プレ。ヨウの誕生日会。ヨウのクラスメイトとやるみたいだから急がなくちゃ。」
例年、ヨウの誕生日の日には家族とは別に友達同士で誕生日が行われている。シュウもそれに誘われていたことを思い出す。
「では、急ぎましょ。」
二人は、ヨウの誕プレを買うために足早にデパートへと向かう。
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