世界創造物語・完④ 奕葉の終わり

「じゃあ、あなた。この本の人物に何か関係あるのかしら。」

 世界創造物語。それは、少女の後ろで尻もちをついている少年の父が書き起こした書物。単なるフィクション作品ではなく歴史書や聖書のような立て付けとしても認知され、ここ地の界にて最も売れた書物であった。

「さぁ?どうかな。」

 シンは、明確な答えを返さなかった。崩壊しに行く世界の中での数少ない余興としてこの状況を楽しんでいたのだ。

 ぽつ、ぽつとコンクリートのような小さな小石が上空から落ちてくる。世界を貫いた光。その穴から、空の界をなしていた地盤が崩れていく。ここに居る金髪少女は、その穴から飛来してきたのであった。

「ここに描かれている、シンという少年とあなたの特徴が一致している。」

 ラミラは、相対する敵の正体を探る様に自身の考えを発言する。それに対し、花緑青の髪を持つ少年は少しずつその表情を無意識に変化させる。

「そしてあなた、さっき言っていたわよね。私が、あなたに近しい存在ともてはやされているって。」

「…。」

「確かに。複属性持ちの連中には、私をそう呼ぶ人たちがいる。そう、神に最も近しい人間だってね!」

 少女は、確信づいた物言いいで少年と問いただす。だがシンは、今回話をもう少し楽しもうとはぐらかす言葉を告げる。

「なんだ、その本。戦いばかりの世界で生きてきた君は知らないと思うが、本に記されているのは、所詮は作り話だよ。」

「馬鹿にして。」

 少女は、その煽りに乗っかった。空の界には、娯楽に避ける時間なんて殆どない。昼夜問わず戦い続ける生活の中でそんな余裕は無かった。何をするのにも命がけだった。しかし、本は存在した。過去に起こった戦いの記録。そこから派生した物語は、戦いの分析において大いに役立っていた。

「そんなの知ってるわよ。確かに、私も初めはこの本の内容については懐疑的だった。でも、この世界に降りて貴方と戦って確信した。ここにい掻かれている話は、事実だって。」

 少女は、再び強く言い切った。シンはこれ以上はぐらかすことが出来ないのを悟り、白状した。

「流石の分析力。これでこそ我が妹の教え子。いや、正確にはその分裂体か。いかにも、俺がシン。地球の神・アースの息子だ。」

「やっぱりね」

二人が会話している最中、正気を取り戻したシュウは腰を低くしながら立ち上がり静かに急ぎ足でその場から立ち去っていた。ラミラは、わざと挑発に乗るように会話を続け彼の逃げる隙を作っていたのだ。

「なんだよ、あいつら。本当に。にしても、さっきの金髪少女の本。若干の差が有れど、あれ世界創造物語だよな。」

 シュウは、静かに独り言を呟きながら先ほどの光景を思い返す。建物の隙間を隠れるようにして歩いている少年の真横の建物が、突如飛来した巨大なコンクリートのような塊に押しつぶされた。


「とうとう本格的に始まりましたか。奕葉。世界の重なり合い。その、始まりが。」

 通常の理とは、別の場所でもう一人の神の子は、そう呟いた。しかしその言葉は、誰の耳にも届かない。

「にしても、シン。貴方は本当に…」

 その神の子は本心からか、自身の異能に影響されてか、人の優しさを信じ、力のない人たちの為に夢を通じてその力を行使していた。更には、自身の弟の身を案じていた。

「シュウ。もしあなたが、葉の見込んだ存在なのであれば。今度こそ、世界を救ってくれると信じています。そして、弟と妹の魂を。」

 シンよりわずかばかり先に生まれた神の子。ルナ。彼女は、世界の行く末を憂いていた。だが、その思いは誰にも届かない。今は、未だ。


「とうとう、始まったか。」

「何が?」

「奕葉。その終わり。世界の崩壊がだよ。」

 シンは空を見上げていた。その表情は、何か寂しさのような感情を抱いているようだった。それもそのはず。愛する妹。その最後の技が終わりを告げようとしているのだから。

「その本を読んだ君なら、知っているだろう。奕葉は、葉が遺した最後の業だ。世界の平和を実現するために。」

「…。」

 ラミラは、シンの言葉に何も返せなかった。ラミラのいた世界は平和なんてものは存在しなかったから。

「だが失敗した。異能者とそうでない者を分けたところで、平和なんてものは実現不可。まぁ分けたのは、あの少年だろうが。しかし、それも期限付き。この世界。地の界は、確かに平和だったと言えるかもしれないが、異能が目覚めていない圧倒的弱者。世界は崩壊する。とは言え、自然が消えるわけでも無いし、他の惑星からの侵攻もあるだろう。もしかしたら、神自ら乗り込んでくるかもしれんな。当然。妹からこの世界を託された俺は、敵対するつもりだが。どうなるかは、俺にも予想が付かない。」

 シンは、長々と持論を展開した。ラミラは、その言葉の節々にどこか優しさのようなものを感じ、ヨウと過ごしたある日のことを思い出す。

―「いいですか、ラミラ。魔法と、魂。即ち思いは密接な関係に有ります。でも決して、それに呑まれないでください。魔法に魂を売るなんて言語道断。自分を律し、魔法をそして自分を制したものが真の強者に成れるのです。」

〈こいつ、本当はいいやつなんじゃ。そうね。そのはずだわよね。弱者に自らの力を分け与えたとされる、地球の神・アースの息子だもんね。まぁ、噂でしか聞いたことなかったけど。〉

 ラミラは、確信した。シンはその異能に呑まれているのだろうと、そしてそれを救えるのは、彼と同等かそれ以上の苦しみを味わい立ち直った人物でないと無理だろうと。私には、無理ね。少女はそう、悟った。だがせめて、一矢報いろうと再度臨戦態勢をとる。

「ほう、まだやろうというのか。」

 シンは、ラミラのやる気を悟り少女へと向き直した。少女の眼は覚悟が決まったような、澄んだ眼をしていた。

「ええ、まだ。決着がっついていないからね。」

「決着か。まぁいい。相手してやろう。貴様の恩師。その実兄が、お前に真の戦いというのを教えてやる!」

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