交差する世界⑤ 責務と約束
「いいんですかぁ?ポリマぁ?」
「なにが?」
「何がってぇ?決まっているじゃないですかぁ。」
「そうね、でも。」
スピカとポリマは、世界創造物語と書かれた書物を読み終えた後、ヨウの元を離れ自身の惑星へと向かっていた。
「この本に書かれていることが事実だとしたら、ヴィーナス様やウェヌス様に伝えなきゃ。」
世界創造物語。アースとマルスが対峙し如何にして今の地球が成り立っているかが書かれた書物。基本、アースやその子供たちに焦点が当てられている作品ではあるが、新たな資源獲得を試みる惑星にとっては、とても貴重な話だ。特質すべきは、魔法。自然を生み出すことが出来るこの力は、食糧問題の解決、新たな産業の確立、環境整備など様々な分野において役立てることが出来る。
「それは、そうですけどぉ。それって、友達の頼みより優先するべきことなのですかねぇ?」
「友達。ともだちね…。」
友達。互いに心を許し、信用・信頼できる関係性。確かにヨウの言葉を受け、ポリマはその関係性を認めた。ただ、実質初対面の相手。いくら、友の頼みとは言えど生きていく中では自身の惑星の主に従うのが、合理的だと言える。
「スピカ。あんたはさ、あの女のことどこまで信用できる?」
ポリマは、振り返らず進行を止めないまま、スピカに問いを投げる。するとスピカは、考え困惑した表情をし言葉を発する。
「信用。しんようですかぁ。難しいですねぇ。ただ、友達は大事ですぅ。」
彼女の言葉は、純粋そのものだった。友達は大事。実に単純。どんな幼い子供達でも知っているであろう倫理。だが、それ故に危うい。
「じゃあ、ヴィーナス様やウェヌス様。そして、金星に住む民人達。彼女達の事は大切じゃないわけ?」
その問いは、一つの核心に迫る問いだった。友達は、大事。では、主やその他の人物は?
「うう。難しいですぅ。」
スピカの表情は、困惑を極めたようなものだった。立ち位置上、ポリマからスピカの表情は見えないが、容易に想像がつく。
「あなたは、それでいい。この問いに答えは無いもの。強いて言えば、どちらも大事。そこに優劣をつけたがる人は多くいるけど、そんなの倫理に反する。」
トロッコ問題。止められない電車、一方には一人。もう一方には五人の人。このまま真っ直ぐ進ませれば五人が死に、方向を変えれば一人が死ぬ。方向を変えるか否か、どうするべきかを問う問題。この問題に答えは無い。敢えて答えを出すなら、どちらも大切な命だからどちらも助けると謂うものになるだろう。だがそんなのは、綺麗事。現実的には不可能。では、どうするのか、答えは単純。犠牲を最小限に抑える。もしくは、有用な人物を生かす。
「でも、現実問題。この問いに答えを出さなくてはいけない場面は多く存在する。例えばそうね。自身の締め切り間近、しかし周りには今にも死にそうになって仕事をしている人がいる。とする。」
ポリマと、スピカの頭に共通の絵が浮かぶ。まるで、労働時間中のポリマとスピカのような風景だ。
「このまま自分の仕事を進めれば自身の仕事は完遂できるが、周りは過労死するかもしれない。そんな中、どうするべきか。」
「うう。難しいですぅ。でも、仕事間に合わないだけで死にはしませんよねぇ。なら助けた方がいいのでは?」
「そうね。その一端だけを見ればそれは正解かもしれない。でもね、仕事が間に合わなければ損失をきたす。その場合、結局誰も助けられない。けど、自分だけでも仕事を終わらせて利益が出せれば、その利益で誰かを助けることが出来るかもしれない。」
ポリマの話は一見すると論点を逸脱しているようだが、実はそうではない。このポリマの話は目先の利益に囚われるな、後の事を考えろと言う話だ。同じに先ほどのトロッコ問題を混ぜる。六人の内五人は並の人間。一人は、超絶優秀な医者。方向を変えなければ、五人の並の人間は轢かれるが、医者は助かる。医者が助かれば、たとえ敷かれても五人の命が助かるかもしれない。
「うーん。けど、助けられないかもしれませんよねぇ。それ。」
「ええ、そうね。だから、この問いに答えは無いのよ。けど、選択しなくてはならない。ヨウの惑星にあのまま留まり、そのまま対応するか。金星に戻り一旦状況を整理してから、対応するのかを。」
「けどぉ。戻ってたら、間に合いませんよぉ。あと数時間しかないってヨウさん言ってましたしぃ。思いっきり飛ばしても、二週間はかかりますよぉ。」
宙の界。惑星外では、あまり重力など外部の力の影響がない惑星。そのため、彼女たちの異能を妨げるものは無く理論上、異能が尽きるまで永遠い加速を重ねることが出来る。行きは然程急ぐ必要がないのともしもの為に異能を温存していた為一回の加速で一か月かけて地球へと向かっていたが、帰りは地球を守る為幾度となく加速を繰り返していた。
「それは、そう。でも、私たちの動向を神々が気づいて下されば!」
「まさに、これぞ正真正銘の神頼みですねぇ…」
神々の持つ力、神術。それは、時空間を支配する。もしその神々が、その力を行使すれば、時間的制約からは解放される。
「けど、あの二方は気づいてくれるかしらぁ…」
「確かにぃ。あの二人。私以上のズボラ。というより、自由人ですからねぇ。」
「まぁそうね。貴方と比べたくない。いや、間違えた。比べられない程に…」
「ほんと、ナニしてるのかなぁ。ヴィーナス様ウェヌス様。」
ヴィーナスと、ウェヌス。女神と、男神。この二人は、とても仲が睦まじく、互いの欲求を満たすために生きている。
「「はぁー。」」
二人のため息は、奇しくも揃った。帰った後のことを想像すると、本当に面倒だ。よほどのことがない限り会いたくはないが、今回はそういう訳にもいかなかった。
「私、帰りたくなくなってきましたぁ。」
「はぁ?逃げようたって。そうはいかないからね!」
傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。七つの大罪に数えられる欲求に加え、知的欲求や戦闘欲など。金星の女神・ヴィーナスと、金星の男神・ウェヌスの欲求は計り知れず、臣下達に隔離される程だった。
気が重くなる中進行していくうちに、スピカはある気配を感じ取り進みを止めた。不意に進みを止めた彼女に気が付いた、ポリマも進みを止める。
「なに、止まってるの?急がなくちゃ。」
「多分、間に合わないですぅ。今戻らなきゃぁ。」
「は?何言って…」
スピカは遥か先を見ていた。ポリマは、言葉を紡げながら視線を向け言葉を切らす。
「あれって。」
そこには、禍々しいような神秘的なような光があった。その光は、地球へと向かっているようだった。
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