平穏④プレゼントに込められた思い

「クシュン」

白と黒髪の幼年は、突如鼻に違和感を覚えくしゃみをする。隣にいた黒い長髪の少女は心配な眼差しを少年に向けポケットティッシュを差し出す。

「夏風邪?」

「いや、そんなんじゃないと思う。」

少年はティッシュを受け取り、鼻をかむ。誰かが噂しているのかなぁと少年は思考する。

「そう、ならいいのだけれども。」

少女の不安は、まだ晴れていない様だった。対して少年の表情は明るい。ヨウへの誕生日プレゼントを購入し終わった二人はヨウのいる進藤家へと向かっていた。

「そういえばカナは、何買ったんだ。〈まぁ、降りた場所からして大体の察しはつくが。〉」

「え、あぁこれ。」

急な話題の切り替えに少女は戸惑いつつ、手に持っていた紙袋の中身を少年に見せる。少年は見せられたものにどう反応するべきか悩んだ。なぜなら、カナの購入した商品は誕生日様にラッピングをされていたからである。これでは、カナが何を購入したのかまでは分からない。

「水着よ、競泳用のね。それとその他諸々。」

少年の心中を察したのか黒い髪の少女は、俯き何かに思いを託すように言葉を告げる。

「そうか。まぁ、降りた場所から何となくの察しはついていたけど。誕プレに水着はどうなのかなぁ。」

少年は、素直に心中を吐露した。吐露しているうちに人がこれから贈ろうとしている物に対して難癖をつけるのはいかがなものかと自責し語尾を小さくする。

「えぇそうね。でも案外高いモノなのよ。男性用の約2倍はするし。」

「え、そうなんだ。それとごめん。こういうのは気持ちだよな。」

少年は少女の言葉に驚きつつ謝罪の意を述べる。少女の表情は冷静のままだった。

「いいえ、別に気にしてないわ。私のわがままであることに変わりはないもの。」

そういいながら、少女は悲しみとも切願ともとれる表情をし荷物の持ち手を強く握る。

「わがまま?」

少年は少女を静かに見つめながら疑問を呈する。少女の表情に少しばかりの陰りが見える。

「ええ。叶えられなかった。私の夢を彼女に託したいという。わたしの我儘。」

そう静かに告げる少女の膝は少し震えていた。少年は中学時代の事を思い返す。少女もまた、同様に思い出す。


少年と少女。そして、少年の妹はかつておなじ中学校の同じ部活動。水泳部で活動していた。その水泳部は例年、地区大会で上位2チームに数えられる成績を収めていた。しかし、少年が部長を務めていた代の成績は芳しくなかった。無論、少年とそのライバルそして、少年の妹は中学生記録を出す程の逸材。カナもそれに及ばずとも、全国大会に出場できるだけの実力があった。

だが、それはあくまでも個人成績。地区大会における学校間の戦いとは別の話である。そもそも、学校間における水泳の戦いは個人が獲得した点数の合計値で行われる。その大会の規則に若干の差があるが、各種目一位から十位まで順に得点が付与され一位が多くの得点が付与される仕組みになっている。つまり、より多くの優秀な選手が多いほど有利というわけだ。

しかし、少年の所属している部活動の人数は少なかった。いや、思い返せば少年が間接的に退部に追い込んだ節もあるのだろう。当時の少年は自らの背中でチームを引っ張るタイプの部長だった。それがよくなかったのだ。


「夢か。」

少年は当時の事を思い出しながら、その言葉の重さと残酷さそして拭えない罪を噛み締める。

「そう、夢。」

その言葉には様々な思いが濃縮されていた。静かに濃い時間が緩やかな歩幅と共に流れる。


少年は中学時代部活に熱心な生徒だった。しかし、今とはまるで別人。水泳が個人種目だからといものもあるのだろう、少年はああ利回りを気にするような性格ではなかった。自身のタイムを縮めることを最優先に考えていた。部全体の練習メニューも部長の仕事の一環として作成はしていたが、それは自身のやりたいメニューから本数や時間を落としただけのものに過ぎない。

チームを顧みないリーダーについて行きたいと思う人物には限りがある。それは当然の事。そして、いままで部に無関心だった人が急に部として上を目指そうと仕切っても賛同する者は少ない。皮肉にもそれが証明されたのが中学最後の大会だった。

県単会、地方大会、全国大会、世界大会を終えた少年は、自身の部が地区大会で勝ちきれてない事に煮え切らない思いを抱いていた。そして、中学最後の大会で優勝する為練習メニューを大幅変更、練習前に取り組んでいた筋トレメニューの強度を高めていった。ヨウとカナはそんな部長の思いを部員に伝え何とか部として成立させるように導いていた。しかし、シュウの暴走ともいえる行為は留まる事を知らず激化する。他のチームと比べ少数であるシュウのチームが優勝するには、全員が入賞を目指すべきと考えたシュウは練習メニューの強度を上げるだけでなく学校と相談し、練習時間と日数の増加もした。


「カナは、俺の事恨んでないのか?」

「完全に恨んでない、と言ったら嘘になるかもしれないわね。」

過去は消せない。いくら、少女が少年の事を好いてると言っても奪われたものが大きい。心に矛盾を抱えるのが人を人たらしめる要因ともいえる。

「そうか。」

少年には少女の心の底までは分からない。自分自身の事でさえ分からない。だが、それでも好きと言ってくれる少女を信じ、悲しませることはしたくないと強く思う。


大会に置ける出場種目の制限。本来これは、事故防止の観点も含まれているのだろう。勿論、一人独走を防ぐ意味の方が強いのだろうが。理由はともあれ、規則としてこれがある限りシュウとヨウが取れる点数に限りがある。とはいえ、この二人が個人の満点を取ることはまず間違いは無いだろう。実質三番手のカナはその頃から思いを馳せていた少年に報いる為に死力を尽くす。

激化する練習メニューに対して、シュウの妹は異を唱えた。このままでは負傷者を出しかねないと。だが、カナはそれに反発。愛する少年の意思を尊重した。シュウの妹は自身の異を取り下げ兄に従った。

結果、カナは専門種目である平泳ぎの練習中前十字靭帯の損傷により棄権。少年は放心状態に陥る。カナは自分の無力さと怪我に嘆きつつも少年の背中を押すが、大会に出場した少年の成績は振るわず、ヨウを除く他の部員も怪我とまでいかないもの何らかの不調を抱え実力を発揮しきれなかった。


「でも、あまり気にしないで。本当に強く恨んでいるなら、彼女なんてやってないわ。あなたと同じ部活動に所属する事さえね。」

少年の表情に陰りが見えた事に気付いた少女は、過去に再度区切りをつけるかのように明るく告げる。

「ああ、ありがとう。俺も好きだよ、カナの事。あの事件の前から。」

カナは入部当初、然程早いと呼べる選手では無かった。泳げはするといったレベルの選手だった。しかし、白と黒髪の少年に出会いその思いを原動力として全国レベルまで成長をとげたのだ。その過程をそばで見ていた少年は段々とそんな少女の姿に惹かれていったのだった。

「そう。」

「実は、中学最後の大会。優勝したら、告白しようと思ってたんだ。結果は散々な事になったけど。」

少年は照れながらも、俯き言葉を吐露する。少年は事件後自責の念にかられ水泳とカナから距離を置くことに努めた。それが自分のできる唯一の償いだと。だが、カナに諭されそれこそが過ちだということに気が付いた。そして、シュウはカナとの関係を取り戻し怪我をしたカナと比較的傍にいることができる野球の道へと進んだ。

「まぁ、結局私から告白することになったけれどもね。」

少女は、照れながらも明るく少年に告げる。少年は、そんな彼女の思いと言葉を受け取り晴れた表情を浮かべ一言告げる。

「だな。」

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