平穏③ケーキ作り

「たっだいまー」

「おっ邪魔しまーす。」

「お邪魔します。」

ヨウはシュウが学校でぐっすり寝ているとも知らず、家に帰っていた。今日はヨウの誕生日。三人は道中トモエとノゾミの家に立ち寄り、二人はそれぞれ身支度を整ていた。

「あら、ヨウお帰りなさい。ふたりともいらっしゃい。」

玄関から響き渡る明るい声に気が付き、居間から気品のある大人な女性が現れた。

「あっ、お母さん帰っていたんだ!」

「ええ、ディナーの為に今日は半休取っていたのよ。と言ってもこれから、用事があって出かけるのですけどもね。」

思わぬ人物の登場に女子高生二人は緊張していた。居るかもしれにと分かってはいても正しく着飾っている大人な女性が準備なく現れると人は呆けてしまうものである。

「ほら、二人とも遠慮なくあがってくださいな。」

案内されるがままに、二人は居間へと向かう。ヨウは、そんな二人を見送りながら自室へと向かおうとする。

「私、先着替えてくるから、ソファーでゆっくりしてて。」

気楽な口調でヨウは自室へと消える。少女二人はその家の住人である友人の母親に案内され居間に行く。

少女二人は、手荷物をソファーの足元に置きソファーに腰を掛ける。ヨウの母は、トレーにグラスとピッチャーを乗せセンターテーブルへと運ぶ。

「遠慮せず、くつろいでちょうだい。」

少女たちは未だに落ち着かないという様子だった。それに見かねたのか女性は優しく諭すような口調で告げる。

「はい。」

「お構いなく。」

トモエとノゾミはそうは答えつつ、あまりくつろいげでいる様子ではなかった。静かにお茶を口に入れて時間を過ごすうちにヨウが居間に足を踏み入れた。

ヨウの服装は、白い半そでTシャツにすっきりとした見た目の青いパンツをはいていた。

「ヨウ、やけにラフな服装ですけど、ディナーの時にはちゃんと着替えてらっしゃしゃいね。」

「分かってるって、着飾った状態でパーティして、汚したら大変でしょ」

服装に心理状態が左右されるのはよくある話だ。ヨウの母は今晩のヨウの誕生日ディナー用に服装を整えていた。そのせいか、必要以上に気が引き締まっている様子が伺えていた。しかし、ヨウの返事に安堵したのか表情に穏やかさを感じられるようになった。

「そうね、くれぐれもあまり派手にやりすぎないよう注意するのよ。二人とも、ヨウをよろしくおねがいね。」

「いっいえ、こちらこそお邪魔させていただきます。」

女性は少女達に優しく言葉を告げなら自室に手荷物を取りに向かう。ノゾミは急変した女性の雰囲気に戸惑いつつも、言葉を返す。ヨウの母の姿の姿が見えなくなると、少女二人は溜息を付きながら心の枷が外れていくのを実感する。

「じゃあ、私は出かけるから、ヨウ。戸締りお願いね。」

「うん分かった。」

女性は玄関で靴を履き替え手を振る。少女二人はお辞儀で返す。ヨウは、笑顔で手を振り今の方へと振り返る。

「あんま、硬くならなくてもいいよ。お母さんああ見えて、優しい人だから。」

碧い髪の少女は今更ながらに、二人に向かってそう諭す。少女二人は遅すぎる彼女の言葉に呆れつつも気持ちを切り替える。

「では、ケーキ作り始めましょうか。材料は揃っていますか?」

「うん、前話してもらった通りに材料は冷蔵庫に準備してあるはず。」

「わたし、デコレーション持って来たんだ。」

ヨウとノゾミは冷蔵庫で材料を確認する。そんな中、トモエは溶けかかっている小粒上のカラフルなデコレーション用チョコを肩かけポーチから取り出した。そんな彼女に二人はやや絶句する。

「トモエさん、早く冷蔵庫にしまってください。」

といいつつ、ノゾミもトッピング用のフルーツを自身のハンドバッグの中に入れていたことを思い出し、急いで取り出す。

幸い、フルーツもチョコレートもケーキに使える状態にとどまっていた。二人はそれらを冷蔵庫にしまい代わりに卵と牛乳を取り出す。

ヨウはシンクの下の扉から、薄力粉とグラニュー糖、ボウルを取り出しシンク上に設置されている電動昇降式食器棚から泡だて器とハンドミキサーを取り出す。

トモエは、おもむろに自身の携帯端末を自身のポーチの内ポケットから取り出しレシピを再検索する。

「これだよね。」

「そうですわね。」

トモエはノゾミに確認を求め、ヨウもトモエに近づき画面を覗き込む。確認の取れた三人は生地を作り始める。

「まずは、オーブンとお湯を準備。だね。」

そういうと、トモエはIHコンロ右側からL字に伸びる台の上にあるオーブンとポットに向かい準備を整える。

ノゾミは薄力粉をふるいにかけボールに落とす、ヨウは型とクッキングシートを準備する。

「型って、こんな感じで大丈夫?」

「いいとは思いますが、もう少しシートが平らになるようにした方がいいと思います。」

ヨウは、ノゾミの指摘通りにシートのしわを伸ばす。お湯が沸くのを見越してノゾミは、別のボールの中に卵と牛乳を流し込む。

「混ぜるのは、私に任せて。」

トモエは、自信たっぷりに泡だて器を手に取り二人の方へ振り返る。ノゾミは少し不安げな表情で得意げになっている少女に告げる。

「生地を飛ばさないように注意してくださいね。」

「分かってるって。」

彼女の自身に満ち満ちた笑顔に少女二人は不安を覚えつつも、お転婆少女に任せることにした。

そんな彼女たちの不安をよそに、海の様に青い髪のお転婆少女は湯せんしながら生地を力いっぱい、しかし冷静にかき回す。混ざってきたところで、ノゾミはバター、牛乳、薄力粉の順でボウルの中に流しこむ。

ヨウは、そんな彼女達の様子見守りつつ生クリームにグラニュー糖を混ぜ合わせ、一度冷蔵庫で冷やす。

混ざった生地を三人で協力し型に流し込み、オーブンの中に入れる。

「ふぅー、何とかうまくいきそうですね。」

白い髪の少女は、額の汗をぬぐいながらほっと溜息を零す。青い空のような髪色の少女は去年の出来事を思い出す。

「そうね、ほんと去年の誕生日ケーキは、散々だったよね。」

「そうですわね。ほんと、誰かさんのおかげでショートケーキを作るはずが、生クリームとイチゴがトッピングされたフワフワカップケーキになりましたからね。」

白い髪の少女は皮肉の笑みを浮かべながら、そんな誰かさんの方に視線を向ける。

「それいったら、ノゾミだって、クリスマスケーキ作ろうとなったとき、トッピング忘れて、スポンジに生クリームをかけただけの味気ないケーキになったじゃん。」

青い髪のお転婆少女は、バツの悪い表情を浮かべながら、前のめりになって反撃する。

「で、でも、それでも、シュウさんはおいし言っていってくれました…」

トモエへの反撃を、ノゾミはもろに喰らった。去年のケーキ作りは散々だった。誕生日ケーキ作りでは、トモエがハンドミキサーで思いっきり生地をかき回しぶちまけ周囲に散乱させ、クリスマスケーキは事前に買い物を請け負ったノゾミがそのことを忘れ当日周囲の店を回ったがどこもイチゴがうりきれだった。

「はぁー。ま、今回は今のところ問題なさそうだしよかったんじゃない。」

ヨウは二人のやり取りに呆れ溜息をつき、心中を吐露する。そんな少女の言葉を聞きトモエとノゾミは落ち着きを取り戻す。

「そういえば、シュウさんまだかえってきてませんね。」

心に余裕が戻った白い髪の少女は、この家に住むもう一人の人物が帰ってきていない事に気がつく。その人物の妹は今朝の言い合いを思いだし徐々にその少年への軽蔑心と怒りがこみあげてくるのを実感する。

「知らない、あんなやつ。今頃、女とよろしくやってるんじゃない?」

「それって、どういう。」

トモエは少女の物凄い剣幕に圧倒されながらも、小声で疑問を呈するのであった。

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