終わりの予兆⑥ ヨウの友達

 ヨウはカナに一言告げ駆け出し、路地を曲がったところから速度を落とした。ゆっくりと歩いている彼女の視線は片側に掛けたスクールバックの持ち手を両手で持っていた。

〈なんで、私。あんなことを言ったのだろう。言ったところで何も変わりはしないのに。〉

 ヨウは世界の真実を知っている一人だ。その点では父と呼んでいる人物に勝るほどに。

〈いつか、こんな未来が来るのは分かってたけど。まさか、今日とはね。〉

 ヨウの感じた気配はこの世界おける一種の希望だ、そして絶望だ。異能を持たないただの人間ではどうしよもない相反する力がその光には備わっている。

黒い長髪の少女に真実を告げたところで何かが変わるわけじゃないと、今の彼女はそう思っていた。

  ボンッ。俯きながら歩いてたヨウは背中に突如として衝撃を感じよろける。体制を崩しながら衝撃を与えた主の方に視線を向ける。そこには薄っすらとした褐色肌で頭頂部で束ねている青い髪の少女が、ニッコリと白い歯をみせ手を振っていた。

「オッス、ヨウっち元気にしてた?」

「ちょっと、トモエさん。いきなり叩くのはどうかと思います。」

 ヨウの背中を叩いたのは青葉トモエ。彼女の髪の色もヨウの髪色と同じく青色に形容される。しかしヨウの髪色はこの世界では見えない青空のような青に対し、トモエの髪は深海の様に深い青色をしている。

 そんなお転婆な彼女の容姿は、短胴脚長で身長はヨウより一回り高い。身に纏っているのはセーラー服ではなく、胸元に小さく校章があしらわれた白の半袖ワイシャツ。それはひときわ大きい胸の膨らみに引っ張られ、角度によってはボタンの隙間から肌着が見えそうになっていた。

 いきなり友達の背中を叩いた彼女に対し、驚きながらも反省を促そうとしているのは白崎ノゾミ。その容姿はヨウよりも小柄。髪は透き通るように白く長い。身に着けているのは、半袖の白ワイシャツの上に乳白色で薄手の袖なしカーディガン。三者三様の間を取り持つ芯の通った女性である。

「えーいいじゃん。なんかヨウっち元気無さそうだったから、少し驚かそう・・・」

 トモエは、ノゾミの指摘に少ししょんぼりとした表情で反論する。しかし、ノゾミはトモエの言い訳に余り聞く耳を立てずちょいちょいっとトモエの後方に人差し指を指す。トモエは何かを感じ語尾を切りながら壊れたロボットの様に後ろを振り返ろうとする。

「少し、驚かそうとねぇ。」

バコン。振り向こうとする横目に一瞬、青い髪の少女の鬼のような形相が目に入いったその瞬間、トモエの思考と視界がホワイトアウトした。頬にめがけて放たれたヨウの拳が、彼女を突き飛ばしたのである。

 ブフォ。彼女は目と歯が飛び出そうな表情で唾を吐き空中横回転をしながら、地に転がった。

「ちょっとやりすぎですよ、ヨウさん。」

「うっ大丈夫、大丈夫。いつものことだから。」

 ノゾミは、トモエに肩を貸しながら一緒に立ち上がる。トモエは、イテテと殴られた左頬をやさしくさする。

「自業自得よ。」

 ヨウは、そっぽを向きながら目をつぶり腕を組み言い切った。そんな彼女の態度に、怒りを覚えたのはノゾミだった。

「自業自得じゃないです。やりすぎです。」

 ノゾミのいつにない激しい剣幕に押されながら、ヨウは反論を口にする。

「先にやったのは、トモエで・・・」

「確かに、トモエさんも悪いですけど、物事には限度というものが有ります。当たり所がわるければ、最悪死んでしまう事だってあるんですよ。」

 ノゾミの表情は真剣そのもので、顔は少し赤くなっていた。ヨウは何かを言い返そうと思ったが言葉が出ず、ただ涙が出そうになっていた。

「大丈夫だよ、ノゾミッチ。ちゃんと受け身も取ったし頭も打ってないしさ。」

ノゾミがヨウを咎めたくなる気持ちは何となく分かる。中学時代にも似たようなことが起きた。しかし、こんなことで友情に亀裂が生じてしまうのがトモエには耐えられなかった。

「そもそも、先に仕掛けたのは私なわけだし。」

「そういう話じゃないです。私はもしもの事を言ってるのです。」

 トモエが自分の非を認めなだめようとしても、ノゾミの怒りは収まりそうになかった。そんなノゾミの態度にヨウは困惑しつつも、彼女の言葉を受け入れ下唇を噛み涙目になる。

「ゴメン。」

 彼女もまた、平穏なこの世界で出会った二人との関係を断ちたくはなかった。例え今日、世界が終わるとしても。

少し大袈裟だが他人の事を思いやれるノゾミ、いたずらっ子で少しムカつく事もあるけど場の雰囲気を明るく照らしてくれるトモエ。彼女にとってこの二人は、兄と離され一人になりかけていた彼女にに貴方は一人じゃないよと手を差し向けた。クラスメイトであり同じ部活の仲間であり親友と呼べる存在だった。

「はぁ。」

 ようやくその言葉を聞けた事に、安堵のため息をこぼしたのはノゾミだった。彼女もまた、二人の事を思っており関係を切ろうとは微塵も思っていなかったのである。

「でも、以後気を付けて下さいね。さもないと・・・」

「さもないと・・・」

  ノゾミは腕を組み、白い眼差しをヨウを下から覗き込む様に向ける。ヨウは、その視線に押されるかのように背伸びをし後ろにのけぞる。

「今度は、私がぶん殴ります。」

「は?」

「ぷっははははは。」

 トモエは、そんなノゾミの発言やヨウの表情に堪えきれず吹き出し唾を飛ばしながら笑った。

「笑いどころじゃないですよ、トモエさん。あなたも反省してください。」

 ノゾミはトモエの方に向き直し今度は目を細めながら不敵な笑みを浮かべ諭すように言葉を放つ。

「はい!ぷっははははは。」

 ノゾミの言葉に元気よく返事するも、ツボに入ったらしくすぐさま笑い出してしまう。

「ちょっと、トモエ笑いすぎ。ぷっはははは。」

 トモエにつられてヨウも笑い出した。ヨウは滲み出ていた涙を右手で拭いながら左手をお腹に当てながら笑った。それにつられるかのようにトモエの声量も増しお腹を抱えていた。

「ちょっと、お二人とも笑いすぎですよ。」

 二人の笑う態度に、ノゾミはなぜか照れたような表情であわあわと困惑していた。

「ゴメン。ちょっとタンマ。ハハッハハハ」

 堪えようとするが何故かトモエの笑いは止まらない。それはただツボに入っただけではなく、緊張した雰囲気から一気に転じた事からの反動というのも起因してるのかもしれない。

「フフフ。」

 ノゾミもトモエにつられ笑いはじめ、三人は意味もなく腹を抱えて笑っていた。

そしてふとヨウは笑いながら空を見上げる。

〈まだ時間はあるはずだし、今を楽しまなくちゃ。あと、お兄ちゃんとも仲直りしなくちゃ。世界を救ってもらうためにもね。〉

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