終わりの予兆④ 彼女と妹

黒い長髪の少女は、ソワソワしていた。今日はなんだか眠りが浅かったように感じる。地の世界の全生命は深夜0時に必ず光の夢を見るのだが、実際の睡眠時間や質は人それぞれである。そして、カナの場合眠りが浅くなった理由は明白だった。

〈はぁ、やっぱり駄目ね。今どんな顔をしているのかしら。〉

カナの顔は少し赤くなっていた。朝から心臓の音がうるさい。日の当たらないこの世界でも夏は気温があがるのだが、どうやらそれが理由ではないらしい。

〈はぁ、物事を進めてくというのは、何でも大変なことなのね〉

いつも会う人なのに、恋人になるってだけでこんなに違うものなんだと、自分でも驚く。普段は学校で会う彼。でも今日は何だか早く起きてしまって、今、彼の家の前に居る。そして、インターホンを押す勇気も出ず、門扉のまえで立ち止まっては塀に沿って右往左往し、また門扉の前で立ち止まるというのを繰り返している。そして、身につけている腕時計に目をやる。そろそろ、シュウが家から出てきてもおかしくない時間だ。

 そして、門扉奥の階段先の玄関の扉が開く。そこに現れたのは黒と白髪の少年ではなく、創作物で見る青い空のような青い長髪の少女だった。青い長髪の少女は、黒い長髪の少女に一旦目を向けた後、何かを感じたように空を見上げる。

「そう、今日なのね。」

黒長髪の少女は、その立ち姿に神々しさを感じ取り、不思議そうな目で見つめていた。ふと青長髪の少女は、 視線を黒い髪の少女に移す。

「何しに来たのかしら?」

「別に、彼氏に会いに来ただけよ。」

ヨウの言葉には怒りのような感情がこもっていた。その表情は今まであった可愛気は無かった。

カナは、自分がヨウに嫌われていることは薄々感じ取っていた。入学式から数日後、シュウとカナが何故野球部に居るのか、何故ヨウに水泳を続けるように勧めたのかの説明はした。それでも和解には至らなかった。その理由も、カナには想像がついていた。なぜなら、同じ部活にいる間も同じ高校に通うことになってからもシュウに対するヨウの視線は兄妹のそれとは別のものの様に感じていたからだ。

だが、今のヨウは今までとは別の雰囲気が漂っているように感じる。まるで冷酷な女王のような雰囲気を。

ヨウは、階段をおり門扉を開く。ヨウとカナの身長はおおよそ同じぐらいだが、段差がある分ヨウの方が若干目線が高い。カナの顔はヨウより小顔で透き通っている。髪は背中にかかり、身に着けてるのは制服。黒のブレザーにミニスカートその下はくるぶしまでかかる黒のスパッツ。両手に持っているスクールバックを除けば、どっかの貴族令嬢の様な佇まいだ。ヨウはそんなカナの容姿をいまさら気にすることもなかった。ヨウが気にしているのは、彼女がスクールバッグの前に持っている本だった。

【世界創造物語】ヨウとシュウの父である進堂ケンが執筆しているライトノベル作品。ファンタジー要素が多く現実離れしている作品だ。しかし、進堂ケンは世界の探求者としての認知度が高い。多くの遺跡を探検し世界で初めて雲の上の情報を入手し学会で発表するなど様々な功績を残している。その探検の成果として発表されたのがこの物語である。故に、この本は只のファンタジー小説という一面だけでなく、一つの神話のような歴史書のような一面を合わせ持っているとして多くの人たちの話題になり地の界全体に広まり最も売れた書籍となった。

ヨウは、門扉を静かに閉じ、やや俯きながら足早にカナとすれ違う。そしてすれ違いざまに呟く。

「そこに書かれていることは真実よ。」

「えっ?」

余りにも唐突に告げられたので、黒長髪の少女の思考が一瞬停止した。カナがもった、この本に対しての感想はよくあるファンタジー作品といった感じだ。

「それは、どういう。」

黒長髪の少女は青髪の少女を追うように振りかえる。しかし、青長髪の少女はもう声の届かない位置へと進んでいっていた。

 黒と白髪の少年は、呆然と立ち尽くす黒髪の少女を門扉の前で見つめていた。

「何してるんだカナ?」

「ちょっと考え事。」

黒髪の少女は、声の主が誰なのかも気にせず、条件反射的に心ここにあらずというような感じで返した。その後、声のした方向へ一応振り返る。そこには、キョトンとした顔の先日付き合う事になった男がいた。

「シュっシュウ⁉いつからそこに?。」

少女は、驚きからか恥ずかしさからか、焦りからか、緊張からか、顔を合わせた瞬間に視線を外すかの様に俯き声を裏返しながら顔を赤らめる。

「え、今さっき。」

シュウは、彼女の反応にどう接していいか分からなかった。付き合う前も長い間一緒に居たがいつも冷静沈着そのものだった。こんなに慌てふためく彼女を見るのは初めてだった。

「そ、そう」

そう返すと、彼女は一旦深めに呼吸をし冷静さを取り戻そうとする。

「別に?少し早く起きたからちょっと寄り道しただけよ。」

「あっそう。」

黒髪と白髪の少年は、とりあえず彼女の言い分を飲み込む事にした。

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