終わりの予兆② 拭えない記憶

『さぁ、この回しのげば、初の甲子園出場となります、都立高森高等学校。最終回もいよいよ大詰め。得意の超剛速球が持ち味のエースにそのマウンドを託します』

陽はないが、それでも暑く熱せられたマウンド。この回をしのげば甲子園。高揚感を抑える為、帽子のつばに手をやりながら呼吸を整え捕手を見つめる。

『そして、相対するのは同じくエースナンバーを背負った投手。天才!西城ショウ。両者睨みあいます。』

 ワインドアップ。シュウは頭の上でボールを構え、大きく振りかぶる。

『さぁ、第一球投げた。インコースに直球。なんと、ここでも新記録更新156km/hここにきて、さらにギアを上げてきた!』

 放たれたボールは勢いをつけ、唸りをあげながら、キャッチャーミットに収まった。シュウは、キャッチャーからの送球を受け取り、帽子に手をやる。

〈ここをしのげば、甲子園。そして、今度こそ。カナに。〉

 シュウの気持ちが昂る。心臓の音が、どくどく聞こえる。

 ここまでの得点は、1―0。今季のダークホースとなった高森高校に訪れた最後の試練。甲子園常連の強豪・成目高等学校。甲子園の向けた最終戦相手に何とか点をもぎ取ったのが、最終回表。四番のコウがツーベースヒットを打ち、続く五番六番が打ち取られるも、七番で打席にたったシュウがタイムリーヒットを放った。

 その裏、一打席目は詰まらせ打ちとったが二打席目で、力んでしまい一安打。後続を何とか打ち取るも、次に打席に立ったのはシュウと同じエースナンバーを持つ天才西城ショウ。この試合シュウ率いる成目高校はこの試合投手としての彼に多様な変化球とシュウには及ばないまでの速球に翻弄されていた。それだけではない。打者としてのショウはシュウの速球に何度もタイミングを合わせ、幾度となく出塁を果たしている。

『さぁ、第二球。少し力が入ったか、これはボールです』

 高まる緊張感と高揚感に当てられたのか力みながら放たれたシュウの放ったボールはストライクゾーンを多く外れた。

〈なにをしている、集中しろシュウ。〉

 正面で構える、シュウの相棒はそう念じながらボールを送り返す。ピッチャーに向けられるのは、威圧を交えた打者からの鋭い眼差し。味方である捕手の思いより先に緊張が押し寄せ胸が高まる。焦りからか、それとも投手としての本能かシュウはワインドアップを選択した。

『おっと、ピッチャーランナー気にせず、思いっきり投げた。』

〈なめるな。〉

最後の甲子園へ、天才球児のバットがひとつ下の若造のボールを捉えた。放たれた打球は勢いよく放物線を描く。

シュウは、その行く末を見守る。

『おっと、打球はきれた。惜しくもファールです。ただ、この一球凄まじい衝撃を投手に植え付けたのではないでしょうか。』

〈っぶねー、さすが天才。そうやすやすリタイアしてくれないか。てか、コース甘かったんじゃないか。落ち着けよシュウ。〉

〈いってー。まだ痺れるぜ。タイミングは完璧。あとは、精度だけだな。〉

 捕手であるゴウは自身の相棒の心配をし、強烈な一打を放った天才は自身手とバットに目をやる。

シュウと、ショウ。名の似ている二人のエースの闘志に、より一層強い火が灯る。

『カウント、1ボール2ストライク。ここで抑えて初の甲子園出場となるか、高森高校。それとも、ここで打って5年連続の甲子園出場となるか成目高校』

 捕手のサイン。球種はチェンジアップ。シュウの直球に目を均しているだろう、打者の意表を突こうとする相棒の意図をシュウは汲み取り冷静になる。

 シュウの直球とチェンジアップの球速差は約50㎞/hでやや下方に落ちる。

〈やべぇ。〉

放たれたボールの緩急に惑わされ、天才は体制を崩す。しかし何とか崩れる体制を抑え込みギリギリでボールをかすめる。

「ファール」

〈くそう。仕留められなかった。どうする。シュウの球種は直球とチェンジアップの二つだけ。〉

ゴウは思考する。天才を打ち取る策を。悩みながら前を向く。そしてみる、我が校のエース、相棒の姿を。そのまるで戦いに飢えた獣様な鋭い目を。

シュウはこの時、飢えていた。チェンジアップはその独特な握り方からボールへの手ごたえが少なくなる。その反動か、何としても抑えるという熱き闘志がたぎりだす。

この時冷静な捕手は間を取ることに専念したのかもしれない。しかしゴウ、その鋭い眼差しにやられてしまった。捕手はストレートのサインを出し構える。対する投手の眼差しはより鋭さを増す。サインを受け高まる気持ちが抑えられず目の前の獲物を狩る事のみに注力した若きエースは、そのまま頭上へとボールを構える。

〈これで仕留める〉

彼の闘志に答えるかのように、会場全体が昂る。その闘志を、天才も感じ取っていた。

『さぁ、ここで決められるか?投げた。』

放たれたボールにその闘志が宿りストライクゾーンど真ん中、ミットの中心へ向かっていく。しかしその白球はミットに収まる事なく、スコアボードへと届く打球となった。

 投げた投手は、ボールを目で追うこともなくその場で崩れた。虚しくもそのボールは自己最高速度を超えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る