エンディング……?

「ん? この扉は何かしら?」

 結婚式の後、嬉し恥ずかし初夜を終え、さらに10日間の蜜月を過ごした二人だが、日常は待ってはくれない。

 領地経営のノウハウをさらに学ぶため、その道の専門家の元に向かったグリッドを見送ったアリスティアは、庭で摘んだ美しい花をグリッドの部屋に飾るため、彼の部屋に入った。

 いつもと変わらない、綺麗に整えられた部屋。

「あら?」

 あらかじめ決めていた場所に花を飾り、部屋を出ようとしたところで、アリスティアは違和感に足を止める。

 そこには、見たこともない、普通の扉の半分ほどの高さしかない、小さな小さな扉があった。

「確か、ここには大きなチェストがあったはずよね?」

 首を傾げ、近づくと、そっとその扉に触れてみる。

 すると、ノブをまわしたわけでもないのにその扉はゆっくりと開いた。

 まるで、アリスティアを誘っているようだ。

 良くない。

 そう思いつつも好奇心に勝つことが出来ず、アリスティアはごくりと喉を鳴らすと、意を決して扉の前で四つん這いになり、扉の中に体を進めた。

「……っ!」

 アリスティアは絶句した。

 そこには、今までアリスティアが作ってプレゼントしてきた手芸作品はもちろんの事、羊毛フェルトでできているらしいアリスティア人形(等身大)が、デビュタントで来た白いドレスを着て微笑んでいる。

 それ以外にも、デフォルメされたアリスティア(ぬいぐるみと羊毛フェルトの二種類あるよ!)が部屋の中央にある長ソファににこにこと微笑みながら鎮座しているのだ。

「……なんでこんなものが……肖像画もこんなに……」

 長ソファの背の後ろに立ったアリスティアは、さらに絶句した。

 ソファに座った時に正面になる壁には、大小さまざま、出会った頃からつい先日の結婚式……の翌日だろうか、見慣れた寝台で眠るアリスティアの姿が描かれ、所狭しと飾られているのだ。

 さらに恐ろしいことに、ソファの位置に立てば、なぜかすべての肖像画の自分と目が合うのだ。

 明らかにそれを意図して飾られているとしか思えない。

 狂気の沙汰とはこのことだ。

「……これは……リード様が?」

 あんまりにとんでもない秘密を見つけてしまった衝撃に、まさにガクブルッとなってしまったアリスティア。

 そんな彼女に伸びる腕が二本。

「あぁ、見つけてしまったんだね、アリス」

「グリ……ッ!」

 呆然と立ち尽くしていたアリスティアを後ろから優しく抱きしめる長い腕の左の薬指には、先程出かけたはずの夫に渡した結婚指輪が嵌っていて、誰の腕だが一目瞭然だ。

「リード様、出かけたのでは!? いえ、その前に、この部屋は一体何事ですか!?」

 悲鳴のような声で問われたリードは、そんな切迫した空気など察することなく、甘い甘い声で答える。

「ここは、私の、世界一大切で世界一愛しているアリスとずっと一緒にいるための秘密の花園」

(まって、ちょっと待って、情報過多―!)

 と叫びたかったのに、得体のしれぬ恐怖に支配されたアリスティアの喉から漏れたのは一言だけ。

「……え?」

 そんなアリスティアの体を、グリッドは愛おしそうに抱きしめる。

「いま、アリスは僕の腕の中にいてくれるけれど、結婚するまでは違っただろう? ずっとずっと、初めてであったころから僕は君に恋い焦がれていたんだ。そう、美しいスチルの中の君に。ようやくこうして触れ合えるようになったのに、まだ結婚していないからと、アリスと離れさせられ、一人で過ごす時間は、ただひたすらに絶望しかなかった。世界を破滅させたくなるくらい苦しくて辛い時間だったんだ」

「……待って、今、スチル……って……」

「本当に辛かった。画面の向こうでしか会えない時よりはましだけれど、会ってしまえば離れがたくて、本当に苦しかったんだ」

 だからね、と言いながら。

 くるっと、アリスは体を半回転させられ、うっとりとした顔で微笑むグリッドと正面で向かい合う形になった。

「僕はね、アリスをずっと感じられるように部屋を作ったんだ。そうでもしないと本当に狂ってしまいそうだったから……」

(いやいや、この部屋を作っているだけで、十分狂ってると思いますけどね!?)

 なんて。

 グリッドの笑顔が怖すぎて言えなくなってしまったアリスティアを、彼は大切な宝物に傷つけないようにと配慮しながらもぎゅうぎゅうと抱き締めた。

「アリス。僕はずっと、君だけを愛していたんだ。そして君はそんな僕に同じだけの愛を返してくれた。こんな僕でも愛してくれるなんて、僕は幸せだよ」

 そっとそっと、耳元で甘く囁く。

「これから先、永遠に、幸せになろうね。」

(いえ! こんな貴方だなんて知りませんでした! もしかして私の死後番外編でも出ていたの!? リード様のクーデレ設定、本当にどこにいっちゃったの!? これ、ヤンデレでしょう!)

 と頭の中で激しくパニックになりながら、それでも本当に嬉しそうに微笑むグリッド推しの笑顔を見たアリスティアは、小さく息を吐くと、決心を固め、そっと背中に腕を回した。

「えぇ、はい。……けれど、結婚したのだから、これ以上はお手柔らかに……それと、結婚したのだから、この部屋の物は全部捨てていいのよね?」

 聞けば、グリッドが蕩けるような笑顔で首を振る。

「え、それは拒否していいかなぁ? だって、皆、全部、本当に大切なものなんだ」

 そのまま、アリスティアの肩に顔を埋めたグリッドは、そうと知れぬようににたりと笑って呟いた。



「僕が闇落ちしてSSRバッドエンドしなかったのは、これらのお陰だからね」




*** アリスティア編 SSR ハッピーエンド ***


→To Be グリッド‘s Side

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