第5話

 さて、今回のお話は ハートフル『ぼっこ』ストーリーの『ぼっこ』の部分です。

 R15? かも? しれません? そして胸糞かもしれません! というか、何処から出てきたその設定! と作者をぶん殴りたくなるかもしれません。が、お気楽ゆるふわストーリーなので、どうかご笑覧ください!(胸糞だったらごめんなさい。)


 *****


「アリスティア! アリスティア・ハートランド! 出てきなさいよ、この泥棒猫!」


 戸惑いながらも、今まで通りの穏やかな日常で、そんなテンプレートな罵声を聞くことになったのは、学園に入学してからひと月が経とうとした事である。

 下校時間を狙ってきたのだろう。

 国内から集まった非常に優秀な生徒達が、勉学も終わり帰宅するために行き交う学園の校門(の外側)に、それはそれは見事な夢かわフリフリボリュームたっぷりプリンセスドレスを身に着け、さらに少しくすんだ金の髪を縦巻きツインドリルにし、ドレスと同じ色で、フリルもたっぷりな大きなリボンを飾ったド派手な令嬢が、なぜか仁王立ちをし、お取り巻きの令息たちを連れ大きな声を張り上げていたのだ。

(あれがヒロイン……え? ヒロイン?! 清楚キャラはどこに行ってしまったの?)

 他の生徒同様、グリッドと共に自宅へ帰るために校門の前を通り、馬車置き場に向かっていたアリスティアも、流石にその令嬢と叫び声に気づいたのだが、……彼女のいでたちに、行儀が悪いと解りつつ、つい二度見してしまった。

(なんて残念な格好なの? スチルではもっとこう、清楚で可愛らしい印象だったのに……)

 と、考えている横から、彼女はさらに声を張り上げる。

「アリスティア! 早く出てきなさい! そしてグリッド様を渡しなさい!」

 ずきんと、胸が痛む。

 その言葉で、彼女がグリッド狙いでここにやって来たのが解った。

(……あんなヒロインに、私はリード様を奪われてしまうの……?)

 ぎゅうっと胸の辺りを押さえると、ふわっとアリスティアの肩に温かい手が触れた。

「アリス、あんな汚物、見なくていいし聞かなくていい。可愛いアリスが穢れてしまう」

「リード様」

「第一王子殿下までいるじゃないか……あんな汚物に傅くなんて、馬鹿としか言いようがないな」

 グリッドの言葉にそっと彼女のお取り巻きを見れば、それは全員攻略対象で、もちろん第一王子殿下もいた。

(……入学もしていないのに攻略対象が全員彼女の傍にいる……しかも全員、目がまともじゃない……)

 絶対、課金チートアイテムを使ったな? と、明らかに異様とわかる、うっとりとした目でヒロインを見つめる表情の取り巻き達に囲まれ、自信満々にアリスティアの名前を連呼する令嬢に、グリッドは舌打ちをした。

「あんなのの側近にならなくてよかったよ……しかしあの汚物、親の目を盗んでここまで来たか。もう一度、あの家には厳重抗議する必要があるな……いや、もう刺客を放とうか……」

 不穏な言葉を吐きながら、彼女からアリスティアを隠すようにしたグリッドに気付いたツインドリルの令嬢は、門番に遮られ、学園の敷地内に入れないのか、校門の外から大きな声を上げた。

「見つけたわよ、この泥棒猫! わたしからグリッド様を奪うなんて! そもそもなんでアンタがここに入学しているのよっ! 何のとりえもないモブ令嬢の癖に、いったいどんな不正したのかしらっ!?」

「……聞くに堪えないな。けれど、僕の最愛の人を馬鹿にされるのは心外だ。アリス、耳をふさいで僕の後ろにいて。いいね」

 つないでいた手を離し、にっこりと笑ってそうアリスティアに言い聞かせたグリッドだが、完全に目が笑っていないことに気が付いた。

(あ、この目はスチルの中にあった、リード様闇落ちSRバッドエンドへの片道切符の顔! 駄目だわ)

「だ、大丈夫です。気にせず馬車へいきましょう?」

「そうしたいけれど、僕のアリスの名前を出して侮辱された以上は放ってはおけない。さ、ちゃんと耳をふさいで、僕の後ろに隠れておくんだよ?」

 キーキーと金切り声をあげる令嬢の声を背後に聞きながら、穏やかに冷静にアリスティアにそう言い聞かせたグリッドは、自分の上着を脱いでアリスティアの頭からかぶせると、ヒロインの方を向いた。

「君は相変わらず残念な人間のようだ。王家ですら介入できないこの学園の入学試験で、一侯爵令嬢の彼女が不正入学など出来るわけないじゃないか。そもそも、こんな往来の場でそんなことを大きな声で言っているけれど、君はこの学園を侮辱しているのか? 賢人として名高い王弟殿下の建てられたこの学園を」

「え!? あ! あ! そんな、グリッド様じゃないですかぁ!」

 グリッドの声を聞き、彼を認識したヒロインの声が瞬時に、数オクターブ高くなり、鼻にかかったものの喋り方に変わる。

「そんなところにいないで、私と一緒にいてください~。アリスティアにいじめられて、困っているんです~」

「アリスはそんなことはしない。そもそもアリスは君の顔を知らないし、時間を無益に過ごしている君と違って、こうして学園に通い、そのほかの時間では公爵家から派遣された家庭教師の元で厳しい教育を受けている。くだらない虚言で彼女を侮辱するのはやめるんだ」

「そ、そんなことありませんわ! そもそも、私が落ちて、その女が受かっていること自体、おかしいんですぅ」

「アリスが学園に合格したことについては、何一つおかしくない。アリスは幼いころからレオンハート公爵夫人となるべく、当家が手配した一流の家庭教師の元で自己研鑽し、その結果、語学は堪能で成績も優秀だ。今回の入学試験だって、僕に次いで次席で入学している。もう一度言おう、アリスは優秀だ。それから、聞いているよ。君が学園に入学できなかったのは、受験で自分の名前の綴りすら間違っていたからだそうじゃないか」

「なっ!」

 グリッドの言葉に、真っ赤な顔をしたヒロインは、それは違う、嘘だ、嵌められたと叫んでいるが、周りの人間もあまりの衝撃にただ絶句するしかなかった。

「え? 自分の名前を間違った……?」

 ボソとつぶやいた男子生徒の言葉に、グリッドがさも面白そうに(かなり意地が悪い顔で)頷いた。

「なんでも、annのところをamって書いたらしい。それもすべての解答用紙で、だ。父君が泣いていらしたよ、初等科の子供でも自分の名前は間違わないのに、と」

「いやぁぁぁぁぁ! それ以上は言わないでぇぇぇ!」

 2人のやり取りを聞き、流石に恥ずかしかったのか、悲鳴をあげてその場にしゃがみこむと、やだやだだって私は悪くない、と奇声をあげる。

 そんなヒロインの姿を見、アリスティアはこの世界の大本である乙女ゲームを思い出し、首を傾げるしかできない。

(そ、それは恥ずかしい……そもそも国一番の才女っていう設定はどこに行ってしまったの……?)

 彼女のはた迷惑な行動に絶句するアリス以下周囲の人間たち。

 散々わめいていたが、身目麗しい攻略対象達に慰められてメンタルを立て直したのか、再び仁王立ちになると、アリスティアの方を睨みつける。

「モブの分際でヒロインの私を馬鹿にするなんて絶対に許せない! そこのモブ泥棒猫、全部お前のせいよっ!」

 目をひん剥き、鼻の穴を開いて。令嬢とは思えない形相を曝しながら、ヒロインはグリッドの後ろに隠れていたアリスティアを扇で指し示すと野太い声を張り上げた。

「いい! その場所は私の場所! 手に入れたアイテムのお陰で、逆ハーエンドまであと一歩なんだからっ! 後はグリッド様! グリッド様さえ私と恋に落ちてくだされば、SSRハッピーエンディングまっしぐらなんだからっ!」

(……え?)

 その言葉に、私は息を呑んだ。

(SSRハッピーエンディング? グリッド様だけでなく、全員!? 逆ハーまであと一歩……ってことは、つまり攻略対象10人全員、課金アイテムを使って落としたって事? 全員の好感度を入学前に上げてしまっているとか、ガッツある……。いえ、でも確かそのエンドって……)

 彼女の言葉から思い出されるのは、『SSRハッピーエンディング』と言われるエンディングの裏の顔。

 それは、99%が可愛らしいスチルに音楽、人気若手声優によるフルボイスのついた甘々溺愛を夢見る乙女の為の世界設定にもかかわらず、残り1%のせいですべてが覆り、ファンや評論家からハートフル(ぼっこ)乙女ゲームと言われる所以。

「グリッド様! どうぞ、私の手を取ってください!」

「僕にはアリスがいる」

「そんなこと言わずに、さぁ!」

「下さない妄想につき合い切れないな」

「……なんですってえっ!」

 ――ベキィ

 何度誘っても端的に断られるヒロインは、扇をへし折ると悲鳴をあげるように叫んだ。

「もうっ! もう、なんでよっ! なんなのよっ! 少しかっこいいからっていい気にならないで! 本当ならあんたなんかいらないわよ! あんたなんかいなくても、私の逆ハーレムはもう完成してるんだから! でも、SSRハッピーエんディングのために、仕方なく相手してやるって言ってるの!」

(このままでは……)

 短絡的にそう叫んだヒロインに、アリスティアが叫ぶ。

「だ、駄目です! あの、リード様の事はあきらめてお帰りください、今ならまだ間に合いますから。リード様も、帰りましょう! 私は大丈夫ですから」

「アリスをここまで侮辱されて黙って引き下がるなんてできるわけがない」

「ひけるわけないでしょう! アタシが! アタシこそが! この世界の唯一のヒロインなんだから! みんなに愛されるのは私だけなんだからっ! だから! グリッド・レオンハート! 私と付き合いなさい! さぁ、頷きなさいよぉぉぉ!」

 ヒロインの叫びに返されるのは、グリッドの冷たい冷たい声。

「お前みたいな自己中心的な女を、僕が好きになるはずがない。絶対にお断りだ」

 それは明確な、拒絶の言葉。

(SSRバッドエンド……っ)




 ――ピシリッ。




「「「え?!」」」

 彼女の叫びが終わったと同時に周囲に広がったガラスが割れたような音に、皆は周囲を見渡した。

 そして気がつく。

 澄み渡る青空に、何故か大きく亀裂が入ったこと。

 そしてその隙間から、禍々しい、恐ろしいとしか表現できない奇妙な腕が、と伸びている事。

(――これが、SSRバッドエンド……!)

 スチルで見たことはあっても、実際に見ることはないと思ったあの光景。

 アリスティアはこれから起こる現実に、身を震わせる。

(これから起こるのは、トラウマの終焉……っ!)

 最初に言ったとおり、このゲームはハートフル(ぼっこ)ゲーム。

 SSRという、甘くて最高のエンディングは、プレイヤーに『ここからはちょっと大人の事情で全年齢対象ゲームには収載出来ないよ? だから大人のお友達だけは、ここから見てね♪』的、R-18認証必須のフルボイス、ドロドロ泥沼溺愛ストーリーが見られるご褒美サイトへと誘われる。

 それはまさに至高のご褒美なわけだが、そのルートに入った時点で、恐怖の監視が始まるのだ。

 それは、SSRハッピーエンドに向かう中、何処かで一度でも選択を間違え、攻略対象の好感度を少しでも下げてしまったプレイヤーに訪れる最悪の結末。



『ようこそ、我が花嫁よ。心から歓迎する。さぁ、その身を我に捧げよ』


(――魔王召喚破滅エンド……)



 地を揺らし、吹き出すマグマを思わせる、心の底からの恐怖に生きる気力を焼き尽くされてしまいそうな、絶望。

「ひっ! ま、まさかっ!」

 ようやくその事に気づいたらしいローズマリーアン公爵令嬢は、目を見開き、涙を浮かべ、悲痛な叫びをあげる。

「い、いや……そんな、そんなっ! 私は、私は間違ってないわ! あの女、あの女がいけないのっ! 連れてくならあの女……をっ」

 迫りくる腕から逃げようとして、けれど足が動かずへたり込んでしまったローズマリーアン公爵令嬢は、あっという間にその大きな手に捕まり、そして次の瞬間、力強く握り締められた。

「……っ!」

 声を上げる暇もなかっただろう。

 何かがへしゃげ、つぶれる音と大きな指の隙間から滴り落ちる赤いそれを見れば、彼女の身に何があったのか、想像はたやすい。



『悪しき心、悪しき魂……あぁ、久方ぶりに良い生贄であった。ククク……ハーハハハハハハッ!』



 世界を震わせる高らかな笑い声と共に、握られたままの手は割れ目の中に消え、空に入った亀裂も消えて。

 綺麗な青空と、小鳥たちの鳴き声。

 急速に日常に戻ったように思えるが、呆然とする私たちの視界の先の赤い水たまりだけが、先程の出来事が、夢ではないことを証明していた。


 ------ +*+ ------


「流石、ハートフル(ぼっこ)ゲーム……」

「ん? 何か言った?」

「いいえ、何も言っていませんわ」

「そう? 針の手が止まっているから」

「どこから針を出そうか悩んでいたのです」

 レオンハート公爵家のガゼボで、心配げに顔を曇らせるグリッドに対し、アリスティアは笑顔でそう答えると、再び手を動かし始めた。

 あの後の事は、よく覚えていない。

 ただ王宮からやって来た王宮騎士団と魔術師団の人間が、そこにいた生徒たちを全員呼び集め、今回の事は決して口外するなと言い、それを誓えとの王命によって契約を結ばされた。

 ゆえに、あの場にいた者達は、あれは悪い夢だったと思い出したとしても、口に出すことは出来なかった。

 そうして訪れた、今までと変わらぬ日常。

 ただ一人、この世界から消えてしまったローズマリーアン公爵令嬢の事は、あの場にいた人間以外は誰一人としてその存在がいたことを、娘を溺愛していたローズマリーアン公爵夫妻に関してもそれは同じで、姉であるフレンディルの言うままに虐げていたはず彼女の妹を、以前のフレンディル嬢のようにかわいがり、王太子妃にするべく茶会や夜会に連れ歩いている。

 その様子に、何も変わらないのだ思った。

 しかしただ一度。両親に連れ歩かれる彼女がほんの一瞬、ひどく冷めた目でご両親を見ていたように見えた。

 その真意を知る事は出来ないが、それを気にしている肉体的、精神的余裕がアリスティアにはなかった。

 何故ならば。

「ねぇ、アリス」

「どうかしましたか?」

「そろそろ休憩しよう」

「えぇ。私もそうしたいと思っていたところです」

 刺繍する手を止めたアリスティアは、近づいてきた侍女にそれを渡す。

 最高級の細い細い白のシルクリボンを使い図案を丁寧に刺し、その上にさらにキラキラと輝く宝石のビーズを、絹糸で縫い留めている最中の美しいベール。

 それは、手放しにアリスティアの手芸の才能を褒め、愛した続けたグリッドの元に嫁ぐ覚悟を決めた日に作ろうと決めた特別な花嫁のベールだ。

 あと半年後に控えた結婚式に向け、アリスティアは毎日必死に手を動かし続けている。

 本来であれば腕のいい職人を雇い、デザイン画を渡して仕上がりを待てばよかったのだろうが、彼女ははどうしても自分の手で仕上げたかった。

 裾に広がるたくさんの小さな薔薇は、二人が初めて出会ったあの日の庭をデザインしてある。

 彼と共に人生を歩く。その決意の表れなのだ。

「いままでで一番の大作だね。素敵なベールになりそうだね」

「えぇ、もちろんよ。大切なベールだもの」

 少しずつ刺繍の広がるベールを眺め、嬉しそうに話すグリッドに、アリスティアも自然に笑顔がこぼれる。

「半年後が楽しみだ。この先もずっと、アリスと一緒に居られるんだから」

「私も同じ気持ちですよ」

 そっと、重なり合うだけの口づけをした二人は、いつものようにお茶をする。


 乙女ゲームのモブ令嬢だったはずのアリスティアは、こうして幸せを掴んだのだった。



アリスティア編・Fin

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