第2話

(儀礼的な婚約者の交流とは……?)

 と、アリスティアが首を傾げるのはしょうがない。

「アリスティア、この布を縫い合わせたものは何だい?」

 と、綺麗な顔、綺麗な声で自分に問いかけてくるのは、自分の最愛の推しであるグリッド・レオンハート(幼少期)で、現在、アリスティアはその相手をしている。

 婚約締結のお茶会が終われば、月に一度と決められた定例お茶会で顔を合わせるだけ。その時は心から推しを愛でようと思っていたのだが、何故かあれ以降、長く空いても十日に一度、短い時は連日のように、母であるレオンハート公爵夫人と共にアリスティアの生家であるハートランド侯爵家を訪れるのである。

 そして本日も、母親と一緒に訪れたグリッドは、アリスティアの作品が見たい、と可愛らしくおねだりをし、まんまとアリスティアの私室に入り込んでいた。

 もちろん二人きりではなく、両家の母親が一緒ではあるのだが、お茶をしている母親と離れた場所で話をしているので、実質二人きりとほぼ同義。

 なぜこうなった? と内心何度も首を傾げながら、アリスティアはグリッドの指さすものを手に取った。

「これはキルトと言います。ドレスや服を作った時に出る端切れをもったいなく思い、有効活用するために考案したものです」

 グリッドが興味を持ったそれは、アリスティアの説明通り、たくさんの端切れをつなぎ合わせて作った、アリスティア特製のひざ掛けだ。

 ハートランド侯爵領は羊毛、養蚕が盛んで、そこから製糸、縫製を行う会社があり(前世のようなオートメーションの工場ではなく、前時代よろしく全て一人一人の手作業だが)その建物から出るたくさんの小さな端切れや少し大きめの切れ端を見学の度にもったいないと持ち帰っては、前世の記憶をたどりながら多種多様な作品を作っているのだ。

 前世、ベッドの上でやる事がなかったから仕方なくやっていたと思っていたが、あれは自分の大好きな趣味だったらしいと、死んでから気付いたところである。

「あぁ、これは中に羊毛を仕込んでいるんだね。暖かくて素敵なひざ掛けだ。ではこれは?」

 パステルカラーの世界にあって、原色の布を使った斬新なデザインの鞄を指さしたグリッドに、アリスティアはそれを手渡す。

「これはモラと言います。何枚かの布を合わせて、デザインに合わせてこうして鋏で切り込みを入れて、布を折り込んで糸で縫い付けていく手法なんです」

「なるほど、斬新な色合いとデザインだね。夜会や茶会に持っていけば人目を引きそうだ。じゃあこっちは?」

「これはクロスステッチ。こちらのハンカチにある一般的な刺繍と違って、こうして糸をクロスさせながら絵柄を作っていく刺繍です」

「このハンカチの家紋の刺繍は不思議な風合いで、しかし見事だ。なるほど……それじゃあ、これもそうなのかな?」

 クロスステッチが施されたハンカチの隣にある小さなテーブルクロスを指さすグリッドに、アリスティアは首を振る。

「いいえ。これは刺し子という手法の中のこぎん刺しといいます」

「なるほど、刺繍一つとってもこれだけたくさんのものがあるんだね。一つ一つ違いがあって、馬鹿にできないな。そしてそれを生み出すアリスティアの手はすごいな……君は何でも作れるんだね」

 作品を見、手に取り、ひとつ一つ丁寧に褒めてくれるグリッドに、アリスティアは嬉しくて微笑んだ。

「お褒め頂きありがとうございます」

「この間のクマも可愛らしかった。刺繍は無理でも、あれなら僕でもできるだろうか?」

「まぁ、興味を持ってくださいますの? よろしければお教えいたしますわ」

「本当に!? ありがとう、アリスティア!」

(可愛いものがお好きだものね。いずれ出会うヒロインに、作品を渡すことになるのね)

 少しばかり胸の痛みを感じながら、アリスティアは羊毛フェルトの道具を用意し、それからしばらく、グリッドの初作品になる猫……? 犬? が出来るまで、二人は仲睦まじく作業を行い、そんな二人の姿を少し離れたところから、両家の母親が微笑ましく見守っていた。

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