人魚と内緒話
ちかえ
うちの学校の人魚さん
うちの中学には『人魚さん』がいる。
とは言っても、本物の人魚ってわけじゃない。ただの同級生だ。声がとても美しいので『人魚』と言われている。
容姿も可愛らしいから男の子からも人気で、彼女と二人きりで話すと幸福になるとか寿命が伸びるとか言われている。
特にウィスパーボイスが魅力的らしい。女の子からは『わざとそんな事やって男子の気を引くなんて最低』なんて言われてる。でも、私はそんな悪感情は持ってない。そういうものを持つほど彼女を知らないというものあるけど。
まあ、寿命云々は完全にただの噂だろうけど、彼女と話して幸福になるなら私もあやかりたいとも思う。でも、女の子に効くのだろうか。噂は男子達が彼女に惚れてるからそう思うだけだろうし。きっと、これは男子達の思い込み。
でも、それが本当だったら、お友達だとしてもあやかれるのだろうか。いや、人魚さんもそんな打算で友達になってくる人なんかお断りなはず。だいたい、私、人魚さんの名前知らないし。確か名前も人魚というか海を連想させる名前だったはず。だから『人魚』なんてあだ名がついたのだろうか。
やっぱりそんな自分の名前も知らない人から打算で仲良くしようなんて言われても彼女が迷惑なだけだ。やめておこう。
そんな事を考えながら家に向かって通学路を歩く。
「ああ、もうっ!」
突然女の子の可愛い叫び声が聞こえてびっくりして立ち止まってしまった。誰だろうと思ったら、そこにいたのは例の『人魚さん』だった。
人魚さんが叫んでる? 私はびっくりして身を隠してしまった。別に悪い事なんかしていないのに。いや、盗み聞きは悪い事かもしれない。
「うわ、びっくりした。いきなり叫ぶなよ、
「だって大きな声出せないから男子にからかわれてるんじゃん。女子とも仲良くできないし」
「まあ、イライラするのは分かるけどさ、落ち着けよ」
一緒にいる男の子が人魚さん--なほさん。声だけじゃ漢字が分からない--をなだめている。状況からして、幼馴染君とかだろうか。
「それにしてもあんな大声。船乗り達、沈むどころかこぞって逃げてくだろ」
「あんたまでからかうー」
笑いまじりに幼馴染君が言った言葉に落ち込んだのか小さい声に戻ったなほさんが頭を抱えている。本当に小さい声だ。近くに隠れてなければ聞こえてなかったに違いない。
「別に逃げてくのはいい事だろ? きっとそうすれば女子たちの誤解もなくなるんだろうし」
「そうだけど……」
なほさんはぷくりと膨れている。
というか、男子、船乗り呼ばわりだ。人魚なんて言うから。いや、私も心の中で読んでたから同じか。
「ま、とにかく大きな声の練習するなら、オレも付き合うからオレん家でやろう」
「……そだね」
なほさんはまんざらでもない顔で幼馴染君の言葉に同意する。
それにしてもモテモテでいいな、と思っていた人魚さんにこんな悩みがあるなんて知らなかった。
あの小さな声は彼女のコンプレクスだったのだ。
勝手に『あやかりたいな』とか思った自分が恥ずかしくなる。
「……『くそ船乗り』マジで減りゃいいのに。いや、絶対に減らしてやる」
幼馴染君がぼそりと呟いた。小声だったからなほさんには聞こえなかったみたいで、きょとんとしている。何? という言葉に、なんでもねえよ、なんて返事してるし聞かせたくもないみたいだ。
そのまま二人は一緒に道を交差点をまっすぐ歩いて行った。私の通学路は右に曲がった道なのでこれ以上着いていくことは出来ない。
それになんか見ちゃいけないものを見た気がする。
結局『人魚さん』の幸福にあやかれるのは一人だけって事だ。むしろなほさんが絡め取られそうだけど。
別にこんな事を言いふらす気はない。だからこれは私の心だけにとどめることにした。
なんだか二人が微笑ましく感じて私はつい歩きながら小さく笑ってしまった。
人魚と内緒話 ちかえ @ChikaeK
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