後編

 離宮に戻った私は、この身に、そしてアーデルハイド様のみに起こった全てのことを理解し、離宮に来て初めて声を上げて泣いた。


 私のせいで、私がいたせいで。


 あんな噂の際で。


 アーデルハイド様は自死なさったのだ。


 私が、死に追いやってしまったのだ。


 私は泣いて、泣いて、頭が割れるほど痛くなるまで泣いて、胃の中の物を全て吐くまで泣いて。


 そうして、ようやく全てを飲み込んだ。


 私のこれからは、全てアーデルハイド様のために使うのだと決意した。


 側妃にさせられた私のそれからは、再び離宮に篭り、教育を叩き込まれ、新たに王太子夫妻から押し付けられた公務を行いながら、空いた時間を全て自己研鑽に費やした。


 罠に嵌められたアーデルハイド様の無念を晴らすため。


 その為に、アーデルハイド様の教育係だった方、王宮で仕えていた侍女を務めていた方々全員に頭を下げ、断られ、罵られても、額を床に擦りつけ、許しを請い、教えを乞うた。


 必死な私に、渋々ながらも私を受け入れてくれた人たち。 そんな人たちに感謝し、支えられながら、私は死に物狂いで、寝る間を惜しんで勉強をし、自分を磨いた。


 そんな私の努力を嘲笑うように王太子・王太子妃の公務じぶんたちのしごとをすべて私に押し付け、さらに見せつけるように離宮の庭を散策する2人に無駄な時間を割くこともせず、社交の場では『真実の愛と言っても結末はこのざまだ』と後ろ指をさされ、陰口をたたかれても、ただ淡々と執務をこなした。


 結果は実となり、私の元には書類仕事だけではなく、議会、外交の場に出ることも徐々にであるが増え始めた。


 王宮主催の夜会などこ公の場でも、王太子夫妻の横で、しっかりと顔をあげ、拙いふたりの代わりに社交を引き受け、微笑み続けた。


 そう、すべて、アーデルハイド様がそうしてきたように、だ。


 そうして、静かに、機会を待ち。


 側妃になってから5年目に、それはやってきた。


 離宮に届けられる王太子・王太子妃の公務に、国王陛下、王妃殿下の仕事まで混じり始め、離宮よりも王宮で大臣たちとも渡り合う時間が多くなり、周りもそれが当たり前になった頃。


 国王夫妻が、視察に向かうおり、馬車の事故で亡くなられた。


 6頭だての馬車につなげられた白馬一頭が、飛んで来た羽虫によって突然暴れだし、結果、国王夫妻を乗せた馬車は、そのまま崖下に落下したのだ。


 白馬が好きな王家の馬丁には、あれほど辺境への外遊の際は、馬同士の気性と相性を考えてつなぐようにと指示を出していたのに残念だ。


 国を挙げて半年の喪に服したあと、ジースムント王太子殿下は国王陛下に、レインデル様は王妃殿下になられた。


 もちろん、主役である新国王夫妻の通訳は、側妃である私が全て行った。


 その夜会の場で、友好の証となる隣国婚約も取り付けることが出来たのは重畳王女と有力貴族の嫡男の結婚を取りつけることが出来たのは重畳だった。


 お飾りと評される国王夫妻が即位してから約1年後、レインデル王妃殿下は王女をお産みになられた。


 久しぶりの慶事に国は湧いたが、半年もたたないうちに、王女は身罷られた。


 毒殺だった。


 乳母が授乳で傷ついた乳首に蜂蜜を塗って保護していたらしく、その蜂蜜が元で病気になられたのだ。


 乳母は蜂蜜が乳幼児には毒であることを知らず使用していたらしい。


 また使用していた蜂蜜は、王宮から用意されたものだと乳母は取り調べで証言したらしいが、そもそも蜂蜜は乳児には毒である事は知られており、乳母でありながらその知識がなかっただけでも十分に罪は重い。


 乳母は、王族に毒を盛った大罪人として、親兄弟と共に公開処刑となった。


 王女殿下の乳母は、王妃殿下の乳兄弟だったそうで、身内同然の者に愛しい娘を殺された王妃殿下の悲しみは、想像を絶したという。


 しかし、ここにとどまらず、王家の凶事は続いた。


 王女殿下を失った王妃殿下ら、その後何度か懐妊はされるものの、出産に至る事はなかった。


 王妃殿下の親友が茶会でふるまったという『美容と健康に大変に良い』とされるハーブティを、毎日朝と寝る前に飲み、良いとされる香油のマッサージもうけ、懐妊に備えていたというのに、残念な事である。


 そんなことが続き、心身ともに疲弊した王妃殿下であったが、2年後、再び懐妊され、あと一月で産み月となった。


 何度も子を失われ気鬱になっていた王妃殿下は、今回は御実家である公爵邸で子を産むことを願われた。


 王妃殿下の身を案じたジースムント国王陛下も、それが良いと、王妃殿下を快く生家であるウリュー公爵家へ送り出した。


 無事の出産を祈りつつ、私は頭を抱え執務を行っていた。


 王妃殿下の里帰り中、私の元には財務大臣から、国王陛下が国庫の金をお気に入りの妾に貢いでいる事、侍女達からはその妾を王宮に招き入れているという報告を受けていたからだ。


 日々の執務だけでなく、雑務まで増やす国王陛下に頭を悩ませつつ、私は出産が近い王妃殿下にはこの事を決して知られぬようにと箝口令を引いくことしかできなかった。


 そんな中、痛ましい事故は起きた。


 私がその知らせを受けたのは、終わらぬ書類に囲まれている深夜だった。


 深夜、生まれる子の産着を忘れたからと、自ら王宮にそれを取りに来られた王妃殿下は、国王夫妻専用の寝室で妾と愛し合っていた国王陛下を見、錯乱された。


 そして大階段から転落されたのだ。


 その場にいた侍従や騎士から聞き取った話では、不貞を見、錯乱した王妃殿下の起源を何とか取り繕おうと後を追いかけた国王陛下が伸ばした手を、王妃殿下が振りほどいた先の事故だったという。


 何故、王妃殿下はわざわざ夜中に帰って来られたのだろうか。


 虫の知らせか、女の勘か。


 どちらにせよ、私が箝口令を引いていたばかりに、王妃殿下が不貞の現場に居合わせることになってしまったのだろう。


 そう思うと、大変申し訳ないとおもう。


 この事故で、残念なことに胎の子は神の御許に導かれ、王妃殿下自身も一命をとりとめられたものの、自分では体を動かすことが出来なくなってしまった。


 そのため、国王陛下へ優秀な看護師を侍女として雇う事を進言した。


 目の前で王妃殿下の事故を目撃し、お子を失われた国王陛下は、罪悪感からだろうか。すぐにそれを了承してくださったため、私は王宮の人員を管理する者に、王妃殿下のため、くれぐれも優秀な看護師を侍女を雇い入るようとお願いした。


 この王家の醜聞となりかねない事件は、王命で王宮内に箝口令が引かれ、貴族向けには不運な事故として発表されることになった。


 国王陛下は貴族たちの前で、この不運な事故を嘆き悲しみながら報告した。


 同情を誘う国王陛下だったが、その場にいたレインデル様の御父上であるウリュー公爵の一言で、場の空気は凍りついた。


 ウリュー公爵は、国王陛下に妾がいたこと、そして不貞行為を見て錯乱した王妃殿下を階段から突き飛ばしたのだ、これは殺人だとと糾弾したのだ。


 そんなことはないらあれは事故だったと陛下は訴えたが、公務を放り出し、妾に国庫から貢ぐような国王を罷免する決議は瞬きの間に採択され、陛下は捕えられた。


 王位から退いた彼は、王宮の地下牢に幽閉されているが、毒杯を賜るのも、時間の問題だろう。


 また、国王を糾弾し、娘と孫を同時に失った悲劇の父親を装い、国の権力を得ようとなさったウリュー公爵も、財務大臣よりレインデル様の生前の浪費を糾弾された。


 欲を出したウリュー公爵は、しかし娘の浪費の返金のために広大な公爵領のほとんどを国へ返還し、王都の屋敷も売り払った。


 このことで、彼は子爵に降格された。


 浪費した本人であるレインデル様は、現在の病態から罪状を問われず、王籍より除籍され、ウリュー子爵家に引き取られる事になった。


 看護体制のしっかりしていた王宮からは離れるが、ご両親のもとでお暮しになるのだから、きっと、お幸せなのだろう。


 そして側妃だった私もまた、王宮を去ることになった。


 側妃としての功績を評価され、王籍はからは除籍されたものの、このまま王宮にとどまって欲しいとさえ言われた。


 しかし、それを丁重にお断りし、引継ぎが終わり次第王宮を去ることを望んだ。


 国王陛下の退位に伴い、新しく王となられたのは、モンスレー公爵家当主のアインベルツ様。


 彼はアーデルハイド様のお兄様であり、領主として大変優秀な人で、隣接する国の王女殿下が和平の礎となるべく輿入れされたことで公爵に陸爵されていた経緯があったため、満場一致で新国王になる事が決まったのだ。


 王宮に新王家を迎えるにあたり、前王の側妃の私がここにいる謂れはない。


少しの荷物を持ち、離宮から出た私の前に、アインベルツ・モンスレー新国王陛下が、何故かお一人でいらっしゃった。


 新国王陛下は何も言わず、ただ去り行く私に、一通の手紙をくださった。


 私はそれをありがたく受け取った。


 あの日。


 妹君を貶め、自死に追い詰めた私に対し、どのような怨嗟の言葉が綴られているのか。


 私はすべてを受け入れると決め、父母の待つ男爵領へ向かう馬車の中で、手紙を開封した。








 **********


「モンスレー領フィレリオーネ教会にて待つ。」


 手紙に綴られていたことははたったそれだけ。


 そして、私は今日、そこに降り立った


 新雪の積もるモンスレー公爵領の教会の奥深くにある墓地の中。


 真っ白な雪景色の中、ただ一つ美しく輝く墓石の前。


 私は、抱きしめていた墓石から離れた。


「アーデルハイド様……これを、お持ちいたしました。」


 凛とした、美しい人。


 私を私として見てくれ、厳しくも温かく見守ってくれた淑女の鑑。


 1度も私を罵ることなく、1人去っていった高潔の人。


 私の、敬愛する、初恋の人。


 そんな貴方が、唯一、少女のように顔をほころばせて食べていたもの。


「菫の砂糖漬け……お好きでしたでしょう?」


 それをそっと墓石の前に置き、一粒、私も口に含む。


 ふわっと薫る優しい春の訪れの香りに、涙が溢れる。


「アーデルハイド様。この世に残る、貴方様を貶めた卑怯者は消え、残るは私だけです。そしてそれも、今日、終わります。」


 胸元から出さたナイフを喉元に突き付ける。


「もし、天国で会う事が出来たのならば、許されるのならば、また、お傍においてくださいませ。」




 瞼の裏に浮かぶのは、初めてあった日。


『まぁ、なんて温かい手なの、私と正反対ね。羨ましいわ。 握っていてもいいかしら?』


 非礼をひたすら謝る私の手を取り、穏やかに微笑んでくれた美しい笑顔。




 ナイフの先が動かないように固定し、私はそのまま倒れ込んだ。












 花が雪を割り、若草が芽吹きだした頃。


 教会では修道女たちが孤児院の子供たちのために菓子を売る。


 様々な焼き菓子が売られる中、今年はひと際鮮やかな紫色の菓子があった。


 そしてその傍には、穏やかに笑い合う2人の修道女の姿があった。

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王太子によって運命の愛の相手に選ばれた私は、残りの人生を賭して、愛する人の復讐を遂げる 猫石 @nekoishi_nekoishi

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