第2話 張家界の旅行(1日目、2日目)

 東京羽田空港0時発で3時間程度のフライトを経て、上海空港に到着したのは現地時間午前2時(日本と中国は時差1時間)、ラウンジなどは営業時間外で入れなかった。

上海空港内の長椅子など寝やすい場所はどこも先客で埋まっており、植栽用の花壇の縁石部に何とかスペースを見つけて仮眠をとった。

熟睡などできない。微睡んだかな?という程度の休息を経て、上海空港午前7時発で2時間程度のフライトを経て張家界空港についた。

東京から張家界まで直行便のフライトがないので空港での乗り換えが必要なのは仕方がないが、深夜に空港で仮眠をするのはできれば避けたい経験だと改めて感じた。

メイリンとは張家界駅で午前11:30に待ち合わせ。張家界空港から張家界駅までタクシーで行けば10分くらいなのだが、メイリンとの待ち合わせまで1時間ほどあったので路線バスに乗っていくことにした。

バス停まで15分程、歩いてバスに乗った。この時は日本の携帯電話会社の回線のローミング通信を利用していたのでGoogle Mapが使えた。バス停までの徒歩異動も、どのバス停で降りるのかもGoogle Mapが使えれば余裕で分かる。

路線バスに乗ったは良いが、すぐにドライバー横の料金箱で精算する必要がある。料金は2元と書いてある。しかし、空港で両替したばかりの僕は、ちょうど2元の料金分の現金が手元になかった。

とりあえず僕の手元の最小紙幣の5元をバスのドライバーに差し出してみるが、何か言って受け取ってくれない。

今度は、お釣りはいらないからと料金箱に入れようとするが、ドライバーが何かを言って制止する。

他の乗客達もやいのやいの言っているが何を言っているのか中国語なのでよく分からない。

多分お釣りが出ないよという主旨なんだろうけど。


そうこうしていると優しい乗客のおばちゃんが自分の財布から1元札を5枚出して、僕の手持ちの5元紙幣を1元紙幣5枚に両替してくれた。

旅行中にこういう地元の人の優しさに触れられると嬉しい。


なんとか無事に待ち合わせ場所である張家界駅に着いた。

張家界駅前で大きなスーツケースの傍らに座ってメイリンを待っていると実に多くの営業目的の中国人が話しかけてくる。

タクシーやホテルなどの営業だろう。中国語で何かを訴えているが僕には言っていることが分からないし、適当にあしらう。

メイリンの電車は11:30到着予定となっていたが、11:45になっても落ち合えなかった。

スマートフォンでメールのやり取りはしていたが、11:30以降はメイリンからのメールが送られてこなくて心配していたところ、スーツケースを引いた黒いワンピースの小柄な女性、メイリンが駅舎の前にやってきた。

メイリンは、それまで張家界駅で僕に営業目的で話しかけてきた人々とは完全に様子が異なっていた。

営業者達はそもそも身に着けているものがどこか薄汚れてくたびれた印象だったが、メイリンは吸い込まれるようなピュアな黒い色の服に、澄んだ透明感のある顔。薄汚れた世界に、清純で素敵なたった一人の天使が降臨したようだった。

メイリンが光り輝いて見えた。

「メイリン!」僕は呼びかける。

メイリンは呼びかけに反応して、僕を見つけるととっても嬉しそうに微笑んだ。「ソウタ、会えて嬉しい!」

僕らは歩み寄り自然とハグをした。タイの旅行以来、二ヶ月ぶりのメイリンとのハグはとても愛おしくて幸せな瞬間だった。

まずは二人で駅前のレストランに入る。僕ら二人はどこのレストランに入るにしても、窓辺の外の景色が見える開放感のあるテーブルがお気に入りだ。このあたりは既にタイ旅行中からお互いの好みが一致していることは分かっている。

二人で昼食をとりながら積もる話をする。

どうやってホテルや張家界観光の拠点となる武陵源という都市へ行くかといった直近のこと、メイリンの最近の状況についてなど。メイリンは今回の旅行を最後にしばらく旅行をお休みして新しくお姉さんと始める仕事に集中するんだそうだ。

レストランには、楊梅ヤンメイというヤマモモのジュースがあってメイリンがとってもオススメというので飲んでみた。

甘酸っぱい味がした。


ちなみにメイリンとは9割英語を使って会話している。お互い知っている単語のみだけど中国語や日本語も出てくる。

話したいことはお互い沢山出てきて、しかもずっと楽しい。二人で笑ってる。

ちなみに僕の中国語レベルは初級レベルで、特に中国人の発話内容を理解するのが難しい。


張家界鉄道駅から乗り合いバスで観光拠点であり僕らが泊まるホテルのある武陵源まで移動。

武陵源では、まずは僕が予約したホテルでチェックイン手続き。2つのベッドがある部屋に大人2名で泊まることで予約してある。

なので僕だけでなく、メイリンも身分証明書をホテルフロントにて登録した。

そして、続いてメイリンは僕のホテルから50mほど離れた別のホテルにもチェックインしに行った。


そう、メイリンは僕のホテルではなく、離れたホテルにも自分名義で部屋を用意していたのだ。

僕はメイリンに対して「同部屋でも神に誓って紳士的に振る舞う」旨を表明し、同部屋宿泊を誘ったのだが、結局彼女はバンコクと同じように別のホテルの別の部屋で寝ることを選択した。

僕が「一緒の部屋に泊まれば便利なのに」と言うと、「私はシャイだから」と答えた後、小さく「ジョークだけどね」と言っていた

どういう意味だろう。

別々に泊まるとはいえ、毎朝7:30に僕のホテルで一緒に朝食をとったし、夜も毎日23時頃までは出かけ先もしくは僕のホテルの部屋で一緒に過ごしていたので、まさに彼女は自分の部屋にシャワー、睡眠、着替えのためだけに戻っていた。


二人それぞれホテルへのチェックインを済ませ、まずは武陵源のホテル近くを散策。目の前に川が流れており、上流には武陵源森林公園の入場門にチケット販売所がある。僕らは夕暮れ時の川沿いを上流に向かって歩き、川にかかる飛び石橋を渡り、森林公園の入場門付近の紅茶屋でお茶をした。

二人して僕のホテルへ戻りフロントスタッフを交えた3人で、張家界の観光地図を見ながら作戦会議をした。

観光に用意したのは4日間。一番行きたい場所から先に行くのが僕のスタイル。翌日の天気予報が滞在中で最も良さそうだったので、今回の旅行で一番行きたい場所、天門山へ行くことにした。


明日のプランが決定したので、夕食を食べに出かける。武陵源地区のレストランで鍋料理を食べて、僕のホテルの前でオヤスミのハグをして別々のホテルのそれぞれの部屋に戻り就寝した。


翌日は念願の天門山へ。まずはホテルがある武陵源エリアから、天門山のある張家界鉄道駅方面まで移動する必要がある。ローカルバスで移動した。ただこのバスが曲者で、日本のように誰が見ても明らかな「バス停」として案内標識があるわけではない。ただの交差点の一角で待つ。行先が書いてあるバスを識別して、乗るべきバスが来たら手を挙げて運転手に知らせて停車してもらい乗り込むのだ。僕一人であればかなり苦労したと思うが、メイリンがいるので楽勝である。中国人は知らない人同士でもよく会話をする。

メイリンはどんどん人に訊くので助かる。中国語のできない外国人が中国の田舎を旅するのはとても難しいと感じる。


さて、張家界駅付近の天門山で入場チケットを購入、バスやケーブルカーを経由して天門山の天門洞に到着。

天門洞とは天門山のハイライト。圧倒的にカッコイイ。正面左右の三方を囲むように聳え立つ岩山の中心部にポッカリと大穴が口を開けている。その穴に向かって長い階段が続いており、多くの人が登っている。まるでその穴が天国への門のように感じるから天門山であり天門洞なのである。唯一無二の光景である。なんであんなに高い岩山に巨大な穴がポカンと開くんだろう。不思議。人工的に作ったのかな?なんて来る前は思っていたけど100%天然だと確信。地震によって自然にできた穴らしい。他の岩山でもやっぱり天門山のような巨大な穴が開いている箇所もあった。


天門山の天門洞(穴)のカッコイイ写真を撮るために、階段下の1つの場所に留まって霧が晴れるのを待っていた。

20分程度待ってもなかなか晴れないので、少し天門洞の近くへと移動したら全く霧は気にならなくなった。

ただ一か所で待つのではなく、特にあてもなく動いてみるのは人生においても有用だ。


思う存分、天門山の写真を撮影したら、999段の階段を登り、天門洞(穴)をくぐり、裏側の遊歩道を散策する。

1000mの岩山に張り付くように回廊式の遊歩道がある。ところどころの遊歩道の地表部が透過式の強化ガラスでできていて下が透けて見える。自分でも知らなかったが、どうも僕はそんなに高いところが得意ではないようだ。

透過式のガラス床の上に立ち、ガラス床のはるか下のほうの岩山や川などの景色を自分の足越しに見ると、高所恐怖症のような症状が出て変な汗が噴き出してきた。そぞろ歩きしかできない。そんな僕を見てメイリンはケラケラ笑いながら「ヘイ、ソウター、こっち向いて。スマイルー」と言いながら僕の姿を撮影していた。


天門山観光では一日で18.2km歩いた。本当に僕ら二人はよく歩く。

クタクタになって武陵源のホテルへ戻ってきた。夕食は21時過ぎ。「中国で何を食べたい?」とメイリンが訊くので、レンブと生ライチとザリガニと言ったらザリガニが食べられるレストランを探すことになった。湖南省はザリガニが名物なのかな。ザリガニ料理の写真を掲示したレストランもいくつかある。念願叶って屋外にテーブル席があるBBQレストランでザリガニ料理をツマミに乾杯。

長時間長い距離を歩いてからのビールは最高だ。夜風に吹かれながら開放的な屋外の席、目の前には素敵な彼女。

最高の一日となった。

メイリンは「ソウタは何したい?」って沢山、僕に訊いてくれる。メイリンにとっても今回の目的地である湖南省に来るのは初めてなのに、この旅行について計画中のEmailにも「実際のところ、この旅行の私の目的はソウタに会うためだよ」と言ってくれているし、本当に女神のような女性だ。当然、僕の最大の目的も「メイリンとまた一緒に旅行すること」だったので両想いだ。

この旅行中に僕らは友達以上恋人未満から、恋人関係に昇格するのだろうか?

僕が独身だったら迷うことなく、メイリンと恋人になることを選択する。中国と日本でそれぞれの生活があり付き合っていくのは大変なこともあるだろうけど、恋愛に障害はつきもの。障害を克服する過程もまた人生の良い思い出になるだろう。

だが、しかし、実際問題、僕は妻子持ちだ。実際にメイリンと恋人として付き合うことになるとどうなる?

メイリンの希望も分からない。メイリンを悲しませたくない。メイリンには幸せになってほしい。僕と付き合うことでメイリンが不幸になるくらいなら彼女と僕は良い友達関係を続けて、メイリンは僕とは別の結婚を考えられる男性と付き合ったほうが良いと思う。

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