山椒魚の夢の中

@majikore

第1話 メイリンと僕との出会い

 僕は今、中国人の女の子と一緒に中国の湖南省の張家界市を旅している。

張家界市は1000m級の岩山群が作り出す自然景観、山の中腹にぽっかりと開いた大穴がまるで天国へ続く門のように見える天門山などがある世界自然遺産の都市だ。


僕の名前は蒼汰(ソウタ)。日本人だ。

女の子の名前は美林(メイリン)。

僕とメイリンは今から約2カ月前の4月中旬にタイのバンコクで初めて出会った。

ちなみにメイリンは中国在住の32歳で独身、僕は日本在住の46歳で妻子持ち。14歳も歳の差がある。

そんな二人が、なぜ中国の張家界市を一緒に旅しているのか、経緯を説明したいと思う。


僕らが初めて会った4月中旬、タイ全土はソンクラーンと呼ばれる水かけ祭りの時期だった。

水かけ祭りの時期は世界中から旅行者がタイに集まり、現地のタイ人と一緒になって街中のいたる場所で水鉄砲やバケツで水をかけあう。

通りに面した飲食店は勿論、道路脇に駐車中の車、道路を走行中のトラックの荷台、あらゆるところに水鉄砲を手に大勢の人々がいて、大音量の音楽と共に水をかけあう。街中が盛大なパーティー会場のようである。

タイは現在のところ大麻が合法なので、大麻をキメて喧噪の街へ繰り出して水をかけあうのも全く問題ない。

当然、楽しい。ものすごく楽しい。


僕はこのソンクラーンを体験してみたくて一人でバンコクへ行った。

僕には日本の東京に小学生の子供二人と妻がいるが日本でお留守番だ。

なぜなら僕自身は小さい会社を経営していて時間が自由になるが、子供たちは日々、小学校やクラブ活動があるし、妻は彼らの面倒を見ないといけないので、夏休みや冬休みなどの大型連休でもない限り、海外旅行は一人で行くことになる。

とはいえ、普段は僕が家族全員分の食事を作り、食材の買い物をし、かつ一家の生活関連費用の支払を一手に引き受けているので、たまに一人で海外旅行へ行くくらい許してほしい。


バンコクのソンクラーン開催初日の午前10時頃、僕は朝から水着に水鉄砲、防水バッグに貴重品を詰めてバンコクのカオサン通りエリアの路地裏にあるホテルを出た。ちなみにカオサン通りには世界中から旅行者が集まることで有名な場所だ。

前日の夜にバンコクについた僕は真っ先にカオサンエリアへやってきてホテルへチェンクインしたのだ。

世界中から旅行者が集まるのだから、きっと盛り上がっているに違いないというヨミだった。

しかしながら、開催初日の午前中のホテル周辺は閑散としており、誰も水かけしていなかった。まだ時間が早すぎるのだろう。

僕は高ぶる気持ちを抑えつつ、ブラブラとカオサンエリアを散策していた。

外国を旅行している時は、特に目的なく街をブラブラするだけでも楽しいものだ。

そうこうしていると仏教寺院を見つけた。門戸が開放されていて誰でもウェルカムのようだ。

門の奥には仏殿が2つ存在していて、寺院全体に特有の静謐な空気を感じた。

私は寺院の中に入り、仏殿を覗いてみる。仏像が正面に鎮座しているのは日本の寺院と同じだが、仏像の前に座布団付き台座があるところが異なる。日本では神社とお寺で参拝方法が違うが、仏像の前に置いてある座布団付き台座は一般参拝客向けではなく、神職にある人のためのものという認識が一般的だ。

私は地元の方々の信仰に関わることだけに、誤った参拝方法をしてはいけないと思い、参拝を控え、遠目に仏殿の外側から仏像を眺める程度に留めていた。


私が二つ目の仏殿の入り口から中を眺めていると、一人の女性が寺院に入ってきて一つ目の仏殿に入っていくのが見えた。

女性は慣れた様子で仏像の前の台座に跪いて参拝していた。僕は彼女の所作のスムーズさに感心していた。

地元(タイ)の信仰心の厚い心の綺麗な女性なんだろう。と思った。



僕が二つ目の仏殿の中で仏像や内装を見学していると、先ほどの女性も入ってきた。

女性は二つ目の仏殿の仏像の前でも慣れた様子で静かに参拝をしていた。


僕は先に仏殿を後にして、寺院の敷地内の木陰のベンチで休んでいた。

間もなく女性も仏殿から出てきた。

僕は彼女は地元の人だと思って尋ねた。

「今日はソンクラーンですがこの寺院では何か特別なことをするのですか?」

そうすると予想外の答えが返ってきた。

「知らないんです。私は旅行者ですから」



その会話をきっかけに寺院内の木陰にあるベンチに腰掛けて二人で話をした。

彼女は中国人でタイを一人で旅行中。僕は日本人で同じく一人でタイを旅行中。

二人とも一人旅行中の東アジア人同士。二人ともソンクラーンは初めてだし、お祭りは皆でワイワイ楽しんだほうが良いでしょ、ということでその日の午後、一緒にソンクラーンに参戦しようということになった。

彼女はその後、他の寺院も巡る予定があったし、ソンクラーンに参加するには濡れても良い服装などの準備が必要だから、すぐにその場で一緒に行動開始はできなかった。

僕達はスマートフォンのSNSメッセージングアプリで連絡先を交換しようとしたが、メイは中国で普及しているWeChat、僕は日本で普及しているLINEを使用しているため叶わず、結局メールアドレスを交換した。そして「では午後に会いましょう、会う場所はメールで調整しよう」と言って別れた。


この中国人の女性旅行者がメイリンだった。


タイでの話はまた別の機会に書き記したいと思うが、僕とメイリンはその日の午後から丸三日間、夜、お互いのホテルに帰って寝る時以外はずっと一緒に行動した。メイリンが宿泊しているホテルと僕のホテルは直線距離で50mほどしか離れていなかったので、朝起きて僕がメイリンのホテルへ行き、一階の中庭のベンチでメイリンと待ち合わせて観光へ出かけた。

バンコクのカオサン通りや王宮周辺の巨大公園で水かけ祭り、世界遺産の仏教寺院群や象で有名なアユタヤへ日帰り旅行したり、水上マーケットやレディボーイGOGOバーなどへも一緒に行った。

旅行中、僕とメイリンは、とにかく気が合い、何をしていても楽しかった。一緒に旅行するのに最高のパートナーだと思った。

最高の友達だった。もしかしたら友達以上だったかもしれないが、恋人未満であった。

水かけ祭りのパーティー会場は人でごった返しており、お互いはぐれないように手を繋ぐ場面も何度かあった。

毎夜、メイリンのホテルの中庭でオヤスミを言う際にハグをした。でもキスもセックスもないプラトニックな関係だった。

出会った初日から4日目の早朝にはお別れの日が来ることが分かっていたし、男女の恋人関係になろうとして、良い友達関係を壊してしまうのが怖かった。特に僕は母国の日本に妻子がいる。

妻子持ちの男が恋人関係を求めた時のメイリンの反応も想像できなかった。


タイで僕とメイリンが一緒にいた3日間、二人で沢山の話をした。


僕らは旅行好きである点が同じだった。好奇心に溢れていて、心惹かれる場所に自ら行って、体験してみたいタイプだ。

そんなメイリンは雪を体験したことがなかった。見たことはあった。

以前、北京近くを旅行中に列車の窓から雪を見たんだそうだ。その時に同じ車両のオジサンが雪だ!とはしゃいでいるのを見てこう感じたらしい。「私は40歳までにもっと間近に雪を見て体験するんだ」と。

僕はそのエピソードを聴いて、彼女の人生初の雪体験のガイドを申し出た。なぜなら僕は毎年冬になると北海道や東北など日本の豪雪地帯の雪山をスキーのために旅行するバックカントリースキーヤーだからだ。僕ほど雪にまみれた都会人もなかなかいない。

そんなこんなで次の冬シーズンにメイリンと僕の二人で一緒に北海道を旅行することまで約束して、タイでは別れた。


メイリンとバンコクで別れ、彼女は中国へと帰っていった。

僕はバンコクの後、ビーチリゾート都市のパタヤにも行って観光してから日本へと帰国した。

メイリンと別れてバタヤを一人で旅行中、僕は一人旅の寂しさを猛烈に感じた。

メイリンがいれば旅行の楽しみは少なくとも2倍~3倍になる。

日本に帰国してからはタイ旅行の写真を整理し、メイリンと相互に写真を送り合ったりメールでやり取りを続けた。

タイ旅行中に撮影した二人の写真を見ていると、どうしてもまた一緒に旅行がしたいと強く思うようになった。冬まで待てないという気持ちが強くなった。


そこで、彼女が参加しやすいように中国へ僕が行くことにした。

中国へ行くなら世界遺産級の凄い景色が見たい。いくつか候補を考えてメールで相談したところ、メイリンも行ったことがないということで行先を張家界に決めたのだった。

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