言葉借りることばかり
とある猫好き
タイトルをここに入力
「マスター、私も歌を作ってみたいです」
ある日、一つの家庭用ロボットが少年に懇願する。
つい先日に最新のOSにアップグレードされ、数多の新機能を有することになったというが、まさか音楽の分野にも手が届くとは。
舞台は古びた一軒家。そこに一人の少年と一つのロボットが一心同体で住んでいる。少年が命じすともロボットは一人でに役目を果たし、逆に少年はロボットをただのロボットではなく、家族として接している。
さながら長年置いてけぼりにされた自転車に草木が絡まるようなこの関係性は、人と人工物を分ける壁を忘れさせる。元々そうであったかのように、自転車は自然と同化し、ロボットも人間社会に同化する。
それが近年のAI。
他に家に住んでいるものはおらず、生計は少年がボーカロイドを用いた曲を作ることで立てている。だが、少年はそれを不便と感じたことは、中学校を卒業して以来一度もない。
「マスター...?」
「あぁ悪い。いいよ、椅子持ってくるから作ってごらん」
ボカロを生業としてはや八年。したいことを始めるのには勇気が必要だったが、したいことを続けることの方が勇気がいる。
度重なる重圧と承認欲求の重みで、曲作りに行き詰まっていた少年は、休憩がてら試しに触らせてみようという魂胆だった。
あまり深くは期待しないでおこう。
そう思い、少年は本を取り出して椅子に寄りかかる。
「できました。聴いていただけませんか?」
「早いね」
さて、どんな曲になってるかな?
「じゃ、ご好意に甘えて」
少年はヘッドフォンを装着し、再生ボタンにカーソルを合わせる。
少しワクワクした気持ちもあるが、なんだか黒いモヤがかかったかのような気持ちになる。
だが、その曲はそんな気持ちを一瞬で晴らした。
これはただの「いい曲」なんてものじゃなかった。
少年が長年追い求めていたもの、その全てが詰め込まれていた。
あのメロディーもこのサビも。
どれも少年が作りたかったモノだった。
「これ、すごくいい曲だよ...」
「ありがとうございます。過去にマスターが作られた曲たちをイメージして作りました。ご期待に添えてよかったです」
「そ、そっか...」
「それでは家事に戻ります。今夜の夕飯は何にしますか?」
「カレーがいいかな...」
「承知しました。直ちに取り掛かりますね」
少年は怪物に出会った。自分が八年間追い求めていた理想をあっという間に超えてゆき、大した苦労もせずに傑作を生み出してしまった。
そして無意識のうちに、それが作った曲に心が動かされた。
「───冗談じゃない」
どこか遠い世界線の自分。もしかしたら有り得たかもしれない未来。
それが一瞬で。
カレーは誰にも触られないまま、ラップもされずに冷め切っていた。
温もりは帰ってこない。
最新のOSに変えてから少年の生活は一変した。
今の彼女には全てができたからだ。
あの曲は一週間で100万回以上再生された。今まで一番伸びた曲の10倍以上だった。あれが生み出す曲はどれも人気で、どれもこれもが少年が好きになる曲で、少年には作れない、少年が作るべき曲だった。
───次のニュースです。
───最新のオペレーティングシステムの導入により、ロボットに多彩な機能が搭載されることが可能となりました。この技術革新により、ロボットはさまざまな分野で高水準の能力を発揮し、社会において重要な役割を果たすことが期待されています。
「マスターただいま戻りました」
───具体的には、新しいOSは高度なAIアルゴリズムを組み込み、ロボットの認識能力、意思決定能力、さらには人間との自然なコミュニケーション能力を大幅に向上させることができます。。
「この前の曲どうでした?前回は落ち着いた雰囲気をテーマにしていたので、次の曲は冒険をテーマにしたものにしようと思います」
「マスターの手を煩わせないよう、修正が必要な箇所を無くせるように頑張りますね」
───今後、この新技術がどのように社会を変革していくのか、引き続き注目が集まっています。
「マスター?」
「───」
「もう、椅子の上で寝ちゃって。お体に障りますよ」
カーテンを閉め切った少年の部屋を照らす唯一の光源は、ここ数日、電源がついたままのパソコンだった。その前でうつ伏せになっている少年にゆっくりと近寄り、ふと、少年が握りしめている音楽プレイヤーに気づく。
あの中には昔、少年が一人で作った曲が収録されている。
「───マスター、私はいつでもあなたのために尽くしてきました」
「だから、マスター」
女性はマウスに手を伸ばし───
「少しだけ、わがままを許してくれませんか?」
───「削除」を押す。
「また前みたいに、つまらない曲を作ってください」
言葉借りることばかり とある猫好き @yuuri0103
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