花嫁はフライパンで、弱火でじっくりと。 最後は、強火で。

あめはしつつじ

パンはパンでも?

 目が覚めて、朝食か、昼食か。分からない。

 料理を、する。

「おかあさん」

 声が、聞こえる。

 私の、腰の。ちょっと、上。くらいのところかな。

 目を見やる。けれど、そこに、息子はいない。

 白昼夢。

 デイドリームで見る、デイリードリーム。

 おかしくて、笑ってしまう。

 息子は、もう。成人して、二十歳。

 さらに、成人して、四十歳。

 でも。私の中では、いつまでも、可愛い坊やのまま。

 小さかった頃は、よく熱を出して、よく、食べ物をもどしたりもして。

 汗をかいて、ふいてやる。

 細く、ほわほわした、髪の毛をなでてやる。

 そんな息子は、結婚して、家を出て行った。


 晩ごはんは、いいよ。

 そう言われることが増え、覚悟はしていた。

「会わせたい人がいるんだ」

 私の愛した、息子を愛した、女は。料理が趣味。と言った。

 その割には、とても、細身で、太った私と違って、美しい、人だった。

 息子と挨拶に来た時に、食べた料理は、とても、美味しかった。

 息子も、美味しいでしょ、おかあさん。と。

 私以外の料理を美味しい、だなんて。

 けれど、仕方のないこと。

 「作りすぎちゃったかしら」と女は言った。

 残された、命は、少ないのだし。

 私は、片付けを。息子と女は、楽しそうに、食卓で、話していた。


 花嫁道具。

 普通は、花嫁側が、持ってくるのでしょうけれど。

 どうしても。これだけは、渡したかった。

 今まで、息子を、育ててきた。

 四十年間。育ててきた、フライパン。

 ずっしりとした、重さを、花嫁に渡す。

 少しだけ、少しだけ。

 余命は、三ヶ月くらいしかしらね。


 三ヶ月。半年。一年が、経った。

 なのに。なんで。

 行きたくは、なかったけれど。

 私は、女の住処に、料理をしに。

 幸せ太りなのか。息子も、女も、ふくよかに。

 夫は、半年だった。

 痩せた彼女は、きっと、半分。

 と思っていたけれど、そのせい?

「ねえ、手伝わせてくださいな」

「そんな、お母様。お客様なんですから」

 お客様? 息子に会いにきた私は、

 お客様?

「いえいえ、夢だったの、娘と料理をするの」

 嘘。だったら、一年も訪ねないなんてこと、しないもの。

「そうですか? なら」

 私は、女とキッチンに立つ。

 あら?

「私の、私のフライパンは、どこかしら?」

「ごめんなさい、お母様。あのフライパンは、私にはちょっと重くて。あっ、でも、こちらに」

 女は、コンロの下の引き出しを開ける。

 手鍋の下、底に敷かれた、私。

 私のフライパン。




 真っ白。

 キッチンって、こんなに、真っ白だったかしら?

「おかあさん」

 声が、聞こえる。

 私の、腰の。ちょっと、上。くらいのところかな。

 目を見やる。けれど、そこに、息子はいない。

 倒れている。女。

 女の頭からは、弱火のように。ちろちろと血が流れていた。

 私は、私の。

 ヒ素加工のフライパンの柄を、強く握っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花嫁はフライパンで、弱火でじっくりと。 最後は、強火で。 あめはしつつじ @amehashi_224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ