だから私は勇者になった。

蝶夏

だから私は勇者になった。

 勇者というジョブは、人気であり不人気でもある。矛盾しているように思えるが実際そうなのだからそうと言うしかない。


 まず、勇者というのは簡単になれるものではない。必要な条件が厳しいからだ。勇者になるには、冒険者を目指し訓練し冒険者の資格試験に合格した上で魔王を倒さなければいけない。一応、この世界では魔王を打ち倒した者達だけが「勇者」を名乗れることになっているからだ。

 この世界に魔王は五人いる。東西南北に一人ずつ、そして最果ての地に一人。それで計五人である。この数千年、代替わりを何度か繰り返したが数は変わらないと聞く。

 ところで、この魔王達は「超」が十回以上つくぐらい強い。手練れの冒険者が百人以上で立ち向かっても倒せるかどうか……という強さである。


 東の魔王は、強化魔法と弱体化魔法の使い手。油断するとバフorデバフで死ぬ。

 西の魔王は、頭が良い。魔王城の周辺には配下達が強さや得意分野によって効率よく配置されている。西の魔王の部下は他の魔王よりも数が多いので守りは鉄壁。こちらも考えて攻撃しないと詰む。

 北の魔王は、幻覚を見せてくる。小手調べに姿を家族や友人、その他大切な人に変えてくる。それを突破してもトラウマをえぐってくる。性格が悪い。躊躇すればやられる。

 南の魔王は、とにかくいっぱいの武器を使ってくる。だがその分、隙も多い。怖がらずに突っ込めば勝てる。ただ武器は魔法でできていて付与効果があるので、一撃でも当たれば毒か呪いが全身を回る。


 魔王を倒し勇者になったところで、そのあとも大変だ。とりあえず、世界各国から来る「うちの国に来てくれ」コールをかわさなくてはならない。あと、頻繫に盗賊や暗殺者が襲ってくる。


 勇者はそんな大変な職業ではあるが、その分得られるものも多い。地位や名声はもちろん、勇者であるという証拠があればほぼすべての国で無条件の入国ができるほか、王宮など通常は立ち入れないような場所に入ることもできる。お金にも仕事にも困らない。

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「だけど、私が勇者になったのはお金のためでも地位や名誉のためでもない。あなたに釣り合う人間になりたかったから! どうか、私と結婚してください!!」


 東西南北四体の魔王を倒し、英雄とたたえられた勇者は膝をつき目の前の存在に手を差し伸べ熱烈なプロポーズをかました。

 しばしの静寂の後、パアァァァン! と大きく乾いた音が響いた。

 プロポーズされた者が、自分の頬を叩く音だった。


「……痛い。ふむ、現実か。勇者よ、貴様気は確かか?」

「ええ、本気です!! 最果ての地の魔王、あなたに釣り合うような人間になるために私は他の魔王をすべて倒し勇者になったのですから!」

 最果ての地の魔王は目の前にいる少女——人間たちの間では勇者と呼ばれる存在を見つめて静かに思考を巡らせた。

「そうか……分かった」

「受けてくれるんですか!?」

「そんな訳なかろう。——貴様は魔族の王を五人中四人も打ち滅ぼしたのだ。魔族に恨みがあるとしか思えない。この世界に残る魔族ももはや極地に残る我らのみ」

 魔族の王にふさわしい鋭い眼光で、最果ての地の魔王は右手に闇の魔力を集中させる。

 そうしてできた禍々しい魔力の塊を勇者の前に突きつけ、言い放つ。

「我に取り入り、機をてらってこの国を亡ぼす気なのだろう! 勇者め、そんなことさせてなるものか!」

「そんなことしませんよ!! 私はあなたが好きなだけです! 魔王のこと好きになっちゃったから勇者になっただけです!」

「そんな訳あるか、支離滅裂だぞ! ……第一、貴様のたわごとが本当だったとしてそれを聞く気にはなれぬ」

 魔王は目を伏せがちにして、覇気あふれる姿から一転寂しげな顔をした。

「どうしてですか、こんなに本気なのに。それに、私は年収がよくて強くて体も丈夫で、巷では千年に一度の美少女と言われる女の子ですよ! 超優良物件です!!」

「突っ込みたいことは山ほどあるが、まあ差し当たってそれは飲み込もう。……門番がいただろう。あいつを倒さなければ、この魔王の間には来られないはず! 我の忠実な部下であり親しき旧友でもあった男を殺した女と結婚するなど言語道断!」

「えっと……、最果ての地の魔族は誰も殺してませんよ?」

「ならばどうやってここへ来た!!」

「魔王にプロポーズしたいと言ったら二つ返事で通してくれました」

「そんな、わけ——」


「勇者たちー、プロポーズ終わったかー?」


 重厚感あふれる扉を開け魔王の間に入ってきたのは門番を任されていた魔族の男だった。


「………………」

「ほら、言った通りでしょう」

 魔王は頭を抱えた。

「……勇者が攻めてくると聞き、頭の回る部下は全て町の守りにつけたのが致命的だったのだな」

 門番は強いが脳筋だった。

「しゃーねーっすよ、世間で英雄の生まれ変わりの勇者様だとか神に祝福された聖女様だとか言われてる存在がこんなんだとか、誰も想像できないっす」

 落ち込む魔王を勇者パーティの一人、戦士が慰める。

「そうだ、完全に存在を忘れていたが、戦士、魔法使い、それから僧侶。貴様らは魔王と結婚するとほざくこの勇者をどう思っているのだ?」

「どう思ってるも何も、俺は最初ハナっから最果ての魔王と結婚するって目的を聞かされてて、納得してついてきたんっすよ」

「ベリーはリリィの恋を応援するわ! でも、アランは……」

「僕は……確かにリリィさんの事が好きだけど、あなたの事を話す彼女は幸せそうだったので——。彼女が幸せならそれでいいんです」

「いい仲間だな! でも誰でもいいから疑問を持ってくれ!!」

 ちなみに、順に戦士のゼノム、魔法使いのベリー、僧侶のアランである。

 魔王はざざっと頭をかきむしると、ハアと大きなため息をついた。

「勇者、貴様の戯言にしか聞こえない告白が本当だったとして一つ気になる事がある」

「なんでしょう?」

「貴様とは大した面識はないはずだ」

「確かに、面と向かって話すのはなじめてですね! これは失礼しました。私はリリィ・ハート、職業は勇者で、十八歳、誕生日は2月14日——」

「そうじゃない。自己紹介を求めたわけではない。……なぜ求婚するに至ったのか、その理由を聞いている」

「ああ、それですか」

 勇者はコホンと小さく咳をする。

「魔王様、三か月ほど前に帝国にお忍びで来ていたでしょう」

「……変装は万全で人間にしか見えないはずだったのだが、案外魔族だとバレるものなのだな」

「安心してください! 多分私以外は気づいてなかったと思いますから」

 勇者はパアアとはじけるような笑顔で言った。

「それでですね、その時感じた雰囲気で好きになりましたっ!!!!!」


「最早ふわっとしているとかいう程度ですらないのだが!!!???」


 恥じらい顔を赤くする勇者と本気で困惑する魔王。なかなかに混沌カオスな絵面だった。

「え? 本当にたったそれだけの理由で? 我を好いて、我に並ぶために、勇者になった——他の魔王どもを打ち滅ぼしたのか? しかも話を鑑みるに、たった三か月で?」



「あー……えっと、魔王を四人も倒せたのはさすがに仲間の、ゼノムやベリー、アランのおかげですよ」

「「「うそつけ、四人ともほぼ一人で攻略してた!!!!!」」」



「……魔王、さん? 求婚を断る断らないは好きにしていいけど、こいつの好感度は落とさないほうがいいと思うっすよ」

「そうだね、ベリーもそう思うわ」

 戦士と魔法使いは話し始めた。

「俺とベリー、リリィは幼馴染なんっすけど……リリィは小さい頃からすげえ怪力で大人の男が12人でかかってきても片手でなぎ倒せるくらいだったんっすよ」

(なぜ数がそんなに中途半端なんだ? もしや比喩ではなく実話なのか?)

 魔王は疑問に思ったがとりあえず話の続きを聞くことにした。

「でもね、リリィには欠点があるの。まあ、長所とも呼べなくもないけど——リリィはね、こうと決めたら止まれないの」

「そう。それで小さい頃から寝食や休憩を忘れてぶっ倒れることもあったから、俺らはリリィに最低限人間的な生活を送らせるためについてきたんっす」

 つまり、何が言いたいかというと……と、戦士は魔王の方へ一歩踏み出した。


「ひどい振り方をすると、リリィは止まることを知らないデストロイヤーになるかもしれないっす」


「我に拒否権とかもう無くないか!? 断った瞬間、この国が滅びかねない状況なのでは!?」

 魔王は本気で頭を抱えた。


 潔く諦めよう。ここは最果ての地。国力は低く、もとより政略結婚をするぐらいは視野に入れていた。この状況もそれと似たようなものと考えればいいだろう。勇者と結婚——いろいろ問題はあるだろうが、話を聞く限り最強の戦力を手に入れられるというメリットもある。うん、もう……諦めよう。いやでも、仮にも自分は魔王なのだ。本当にこんな脅しみたいな告白に屈して良いのだろうか? いや、良くないだろう。それにこの会話自体がこちらを油断させるための罠で、やはり本当は国家転覆を狙っているのではないのか?


 色々なことが一気に起こりすぎて、魔王の頭はパンクしていた。


   バアン!

 刹那、大きな音が鳴り響いた。ドアを蹴破り、誰かが入ってきたようだ。


「魔王様! ご無事ですか!?」

「おお、我が参謀よ。頭脳担当よ、よく来てくれた本当によく来てくれた!!」

 来たのは眼鏡をかけた長髪で長身の魔王の側近——参謀だった。


「すごい……いかにも物語後半で裏切りそうな魔王の右腕です——!」

「勇者たるものが人を見た目で判断すんなっす」

 勇者は戦士に小突かれた。


「この状況どう考えれば、というかどうすればよいのだ!?」

 魔王はやや食い気味に参謀に詰め寄った。

「魔王様落ち着いてください。来たばかりの家臣に今の状況が分かるわけないじゃないですか」

「やばいです。参謀さんと並んだ魔王様少し小さく見えて可愛らしくて素敵すぎます……!」

 勇者はというと悶えて剣の柄を握りつぶしていた。

「なるほど大体わかりました。そこの女性が勇者なのですね。そして魔王様は怪力勇者になぜか好かれてしまったと。困惑ぶりを見るに告白かプロポーズでもされましたか?」

「さすがは我が参謀!」

「どうすればいいかでしたか……。普通に付き合っちゃえばいいでしょう」

「はあっ!!??」

 魔王は素っ頓狂な声を上げた。

「勇者と魔王。確かに少し面倒なことになりそうですけれど、ま、どうにかなるでしょう」

「他人事だと——」

「思ってませんよ。この勇者が本気を出せば三日ぐらいでこの国を亡ぼせそうですし、わざわざ魔王様と結婚して国を乗っ取る必要もありません。魔王様が心配するような事は起こらないと思いますよ。いいじゃあないですか、彼女結構美人ですよ」

「だ、だが……」

「というか、魔王様。いい加減女性に慣れたほうがいいと思いますよ。未だに手を握ったことも——」

「あーあー、余計なことを言うな!」

 魔王は背伸びをして、参謀の口をふさいだ。

 もう、参謀も当てにならない。当たり障りなく断る方法を考えなくては……と魔王は思考を巡らす。 


「……………………やっぱり、迷惑だったですよね」


「は?」

 急な勇者の言葉に、魔王は間の抜けた声を出してしまった。

「『人間』は『魔族』に厳しいです。勇者と魔王が結婚するとなると……そうじゃなくても付き合うだけでも、魔王が勇者をそそのかしたのではないか、人間の支配を企んでいるのではないか、という悪評を生んでしまいかねないですし……。いいんです、返事は。やっぱり、言えただけでも満足なので」

 眉をハの字に下げて勇者は困ったように微笑む。

 急にしおらしくなった勇者に魔王は多少の罪悪感を感じてしまった。

「あ、う……えっとー……………………」


「少々考える時間が欲しい。勇者一行、今日は城下町の六丁目にある宿屋に泊まると良い」

「どうしてそんなに限定的で具体的なのかしら?」

 魔法使いは首を傾げた。

「そこの宿屋のお婆さんは一年ほど前ご主人に先立たれ他に親族もいず、いつも話し相手と後継を欲しがっているからだ!」

「魔王さん、さすがリリィの思い人……。記憶力がすごいですね」

 今までほとんど言葉を発さなかった僧侶が、珍しくコメントする。

「小国だからな。そういう訳だからとりあえず一晩分は宿代を払ってやろう」

「魔王さん意外と親切っすね」

 ところで勇者はというと、小刻みに震えていた。


「…………………………………………やったぁあああ! 脈ナシからナシ寄りのアリになったってことですよねっ!」


 ナシ寄りのアリって、それそんなに喜んでいいのか? と魔王は疑問に思ったりしなくもなかったが、勇者のはじけるような笑顔を見てまあどうでもいいかと思い直した。その時だけ勇者が普通の、可愛らしい少女のように見えたのだ。

「地の文よ適当なことを言うな。我はときめいてなどいない」

 魔王よメタいことを言うな。


 とにもかくにも、お騒がせな勇者一行はとりあえず宿屋へと向かったのだった。



「で、魔王様どうするのですか?」

「今から徹夜で乙女心とやらを勉強し、当たり障りなく好感度を落とさないような断り方を考えるに決まっているだろう!!??」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ!!」



 結局うまく断ることができず、恋愛に初心な魔王様が勇者に押されたり絆されたりして付き合うこととなるのは三か月後の話。

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