第39話 懸念材料

 クリスティーナは皇族過去最低の魔力保有量と言われているが、実際はそうではなく第二皇子を超える量を持っている。

 しかし、クリスティーナはそのコントロールを苦手としていた。

 そのため、保有量がありコントロールが得意だったシキに指南役として白羽の矢が立ち、兄妹は定期的に保養地へ来るようになった。


 もう生きることが辛くなっていたシキにとって、楽しそうに生き生きと魔力コントロールの訓練しているティナの姿は眩しく、どうしようもなく惹かれた。

 ティナの存在は生きたいというきっかけになり、ティナを守りたいから体を鍛え、勉学にも励んだ。

 その甲斐もあってか、病を克服し帝国軍に所属できるようになった。



「初めて暴走した時と比べれば、体への負荷が少なかったみたいだな」


「ええ。以前報告した通り、暴走した魔力のせいで体に痛みはありましたが、大きなけがもなく記憶が飛ぶこともありませんでした。最初の時とは違って体も成長していますし、負荷が少なくて済んだのでしょう。私自身も初めてではないですしね」


「……兄としては胸中複雑なんだがな」


「そうですか? もう婚約者なんですからそれくらいは大目に見てください、義兄上様」



 茶目っ気たっぷりに言ってみたが、妹思いの兄がその心のままに口元をへの字に曲げた。

 それもそのはずで、魔力暴走を止めるには条件がある。

 魔力暴走を起こしている者より魔力が高い者の体液を与える。これが条件だ。

 つまり、もっとも手っ取り早いのは口づけ。


 シキはクリスティーナの最初の暴走の時も今回も、同じように唇を触れ合わせた。

 愛している、そういう想いを込めて。

 自分のティナへの気持ちは目の前の兄を超え、誰よりも重いだろうとシキは思う。

 だが、シキはクリスティーナの傍にいるべきではないと思っている。



「レオン、一つ懸念があるのです」


「懸念?」


「ええ。ティナの記憶が戻り始めているように思います」


「記憶が? まさかナウシエト遺跡での暴走が引き金か」


「おそらくは。一度、私の顔を見て驚いたことがありました」



 サラと再会したバーグ城での出来事を思い出し、シキは唇を噛んだ。

 傍いるべきではないと思っている理由、それはクリスティーナの記憶に関係している。

 クリスティーナがあの事件を忘れているなら、シキはそれでいいと思っている。それはレオンハルトとも意見が一致している。

 記憶を取り戻して、ティナの悲しむ顔を見たくないのだ。



「生きるきっかけを与えてくれたティナの幸せだけを願ってきました。ですが、現実は違った方向に引き寄せられる」


「シキ」


「私はティナと婚約するべきじゃなかった」



 シキが再び接触することによって、思い出してしまうきっかけになるんじゃないかとずっと懸念していた。

 そして、その懸念が現実のものとなりはじめた。



「それは違う。私はそうは思わない」


「だったらなぜ属国へ執拗に婚約を結び、外に出そうとしたんですか。第二皇子派のこともあったでしょうが、本国にいて記憶が戻ることを心配していたのでしょう?」


「もう終わったことだ。どれも上手くいかず、今はお前が婚約者だ。それにこの婚約を望んだのはシキ自身じゃないのか」


「いいえ」



 予想外の返答に、レオンハルトは目を丸くした。



「どういうことだ。お前は帝国授与式典の後、皇帝陛下に望みを伝えたんじゃないのか」


「もちろん伝えましたよ」


「その望みを皇帝陛下が叶えた。それがクリスとの結婚だったのではないのか。私は皇帝陛下からそう聞いたのだが」


「いいえ。皇帝陛下は望みを叶えてはくださらなかったのですよ」


「何?」


「私はクリスティーナ皇女殿下の婚約者候補から外してほしい、とお願いしたんですよ」



 困ったように眉を下げるシキとは対照的に、レオンハルトは眉根をきつく寄せ、ハッと短く息を吐いた。

 レオンハルトがきっと七人目の婚約者候補を探すだろうと考えていたから、高位貴族である自分を最初から入れないでほしいと思っていたのだ。

 それがちょうど帝国授与式典でタイミングが来て、皇帝陛下にシキは申し出た。

 だが蓋を開けてみれば、自分が婚約者に収まることが決定していた。



「そんな望みを申し出たのか。なぜだ。お前はずっとクリスを想っていただろう?」



 ずっと想ってはいたが、傍にいる気はなく伝える気もなかった。

 他の女性と婚約を交わすことになったし、クリスティーナの幸せを考えれば、シキはそれで良かったと思っている。



「言ったでしょう。生きるきっかけを与えてくれたティナには、幸せになってほしいんです。私が傍にいれば、記憶を思い出して辛い思いをすることになるかもしれない。きっと幸せには程遠い状況を作ってしまう」


「確かに私もクリスには幸せになってほしい。あの事件の時、私は傍にいてやれず、クリスに全てを負わせてしまったからな。でも、クリスはそんなに軟じゃないと思うのだ。それは父上も同じことを思っているんじゃないかと思う。そうでなければシキと婚約させない」



 レオンハルトの言葉に、シキははっと息をのんだ。



(レオンハルトの言う通りだ。私はティナの何を見てきたのだろう)



 久しぶりに近くで見たクリスティーナは、確かに精神的に危うい部分もあるが奥底は強い。自分よりもずっと。

 生き生きと師団長として任務を遂行していた姿は、出会った時のまま眩しかった。

 そんなクリスティーナを思い出すだけで、自然と表情が柔らかくなってしまう。

 立場を得た今、もう自分の気持ちにも抗う必要はないのかもしれない。



「そうですね。私はティナの強さを侮っていたのかもしれません。ティナはいずれ過去を受け入れられるのかもしれません。皇帝陛下からの婚約の命を受けた時は、断るきっかけを見つけようとしていましたが、ティナ本人に会えばダメですね」


「何がダメなんだ」


「傍にいてはいけないのに、魅力的過ぎて隣にいられる幸福や、他の男に渡したくない独占欲は湧くのです。どうしようもないですね」


「だったら婚約は継続だな」


「婚約者は私で最後です。私が幸せにします」






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