第38話 任務報告


「ひと月に渡る任務、ご苦労だった。ザートツェントル副所長」


「戦空艇団総師団長殿。シキ・ザートツェントル、ヴィクトール帝国に帰還いたしました」


「無事で何よりだ。シキ、労いも込めて良いもの取り寄せたのだが」



 皇太子の執務室で、レオンハルトに見せられたのは最高級の紅茶の缶。

 シキが紅茶を好むことを知っていて、時折友人としてティータイムを楽しむ。



「良い茶葉を用意しましたね。レオン、さっそくいただいても?」


「もちろんだ。準備させよう」



 レオンハルトが控えていた側近に渡し、ティータイムの準備が始まる。


 帝国に帰還して間もなく、シキは今回の任務について改めて報告するため皇太子の執務室を訪ねた。

 ここにすぐ来たのは、心配性の兄にいち早く報告するため。

 クリスティーナに対して厳しい態度を見せているが、シキからすれば妹を可愛がっている兄にしか見えない。

 

 二人の母である皇妃ロザーラを亡くしてから、レオンハルトが同母の妹姫を大事にしてきたのを、シキは陰ながらずっと見てきた。

 お茶の準備が整うと、向かい合わせでソファに腰かけた二人は、注がれた香り良い紅茶を口にした。



「さすがですね。香りと苦みのバランスが絶妙です」



 茶葉がいいのはもちろんだが、側近の紅茶の入れ方が上手いのもあるだろう。

 任務の疲れが癒される。

 まさか任務がひと月に渡ることになるとは思わなかったが。



「気に入ってくれて何よりだ。シキ、任務の本来の目的だったナウシエト遺跡はどうだったんだ?」


「文献に書いてあった通り、ロストテクノロジーが存在していましたよ」


「ほう」


「遺跡でロストテクノロジーの解析は済みましたが、その仕組みを再現して実用に耐えられるものにするには、しばらく研究が必要でしょうね」


「新型戦空艇に搭載できそうなのか?」


「可能性は十分にありますよ」


「それは楽しみだな。ところでシキ、任務中の跳ねっ返りの相手は大変だっただろう」



 苦笑交じりに言うレオンハルトに、シキは仕事の表情とは打って変わって甘い表情で言った。



「いいえ。私のお姫様はいつも最高に可愛かったですが」


「お前も年季が入ってるな。アレのどこがいいのだ」


「どこがって、妹思いのレオンなら分かるでしょう? ティナの凛とした佇まいはもちろん、仲間を思い遣る優しさに軍人としての的確な判断。それなのに恋愛に関しては初心で、いつも照れている姿がたまらない」


「お、おう。わかった、わかった」


「それに、好奇心旺盛で行動力があって生き生きとしていて……って、レオン。ティナの時折見せるあの行動は何ですか。いつの間にあんな行動をするようになったのですか?」



 まくし立てるようにシキが指摘すると、何のことだ、とレオンハルトが引き気味に言った。



「戦闘中に身を投げ出す行動です。昔は生命力に溢れていたのに、あんな行動を見せられれば生きた心地がしません」


「あれか。記憶喪失になってから見せるようになった行動だ。第三師団の団員にも気をつけるように指示は出している。どうしてそうなってしまったのか、帝国の医師でも不明だと言っているが、恐らく最初の魔力暴走が関連しているだろうな」


「あの時の魔力暴走ですか……」



 シキの脳裏に過去の記憶が浮かび上がる。

 ぽつりと呟くと、声を拾ったレオンハルトが溜息を零した。



「すまない、シキ。またクリスの魔力暴走を止めてもらったな」


「かまいません。私以外に誰が止められますか? むしろ私以外が止めていたら、その者が生きているかどうかわかりませんけど」



 にっこりと微笑めば、レオンハルトが眉根を寄せて渋面を見せた。



「その顔、やめろ。側近が生きた心地がしないだろ。そもそもクリスを止められるのはお前しかいない。それはわかっているだろう? 帝国でも随一の魔力を持っているシキだからこそ、クリスの持つ魔力を抑え込める」


「私がティナの役に立っているのなら本望です。ティナは死にかけていた私に、生きる気力を与えてくれた。病を得たのもこのためかとも思いましたしね。ティナが幸せになるなら何でもしますよ」


「お前は病に伏せていた時の方が、素直で扱い易くてよかった」



 シキは本心を伝えたまでだが、レオンハルトが再び溜息を零した。


 シキは帝国でもトップクラスの魔力保有量を持っているが、それゆえ幼少期は魔力に体を蝕まれ病に伏せていた。

 帝都では悪化するばかりのため、静養のために移り住んだのがザートツェントル公爵家が懇意にしていた、皇妃ロザーラの実家・アルトマイアー公爵家の帝都に近い保養地だった。

 保養地で静養していた時に出会ったのが、レオンハルトとクリスティーナの兄妹。

 この頃より魔導よりも機械に興味が惹かれていたシキだったが、そんなシキと意気投合したのがレオンハルトだ。

 楽しそうな兄たちと一緒にいたがったのがクリスティーナで、彼女自身も機械に興味を示していた。



「シキ、魔力暴走のきっかけは何だ?」


「明確にはわかりません。考えられるのは、ワイバーンに戦空艇が攻撃されたからじゃないかと。ティナは殊更第三師団を大切にしていますからね」


「大切なものを奪われる……そういう心情だったかもしれないな、クリスは」


「そうかもしれません」



 ナウシエト遺跡でのクリスの表情を思い出し、シキは目を伏せた。





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