第35話 軍人当主
「開門! 開門!」
大きな城門を開け放ち、跳ね上げ橋を渡るクリスティーナたちが乗る馬車を迎え入れた。
辺境伯領のシンボルでもあり、帝国国境を守る要塞でもあるブランデンブルク家が住むバーグ城は、水に囲まれた頑強な城だ。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
先にサラが降りると、城の玄関先で待っていた執事と侍女たちがお辞儀をした。
「カール、急ぎお父様に取次ぎを。大事なお客様をお連れしたの」
「左様でございますか。では今すぐに。それからお客様を応接室へご案内しましょう」
「ああ、それと。お客様は怪我をされているわ。手当をしてほしいの」
「そちらも手配しましょう」
「カール、お願いね。……シキさま」
「ああ」
呼ばれたシキが馬車から降り、馬車へ向かって手を差し伸べた。
その手をとって降りれば、執事の目が開かれる。
「これはこれは……皇女殿下ではありませんか」
「急な訪問でごめんなさいね。閣下にご挨拶できるかしら」
「もちろんでございます。皇女殿下、ご案内いたします」
執事が恭しく頭を下げ、クリスティーナとシキを先導して城へと入った。玄関から続く回廊を進むと、花が咲き誇る見事な中庭が目を楽しませくれる。
クリスティーナたちが通された応接室は、その中庭がよく見える部屋だった。
執事はすぐに医師を呼び、手際よくクリスティーナの怪我の手当てがなされた。
「お待たせしました、皇女殿下。我が城へようこそ!」
手当が終わりしばらく待っていると、この部屋にサラを伴って現れたのは大柄な男だった。
ブランデンブルク家当主である辺境伯マックス・ブランデンブルクだ。
服の上からでもわかるがっしりとした体格で快活に話す彼は、クリスティーナと二十以上歳の差があるにも関わらず若々しい。
現役の軍人である彼こそが、帝国国境を守る要となる国境警備団の団長である。
「閣下、ご無沙汰しております。急な訪問を受け入れてくださりありがとうございます」
「受け入れるに決まっておりますよ。皇女殿下が我が城へ来ていただけるだなんて名誉だ」
「本当に名誉になればいいのですが」
「なに、派閥は関係ありませんぞ。皇女殿下のお人柄と軍人としての功績を考えれば、憂慮するには及びません」
「閣下の懐の深さに感謝します。また、手当をしていただきありがとうございました。皆さんの心遣いに感謝します」
「とんでもない。当たり前のことをしたまでです」
クリスティーナが微笑めば、マックスも爽やかに笑み返した。
「サラから話を聞きました。我が娘を助けていただいたようで、ありがとうございます」
「改めて殿下ありがとうございました」
親子に頭を下げられて、クリスティーナは困惑した。
「いいえ、助けたというか……わたくしが巻き込んでしまったのですよ」
その言葉に何か勘が働いたのか、マックスは顎に手を当てた。
「ふむ……サラ、この自慢の中庭でお茶会を開いてはどうだろうか。皇女殿下とシキにゆっくりしてもらうのがいいと思うが」
「そうですわね、お父様。殿下、後ほどいらしていただけますか」
「ええ、もちろん」
「ではお父様、準備をして参ります」
「では、私も行きましょう」
かわいらしくお辞儀をしたサラを引き留めたのはシキだった。
「シキ?」
「体が弱いから無理をしないか気になって」
「すまない、シキ。気遣ってもらって」
「かまいません、閣下。ティナ、席を外しますよ」
ええ、と返事をしながらも、クリスティーナはもやもやとした感情を抱えた。けれども、表情には出さず微笑を崩すことはなかった。
二人がこの部屋を出ると、侍女が温かいお茶を給仕してくれた。給仕の仕方は丁寧で帝都の人間と引けを取らない。さすが辺境伯家というべきか。
クリスティーナが一口お茶を飲んだ後、マックスが真剣な表情を見せた。
「殿下の身に何があったのですか? その怪我もその時に?」
「中立派の閣下にお話しするのは心苦しいのですが……」
「かまいませんよ。殿下をお助けできるのであれば」
「そう言っていただけると助かります」
ドルレアンでのことは省きながら、今は皇太子の命で帝都に戻る途中であること、そして第二皇子派に狙われていることを話した。
「こちらの街で第二皇子派の襲撃に遭ってしまい、対処している最中に偶然ご令嬢と出会ってしまったのです。ご令嬢を巻き込んでしまったのは、わたくしの落ち度ですわ」
「何をおっしゃるか。殿下はご自身を守っただけのこと。そして、大変な状況にも関わらず我が娘を助けてくださった。殿下、改めてありがとうございます。さすが帝国軍の軍人でいらっしゃる」
「閣下から評価していただけるとは思いませんでしたわ」
「第三師団の師団長として、帝国軍内では殿下の評価は高いのですぞ」
「そうですか。ありがたいことです」
他の団から自分の評価を聞くことなど滅多にないから、クリスティーナの胸の内はほわりと温かくなった。
「殿下、そういう状況であるならば怪我のこともありますし、今日は我が城にお泊りください。明日朝には馬車を用意しましょう。ブランデンブルク家の馬車に乗れば、そうそう襲撃はないでしょうぞ」
マックスの提案に確かにそうかもしれない、とクリスティーナは思った。
第二皇子派からすれば中立派に手を出すことは、パワーバランスを崩しかねないことだ。
日和見貴族が多いため、不興を買えば一気に皇太子派に流れる。それは避けたいはずだ。
「これは娘を助けていただいたお礼と思ってもらえればいい」
返事をしないでいると、マックスが気遣ってくれる。
それにお礼をもらうことを辞退しようとしている、クリスティーナの行動も読まれているようだ。
中立派の辺境伯の気遣いを無碍にすることはできない。
「閣下、お気遣いいただきありがとうございます。お礼をいただいても?」
「もちろんです、殿下」
ニカッと爽やかに笑ったマックスは、侍女に部屋を整えるように指示をした。
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