第34話 病弱令嬢


「まずいな……」



 追跡者が漏らした声をクリスティーナは聞き逃さなかった。



「あなた方、民を巻き込むのは上官の意に反しているのではなくって?」



 クリスティーナが鋭く見据えれば、追跡者はたじろいだ。

 やはり彼らの行動はやり過ぎたのだ。であれば、できればここで退いてほしい。

 接近戦が得意なクリスティーナは、魔導士との相性がよくない。それに、先ほど令嬢を守るために魔法を避けられなかったため、少し腕にダメージを負った。

 誰かを守りながらでは不利だ。



「あなた方、退くならこの者たちも連れて行ってください」



 ドサリ、と何かが落ちた音がした方を見ると、戦意を喪失し伸びている追跡者が横たわっていた。

 そこにいたのはシキだった。



「あと二人は路地裏で伸びています。街に迷惑をかけないように連れて帰ってください」


「……チッ、退くぞ」



 追跡者たちは横たわった仲間を担ぎ上げ、一目散に路地の方へ駆けて行った。

 その姿が消えたのを確認したクリスティーナは、ホッと安堵の息を吐いた。



「ご無事でして?」


「は、はい。助けてくださりありがとうございます」



 どこか儚げな令嬢は侍女に支えられて、立ち上がれるようになっていた。



「怖かったでしょう? わたくし、あなたを巻き込んでしまったわ」


「いいえ、いいえ。守ってくださってありがたかったです」



 眉を下げたクリスティーナに、令嬢は首を横に振って優しく笑った。



「ティナ、ご無事ですか?」


「シキ、ありがとう。いいタイミングだったわ」


「……シキ? シキさま?」



 近づいてきたシキに反応した令嬢は目を丸くした。

 そして、その反応はシキも同様だった。



「サラですか!?」


「ええ、シキさま! お久しぶりです」



 サラと呼ばれた令嬢は、シキに向ってふわりと微笑んだ。



「……知り合いなのかしら?」


「ええ、彼女はサラ。ブランデンブルク辺境伯のご令嬢です」


「まあ」



 クリスティーナは軽く目を見開いた。

 ブランデンブルク辺境伯の一族は武官の一族だが、その娘は病弱で領内から出られないと耳にしていた。

 なるほど彼女が、とクリスティーナは納得する。

 儚げに微笑むサラは大人しく、軍人であるクリスティーナと対極に位置する。まさに深窓の令嬢といった雰囲気をまとっている。



「サラ。こちらはクリスティーナ・ヴィクトール皇女殿下です。今はお忍びでこちらにいらっしゃる」


「ま、まあ! そうでいらっしゃいましたか。ご無礼をお許しください、皇女殿下。お初にお目にかかります。ブランデンブルク辺境伯の娘、サラ・ブランデンブルクでございます。この度は助けていただきありがとうございました」



 頭を下げたサラの言葉にシキが目を眇めた。



「助けた? ティナ、怪我をしているじゃないですか!」



 目ざとく見つけたシキに内心で溜息を吐く。

 怪我ぐらい軍人であれば日常茶飯事だ。



「少しだけよ。魔法での攻撃だったから、民を守るには避けられないでしょう?」


「それはわかりますが少しでも怪我は怪我です。すぐに手当をしないと」


「もしよろしければ、私どもの城へいらっしゃいませんか? 武官の一族ゆえ、外傷の手当は街医者より腕の良い医師がおります。それに訳ありのご様子ですし……」



 先ほどの戦闘を見れば、何かを察してしまうのだろう。

 それにクリスティーナたちの中位クラスの貴族の子女の衣装に、彼女は戸惑っている。



「でも、あなたは街に用事があるんじゃ……」


「いえ。薬局に行って、もう終わったところなんです。これから城へ戻ろうとしていたので、何も心配はございません」



 サラがこちらを気遣いながら提案をしてくれるが、この状況下で他人を巻き込んでしまうことにクリスティーナはためらってしまう。

 それにここで本国の貴族に頼っていいのか、皇女としてその判断が難しい。

 ブランデンブルク一族は、皇太子派でもなく第二皇子派でもなく中立派だったはず。中立派は穏健な貴族も多いが、裏を返せば日和見でもあるのだ。

 皇太子派と見られているクリスティーナが判断を間違えれば、レオンハルトに失点を与えてしまうことになる。



「ティナ、ここはサラの提案に甘えましょう」


「でも」


「また襲撃があるかもしれませんし、ここに留まれば街に被害が出るかもしれない。それにブランデンブルク家に行けば戦力もあります。中立派の辺境伯は話がわかる方です。サラ、頼めますか?」


「もちろんです、シキさま。皇女殿下、ぜひ」



 おそらくクリスティーナが考える懸念点も考慮した上で、シキは発言しているはずだ。

 サラとどの程度の関係性なのかはわからないが、辺境伯ともどうやら顔見知りらしい。

 辺境伯マックス・ブランデンブルクとは、クリスティーナも何度か顔を合わせている。帝国に忠誠を誓い、国境を守り続ける彼自身は、確かに軍人として信頼に値する。

 ここはシキが言うように、サラの提案に乗っておく方がいいのだろう。



「……わかったわ。迷惑をかけてしまうかもしれないけれど」


「いいえ、いいえ! お礼もさせていただきたいですし、父も喜びます」



 シキが頷き、サラがぱあっと明るい笑顔を浮かべた。

 そこからは早かった。

 待たせていた馬車をあえてリヒトホーフェン家へ帰し、クリスティーナとシキはサラが乗ってきた馬車で、一路ブランデンブルク家の城へと向かった。






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