第33話 追跡者達

 街角に小さなアクセサリーショップを見つけたクリスティーナは、ふと足を止めた。

 アクセサリーショップの看板には魔導石と書かれてある。

 職業柄、魔導石にはどうしても反応してしまう。



「どうしました、ティナ?」


「あのお店に入ってもいいかしら?」


「もちろん。ティナが入りたいって言ったのは初めてですね」



 シキのエスコートで店内に入ると、広くはない古めかしい店内だが、品の良い家具でまとめられており落ち着いた雰囲気だ。

 アクセサリーのひとつひとつが丁寧に作られていて、目の肥えているクリスティーナを唸らせるほど、使われている魔導石が上質なものだとわかる。



(辺境伯領内に良い職人がいるなんて知らなかったわ)



 店内を見て回ると、クリスティーナの目に留まったものがあった。

 力のある魔導石が使われている、と感じたクリスティーナが手に取ったものは、優雅な装飾が施されたペンダントだった。



「力がありそうな魔導石ですね」


「あなたもわかるのね」


「もちろん。それに紫の魔導石の周りに、黒の天然石で彩られているデザインもいいですね。ふふ、意識してくれたんですか?」


「意識?」



 アクセサリーに視線を落とし、はっと気がついた瞬間に頬を真っ赤に染めた。



(わたくしとシキの瞳の色だわ!)



 無意識に選んだのかと思うと恥ずかしくなって、元の場所へ返そうとした時、さっとシキに奪われた。



「私がプレゼントさせてもらっても?」


「え……?」



 クリスティーナが一瞬戸惑った隙に、シキはさっさと会計を済ましてしまった。



「シキ、プレゼントだなんて……」


「ティナにいつか贈り物をしたかったんですよ。受け取ってほしいのですが、だめですか?」



 断ろうと思っていたのに、小首を傾げて懇願されれば難しい。

 それにどこか嬉しく思っている自分がいるから、ふるふると横に首を振った。



「うれしい。ティナ、つけてあげますね」



 後ろに回り込んだシキが、手ずからクリスティーナにネックレスをつける。

 照明をきらりと反射させたアクセサリーを、クリスティーナはじっと見つめた。

 自分の首元が自分の色とシキの色で飾られ、少し気恥ずかしい。



「ありがとう、シキ」


「似合っていますよ、ティナ」



 耳元で囁かれた甘い声音に、どきどきと心臓が早鐘を打つ。

 ああ、自分はこんなにも意識しているのか、とクリスティーナは気づかされる。

 そんな自分が嫌ではなかった。



「さあ、行きましょう」



 再びシキのエスコートで店を出た。

 歩くたびに揺れるペンダントに、クリスティーナは自然と頬を緩ませる。

 そっとシキを見上げると、気づいたシキがふわりと微笑んでくれた。

 美しい街並みを二人でゆっくり歩く、そんな時間が好ましいと感じ始めていた。



「ティナ、少し路地裏を歩きませんか? ……二人きりになりたいんです」



 体を寄せ、シキが耳に囁いた。



(……もうこの時間も終わってしまうのね)



 甘い言葉を素直に受け取れたら良かったが。

 相手を存分に焦らしたから、心理的にそろそろ行動を移したいという衝動に駆られる頃合いだろう。

 今まであえて人通りの多い通りを歩いていたし、ここはおあつらえ向きに人通りが少ない。

 あちらが仕掛けるつもりで、こちらから仕掛けるにはちょうどいい。



「わたくしも同じ気持ちよ」


「うれしいですね」



 本物の恋人のように寄り添い、少し歩いた先にある商店の角を曲がった。

 あまり日の当たらない、閉店している店が並ぶ狭い路地。

 きっちりと気配が後ろからついてきた。

 二人は目配せをすると、ダッと同時に走り出した。

 ちらりと後方を確認すると追跡者は五人。

 十字路に差しかかり、二手に分かれた。

 クリスティーナについてきたのは二人。



(なめられたものね)



 スカートをまくり上げ、太ももに装備していたロッドを手にし、なけなしの魔力を込める。



「ハルバード」



 ロッドがブンッと短い音を発し、長い柄に変化する。

 先端には魔力が放出され、魔力で作られた鋭い斧が生成された。



氷柱矢アイシクルアロー!」



 空間に生み出された多数の氷柱がクリスティーナを襲う。

 すばやく振り向いたクリスティーナは、避けながらもハルバードを器用に操り、氷柱を叩き落した。



(魔法を使ってきたわ。プロの刺客どころか、魔導士団第二隊の隊員ね!)



蔓草鞭バインウィップ!」



 二本の太いツタがクリスティーナを狙った。

 すばやく後ろに下がりながら、ツタを斬りつける。

 しかしツタが腕に巻きつき、ぐんと前へ引っ張られた。

 追跡者が新たな魔法を唱えたのを見て、クリスティーナは口の端を上げた。

 ハルバードを前後に構え、ツタが巻き戻るスピードを利用する。

 スピードに乗ったまま、追跡者の手のひらに生まれた魔法の塊に突き刺した。



 ゴオオオォンッ!



 魔法が暴発し、黒煙が舞い上がる。

 クリスティーナに巻きついていたツタも消滅し、自由を取り戻すと再び駆け出した。



(魔法は厄介ね。できれば広い場所で戦いたいけど、人を巻き込まない場所があれば……)



 地理に詳しくはないから、そんな場所があるかはわからない。

 曲がり角を何度か曲がり、追跡者を撒きながら駆け抜ける。

 やがて路地の先に大通りが見えた。



(これ以上道がないわ。大通りに出るしかない)



 ちらりと後ろを見ると、追跡者が手のひらに魔力を貯めていた。



(大通りに出ようとしているのに、魔法で攻撃しようというの!?)



 ジェレミーの性格から考えると秘密裏に処理したいはずだ。

 だからこちらもそう読んで、わざわざ路地に移動したのだ。

 それなのにこの追跡者たちは人通りがある場所で、この状況を明るみにするつもりなのか。

 魔法が放たれたのと、クリスティーナが大通りに出たのは同時だった。



氷柱矢アイシクルアロー!」


「きゃあああああああ!」



 空間に生み出された多数の氷柱が襲ったのは、クリスティーナだけではなかった。

 近くにいた、ちょうど馬車に乗車しようとしていた令嬢にもだ。



(いけない!)



 クリスティーナはすぐに令嬢に駆け寄り、身を挺してハルバードで氷柱を叩き落した。



「無事かしら!?」


「は、はい!」



 腰が抜けたのかその場に座り込んだ令嬢は、怯えながらもクリスティーナに気丈に答えた。







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