第31話 帰還命令
「……というわけですの、レオンお兄様」
「お前は療養していたはずだが、どうして大人しくできないのだ」
「わたくしは皇女として、ドルレアン王家の招待を無碍にすることはできないと判断したまで。お兄様だって招待に応じるでしょう?」
「……そうだな」
はあ、と深く溜息を吐いたのは、画面の向こうにいるレオンハルトだ。
王宮から王都のリヒトホーフェン家の本邸に戻ってきたクリスティーナは、シキが持っていた魔道通信機で兄に報告を行っていた。
「まあ、シキと仲睦まじいようで良かった。それがせめてもの救いだな」
「はあ!? な、仲睦まじいですって!?」
必要以上ににこにこして言ったレオンハルトに、クリスティーナはかみついた。
「私が指示しただろう?」
指示……? と疑問に思ったクリスティーナだったが、シキが伝えてきた兄の「イチャイチャするように」という伝言を思い出した。
クリスティーナは頬を赤くして目を逸らし、その反応に気をよくしたのか、レオンハルトが満足そうに息を吐いた。
「さてクリス、本国へ帰還せよ。ナウシエト遺跡の件は調査があらかた終わった」
「……何か分かったのですか?」
「シキの報告によると、遺跡で誰かが仕掛けた魔方陣があったと聞いている」
「その通りですわ」
「こちらでの調査の結果、第二皇子派の仕業だと分かった」
「え、第二皇子派ですか? 過去の人間が作った魔方陣ではなくて?」
「ああ。しかも、ジェレミー率いる魔導士団第二隊のものだ」
「ジェレミーお兄様自ら!?」
クリスティーナは目を見開いた。
もう一人の兄であるジェレミーは、帝国軍の魔導士団に所属し、魔導士団第二隊の隊長を務めている。
幼いころから大きな魔力を持っているジェレミーにとって、魔方陣を描き魔力を発動させることは造作もないことだ。
「どうしてジェレミーお兄様がそんなことを……」
「あいつは昔から何を考えているのかわからないところがあるからな。ただ、第二皇子派が何か仕掛けてきていると思った方がいい」
「そうですわね」
皇太子派と第二皇子派は彼らが幼い時から争ってきた。
彼らが争いを望まずとも、次代の権力を手中に収めんがためにそれぞれの貴族たちは争っていた。
それは皇太子が決まった今もなおだ。
「それと狙われているのは私ではなく、クリスだと思う」
「わたくし、ですか?」
思ってもみないことを言われ、クリスティーナは困惑した。
「ああ。クリス、ここ最近ワイバーンの群れと遭遇したのは何回だ?」
「ワイバーンの群れですか……二回ですわね」
出動要請に従って帝都から少し離れた場所での討伐とナウシエト遺跡だ。
それに関しては、クリスティーナも引っかかり覚えていたことだ。
「ワイバーンの群れとの遭遇をどう思う?」
「遭遇することが珍しいワイバーンの群れと二回も遭遇したのは、わたくしも引っかかっていましたわ」
「こちらの調査では、ワイバーンの群れもジェレミーが関わっている可能性が高い」
まさか、とクリスティーナは思ったが、魔方陣を仕掛けたのがジェレミーであればワイバーンの群れくらい召喚など簡単だろうと考え直す。
(ジェレミーお兄様は、一体何を考えているのかしら?)
もっと言えば、第二皇子派のトップである側妃テオドラの考えだ。
帝国内でも力のあるメラース侯爵家の血筋であるテオドラは、政治のパワーバランスを考えて側妃となった。
執着と権力欲が強いテオドラだが、皇妃が亡くなった今も側妃という地位に留められている。父帝が皇妃はロザーラ一人だけだ、と繰り上がることを良しとしなかった。
それもあってか、我が子を皇帝にという想いが強い。
(レオンお兄様ならともかく、妃殿下がわたくしを狙う理由はあるかしら? どうも違和感がつきまとうわ)
「どういう意図かはわからないが、クリスにあえてワイバーンを討伐させているようにも思う」
「あえて。何のために」
「それはわからん」
「また何か仕掛けてくるかもしれないということですね」
「そうだ。それにドルレアンの件も、もしかしたら第二皇子派が関わっているかもしれないしな」
「ドルレアンの件もですか!?」
「あくまで可能性の話だ。ドルレアンでもお前が狙われただろう?」
「……そうですね」
「今回処罰の対象となった王妃も王弟も自分の欲には素直な人間だ。けしかけるには容易い」
「そんな相手をわたくしの婚約者にしたのですね?」
「操るにも容易いだろう?」
レオンハルトがニヤリと口の端を上げ、嫌味を簡単にあしらわれたクリスティーナは内心で舌打ちをした。
「とにかくだ。クリスを狙う理由がまだ判断できないが、こちらに帰還する際も狙われるかもしれない。十分に気をつけるように」
「かしこまりました」
「シキを婚約者と副官にしたのは、我ながら良い案だったな」
「彼がいなくてもわたくしは自分を守れます。なぜ彼を副官にしたのですか」
「お前が皇女だからだろう。現にナウシエト遺跡で倒れただろうが」
呆れて言う兄に対して、クリスティーナはもう一つの引っかかりを口にした。
「……そのことですが、お兄様」
「なんだ?」
「わたくしは本当にワイバーンの攻撃を受けて、体に傷を負ったのでしょうか?」
「そうシキから報告を受けている。現場にいたのはシキだ。そして、そのシキがお前を助けたのだ。事実だろう」
あっさりそう口にした兄に、しかしクリスティーナはどうにも飲み込めなかった。
ドルレアンにいる間中、ずっと気になっていたことだ。
クリスティーナにはその記憶がない。
真実は本当にそうなのだろうか。
「何度も言うがお前は皇女だ。守られる側の人間だ。大人しくシキに守られておけ」
そう言ってくる兄に、わかりやすく口を尖らせておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます