第30話 王妃捕縛


「助けにって……わたくしは軍人だから、助けなんていらないわ」


「そうだ。皇女殿下はお前より強い」


「知らなかったんだ、クリスティーナの強さを。クリスティーナが刺客に襲われるから、助ければ再びの婚約もありえるだろうと言われて」


「再びの婚約ですか」


「ひっ」



 ナガトの肩に手を置いたシキの低い声が、彼を威嚇する。



「ナガト。どうせあなたのことだから、婚約を利用してドルレアンでの地位の復帰を狙っていたんでしょう」


「な、なぜそれを……っ」


「そんなことだろうと思ったわ。だけど、帝国が決めたことは覆せないわ」


「だ、だがそう言われて」


「誰に?」



 クリスティーナが問えば、ナガトは恐る恐るユメノを見た。

 視線の合ったユメノが王族の席から立ちあがり、眉根を寄せ当惑した表情をして近づいてきた。



「……どうして私を見るのですか」


「ナガト、それはありえない。ユメノがそんなことをするわけないだろう!」



 国王がナガトを強く諫めると、ナガトが珍しく傷ついた表情を見せた。



「あ、兄上、ですが……!」


「そうかしら? わたくしからすれば王妃も王宮の騎士を動かせるのだから、ありえないことではないですわ」



 クリスティーナの冷静な指摘に、ユメノが余裕たっぷりに言った。



「いいえ、皇女殿下。ナガト殿下には動機がありますわ。殿下は思わずあなたを悪女と呼びたくなるほど、婚約破棄でプライドを傷つけられた。その恨みを晴らすために、あなたを襲わせたんじゃないかしら。そこを助けて恩を売りつけられたらメリットも大きいわ。自作自演ね。きっとそうだわ」


「自作自演ねぇ」


「早くあの者たちとともに、ナガト殿下も牢屋に連れて行った方がいいわ。ね、陛下」



 牢屋への指示を出そうとするユメノを横目に近づいてきたシキが、クリスティーナに耳打ちした。

 クリスティーナはひとつ頷くと、差し出した手のひらにシキが何かをそっと乗せた。



「国王陛下、こちらに見覚えがありませんこと?」



 クリスティーナはすっと手のひらを差し出し、国王が覗き込んだ。

 彼女の手のひらには、細かな装飾と文字が刻まれた徽章があった。



「これは……我が国の近衛騎士が持つ徽章ではないか!」


「陛下、そちらは皇女殿下を狙った男が身につけていたものです」


「あらあら。うかつね」



 シキの報告にクリスティーナは呆れた表情を見せ、国王と王妃は青ざめた。



「あの者たちの顔を見せよ」


「陛下、お待ち……っ」



 威厳のある低い声で命令すると、近衛騎士たちが捕縛した刺客たちの頭巾を乱暴にとった。

 現れた顔は見目麗しい男たちで、まさかと国王は目を見開いた。



「……王妃付きの近衛騎士ではないか」


「ち、違うわ、陛下! 私の騎士ではないわ」


「いいえ、王妃の騎士よ。わたくしも覚えていてよ。端正な顔立ちの騎士をよく集めたものだと思ったもの」



 クリスティーナがさらりと言うと、ユメノがギッと睨みつけた。



「どういうことなんだ、ユメノ」


「陛下、わたくしじゃないわ! 私が皇女殿下を狙う理由なんてない。ナガト殿下との婚約破棄後に接点なんてないのですよ」



 わなわなと震える国王に、ユメノが縋りついた。



「では、この者たちのことはどう説明する?」


「私には覚えがありません、信じて!」


「信じるも何もこの者たちが証拠でしょう。王宮の騎士は主君の命に背けないわ。あなたの本望があったのでしょうけど、わたくしはこの通り無事だし、煽ったナガトからボロが出た。相変わらず詰めが甘いのね。叶うものも叶わないわよ?」


「あ、あなたは私をどれだけバカにすれば気が済むの!?」


「なるほど、意趣返しがしたかったのね? バカにされていると思って。立派な動機じゃない。わたくしへの嫌がらせとして直属の騎士に襲わせたのでしょうけど、怯えて泣き叫ぶとでも思ったのかしら?」


「可愛げがない女ね! 悪女の名にふさわしいわ!」


「悪女なんて可愛いものだわ。悪女である前に、わたくしは血を恐れない軍人よ」



 手にしているハルバードをブン、と一振りすれば、ユメノはひっ、と短い悲鳴を上げて後ずさった。



「あなたにとってはいつもの嫌がらせなのでしょうけど、一線を超えてしまったわね」


「ユメノ。皇女殿下への数々の無礼……本当なのか」


「へ、陛下。違う、違うの……」


「ユメノを下がらせよ。後でじっくりと話し合おう」


「ま、待ってっ。違うのよ、これには訳が……っ」


「ユメノを連れていけ。ナガトも同様だ。警備を怠るな」


「は!」



 国王が近衛騎士に命じ、項垂れるナガトと暴れる王妃を押さえ込んだ近衛騎士が広間を出て行く。

 その後、国王はクリスティーナに跪いた。



「皇女殿下、誠に申し訳ございません。我が国ドルレアンは宗主国ヴィクトール帝国に忠誠を誓っております。この度の件についてしっかりと追及いたしますゆえ、どうか我が国で処分をさせていただけないでしょうか?」


「陛下の厚い忠誠は兄の皇太子レオンハルトも認めているところです。けれど、わたくしは王妃陛下に招待状をもらってこちらに参りましたのよ?」



 国王の申し出に、クリスティーナは困ったような声色を出しながら圧を掛ける。

 帝国が従属国の王妃を処罰するとなれば、周辺諸国に伝わりドルレアンの国際的な地位に影響がでるのは必至だ。国王がそれを避けたいために申し出ていることはわかる。

 しかし、王妃が皇女を招待し、その王妃が皇女を危険な目に合わせた。

 宗主国と従属国の関係性から考えれば、ドルレアン側に判断を委ねたとしても軽い処罰で終わらせるわけにはいかない。



「ドルレアン国王陛下。陛下に判断を委ねますが、ご英断を期待していますよ。わたくしをがっかりさせないでくださいね」



 クリスティーナが計算されつくした美しい笑みを浮かべた。

 国王は一度きつく目を閉じ、そして恭順の意を示すように頭を垂れた。



「もちろんです。皇女殿下。帝国に繁栄あれ」



 国王の行動に側近や近衛騎士たちが続いた。



「シキ、本国へ報告するために急ぎ戻るわよ」


「ええ、もちろんです」



 隣にいたシキがクリスティーナをひょいっと横抱きにした。

 突然のことにクリスティーナはぎょっとした。



「ちょ、ちょっと! シキ、何をしているの!?」


「ドレスを引き裂いて足を見せつけるだなんて、誰を誘惑するつもりですか? 婚約者としては我慢なりませんよ」


「我慢!?」


「当り前でしょう? 私の忍耐力を褒めてほしいくらいです」



 にっこりと笑ったシキに逆らってはいけないと感じて、クリスティーナは口をつぐんだ。

 シキが大人しくなったクリスティーナを抱えて、さっさと広間を出て王宮を後にした。







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