第29話 謀殺疑惑
(そう言えば、わたくしが戦っている姿を見るのは初めてじゃないかしら。ナガトはわたくしの力量を知らない。だったら、この男は何者なの?)
明らかにクリスティーナを狙っていることはわかる。誰の手の者だろうか。
(太刀筋があまりにも規則正しい。まるで王宮に仕える騎士のよう……)
相手はなかなかの手練れだが、クリスティーナは違和感を持った。
刺客ともなれば実戦ばかりを積んだ者たちだ。
王宮の騎士とはそこに大きな差があり、彼らの太刀筋は明らかに「生きている」とクリスティーナは感じる。
悲しいかなクリスティーナは皇女で命を狙われることも多かったし、なにより自身が軍人で戦場に身を置くことも多かったから、そういったことがよくわかった。
(それしても、動きにくいわね)
一旦間合いを取ったとき、カツンと自分のヒールの音が鳴った。
軍服であればいくらでも動ける。けれども、今のドレス姿やヒールでは動きが制限されてしまい、相手を仕留めるのは骨が折れる。
(短期決戦で仕留めるしかないわね)
「きゃああああああ!」
「ぎゃああああああ!」
ナガトと令嬢たちの悲鳴に反射的に振りむけば、令嬢たちを飛び越えて刺客がもう一人現れた。
剣を構え、クリスティーナに真っ直ぐ向かってくる。
同時に今まで相対していた刺客も襲ってくる。
チッ、と軽く舌打ちしたクリスティーナは、構えた瞬間に何かに気づいた。
(っ! さらに一人いる!!)
「な、何で上からも狙ってるんだ!? 話が違う! おい、クリスティーナ、上だ。上にいるぞ!」
ナガトも気づき、騒ぎ出す。
すぐさま視線を上げると、屋根伝いに走りこんでくる刺客がいた。
キラリと光る刀身がクリスティーナを狙う。
「お、おい。何をやっているんだ、クリスティーナ!」
クリスティーナは迎え撃とうとしたが、ふと構えを解いて、やめてしまった。
迫りくる刺客たちの刃に恐怖が刺激され、息ができない。
心臓の激しい鼓動が、身体全体から聞こえてくる。
生と死のボーダーライン。
ギリギリの感覚。
記憶を失っているクリスティーナは、時折自分の存在が分からなくなる。
自分は生きているのか、生きながらに死んでいるのか。
生きている感覚があやふやだ。
けれどもこの瞬間は、
「……生きてるって、感じがする」
衝動的に確かめたくなるのだ。
本当に自分自身が生きていていいのかどうかを。
その時、存在が消えてなくなったとしても。
刺客の刃が間近に迫った時、クリスティーナの頭は真っ白になった。
思い出せ、目覚めよ。
……もう失うわけにはいかない。
どこかで聞いた言葉が頭に響いた。
刹那、ビュンッ、と鞭のようにしなった三本の刀身が、三人の男たちの足を貫いた。
「ぎゃあああ!」
不意を突かれた男たちは苦悶の表情でその場にうずくまり、屋根から襲撃した男はテラスに激突した。
クリスティーナは目を見開き、ハッと短い息を吐いた。
「ティナ、どうして構えを解いたんです?」
「シキ」
「危なかったでしょう。命を粗末に扱うつもりですか」
テラスに現れたシキがクリスティーナの隣に立った。
ちらりと見たシキの眉根はきつく寄せられており、自分がやろうとしたことを察しているようだ。
そんなシキの態度にどこかホッとしている自分がいて、クリスティーナは少し戸惑った。
「……助かったわ」
「本当にそう思ってくれているといいですが。ご無事でなによりです」
「よくここがわかったわね」
「姿が見えなくなったあなたを探していましたからね。それで何者ですか、この者たちは。それにあの令嬢たちと……え、王弟?」
シキが目を眇めてナガトを見れば、ハッとした表情をしたナガトがこちらに駆けてきた。
「クリスティーナ、無事か!? 無事のようだな。まさか、こんなことになるとは……」
「どういうことですか」
低く唸るような声音を出したシキが、ナガトの胸倉をつかんで、ドンと壁に押し付けた。
「く、苦しい……」
「あなたの差し金ですか」
「ち、違……僕じゃ、ない」
「本当かしら。相手は刺客というよりも王宮の騎士って感じだけど」
「王宮の騎士ですか。じゃあ、広間に行って聞いてみましょうか?」
「や、やめろ」
ナガトが弱々しい声で抗議した時、刺客たちがゆらりと立ち上がって、剣を振り上げこちらに走りこんできた。
二人はニヤリと口の端を上げると、ナガトを引き連れて広間に向って駆け出した。
「ふぎゃああ、やめろぉ!」
「待て!」
ナガトの叫びと刺客の制止する声が重なる。
三人の刺客たちはケガを負いながらも、クリスティーナたちを追いかけてきた。
二人が武器を持ったまま広間に突入すると、あちこちから悲鳴が上がる。
広々としたダンスフロアでクリスティーナは踵を返し、こちらに向かってくる男を迎え撃つ。
ガキンッ、と男が上段から剣を振り下ろしたのを、クリスティーナは柄で受け止めた。
そのままその部分を支点にして、くるりと回転し、ガッ、と勢いよく男を蹴りつけた。
ズザザザザザアアアッ
真後ろにいた男も巻き込み、床面にものの見事に衝突し、激しく転倒した。
そして、ドスッ、という鈍い音が聞こえたかと思えば、シキが男を昏倒させていて、ずるりと地面に転がった。
シキの傍にいたナガトはどしんと尻もちをつき、わなわなと震えていた。
「何事だ!?」
「陛下、お下がりください!」
クリスティーナがちらりと視線を向けると、近衛騎士に止められながらも、国王がこちらにやってきた。
「あら、国王陛下ごきげんよう」
「で、殿下!?」
現状を見てぎょっとした国王とは対照的に、クリスティーナは綺麗に微笑んだ。
「手厚い歓待でしたわ。これは陛下の趣向でいらっしゃるの?」
「まさか、ありえません! すぐに賊を捕らえよ。パーティーの参加者を安全な所へ避難させるのだ」
はっ、と短い返事を発した近衛騎士たちが、方々に散らばった。
クリスティーナとシキが仕留めた男たちも、近衛騎士が改めて捕縛した。
「皇女殿下、お怪我は?」
「わたくしは軍人です。この程度の者たち相手に後れは取りません」
「ご無事で何よりです。一体何があったのですか。それになぜ愚弟がそこに?」
ナガトは腰が抜けたのかその場から動けず、青白い顔でこちらを見ていた。
「わたくしはこの者たちに襲撃されたのです。なぜか太刀筋が王宮の騎士のようでしたのよ。そのような王宮の騎士なんて、王族か大臣クラスでないと動かせないと思いますが」
「そんな王宮の騎士だなんて……それは本当なのですか」
「残念ながら。ナガトがこんなことになるとは、って言っていたけれど」
「……まさかナガト、この騒動はお前が起こしたのか」
「ち、違う! 僕は言われたままに……」
「言われたままに?」
「言われたままに……クリスティーナを助けに行ったんだ」
「はい?」
クリスティーナも国王も目が点になった。
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