第28話 刺客出現

 令嬢たちは煌びやかなドレスで着飾っており、この国の高位の貴族令嬢だと分かる。



(あらあら。下位の者が堂々とわたくしに声をかけて。礼儀がなっていないわね)



 クリスティーナは帝国の皇女だ。彼女たちとは地位が違い過ぎる。

 それなのに声をかけてきた。

 軽く見ているのか、ひとりになったところを狙ってきたのか。



「わたくしに何か?」


「不躾にお声がけして申し訳ございません。せっかく殿下がいらっしゃっているから、帝国のお話を聞きたくって」


「あちらのテラスにお席をご用意しておりますの。ご案内させていただいても?」



 有無を言わさないつもりらしい。

 軽く見ている上に、ひとりになったところを狙ってきたことは確定だ。

 一体誰の差し金か。



「ええ。よろしくてよ」



 せっかくだから、クリスティーナはそれに乗ることにした。

 シキの動向を追えば、ドルレアンの貴族と話をしていた。

 知り合いであれば無下にできないだろう。ここへ戻ってくることが多少遅くなると推測する。



「まあ、うれしい」


「こちらですわ」



 にこにこと微笑みながら、令嬢たちはクリスティーナを取り囲み、テラスへと向かった。

 どこの貴族の令嬢たちなのか。

 王弟ナガトと婚約していたのは、十九歳の時のわずか四か月のみ。その時はこの国の貴族についてある程度把握していたが、今はおぼろげだ。

 どちらにせよ、こちらに好意がある家のものではないだろう。



「……どこまでわたくしを連れていくつもりかしら?」



 テラスへ出てから、思っている以上に広間から離された。



「あら、本当にお席があると思っていて?」


「それであるならば、おめでたいですわ」



 表情をぐにゃり歪め、令嬢たちはクリスティーナを蔑んだように見た。



「王弟殿下を手ひどく婚約破棄をなさって、よくもこの国にいらっしゃったものね」


「悪女はやはり常識がないの?」


「王弟殿下はひどく傷ついて、まだ新しい婚約者を決めていらっしゃらないのよ」



 どうやら王弟の婚約者に収まりたいと考えているらしい。

 ナガトの婚約が決まらないのは、ナガトの所業が目に余るほどのことだったからだ。

 下手に臣下に下るような状況を作れば、何をしでかすかわからないと国王が判断していることに他ならない。

 しかし、何をやらかしたのかは国民には隠ぺいしたのだろう。



「それなのにもう婚約者を見つけているだなんて、はしたないわ」


「王弟殿下が気遣って話しかけていたのに、無下になさっていたわね」


「容赦なさらないのね。お綺麗な顔して、怖い方だわ」


「それはそうよ。野蛮な軍人皇女様だもの」



 クスクスとせせら笑い、クリスティーナを見下した。

 その軍人皇女にこの国は何度防衛されたのかわかっているのか。残念なことに、深窓の令嬢たちにはわからないのだろう。

 当然、今放たれた鋭い殺気にも。



「野蛮な軍人皇女様、口を閉ざしたままでどうしたのかしら?」


「ふふ、怯えているのかしら?」


「きっと自分のしたことの罪深さにやっと気がついたのよ」


「かわいそうな方ねぇ。私たちに言われないとわからないなんて」



 令嬢たちはクスクスと笑い続ける。

 瞬間、ビリビリビリッと布が引き裂かれた音が響き渡った。



「な、何をなさるの!?」



 音の出どころはクリスティーナが自らのドレスの裾を、太ももまで一気に引き裂いた音だ。



「ハルバード」



 ぎょっとする令嬢たちをよそに、太ももに装備していたロッドを手にし、なけなしの魔力を込める。

 ロッドがブンッと短い音を発し、長い柄に変化する。

 先端には魔力が放出され、魔力で作られた鋭い斧が生成された。

 クリスティーナは軽く構えると、令嬢たちに向かって飛んだ。



「きゃああああああ!」



 令嬢たちの甲高い声が王宮に響き渡る。

 クリスティーナは腰が抜けた令嬢たちを飛び越えると、テラスの死角から現れた人影に向ってハルバードを振り下ろした。



 ガキンッ



 テラスの床に亀裂が走った。

 チッと舌打ちをしたのは、クリスティーナの攻撃をギリギリで躱した黒づくめの男。

 得物は剣。テラスに漏れ出る明かりを反射させていた。


 刺客か。


 刺客の男は令嬢たちに向って走った。

 しかし、長い柄を持つハルバードを一振りすれば、あっさりと足止めされた。



「人質に取ろうと思っても無駄よ。あなた、何者かしら」



 クリスティーナは令嬢たちを背にかばい、余裕たっぷりに言い放った。



「こ、皇女殿下……」


「野蛮な軍人皇女に守られる気持ちはいかがかしら?」



 ガタガタと震えて怯えている令嬢たちをちらりと見やれば、縋るようにクリスティーナを見た。



「これはあなた方の手の者ではないの?」


「ち、違います!」


「ここは王宮ですから、そんな大胆なことなんて……」


「ちょっと待て、お前たち。何をしているんだ!」



 突然、大声が聞こえたかと思うと、こちらに猪突猛進してくる男が現れた。



「え、ナガト!?」



 なぜかクリスティーナたちを背にかばうと、不敵な笑みを浮かべて左右に腕を広げた。



「皆、無事か!? 女性を狙う不届き者が王宮にいるなんて。この僕が来たからにはもう大丈夫だ!」


「で、殿下!」



(なんでこんなタイミングで現れるのよ!)



 ナガトは典型的な文官王族だ。武芸は苦手としていたので、戦闘能力は皆無に等しい。

 それを知らない令嬢たちは、目を潤ませて感動していた。



「クリスティーナ、こんなところにいるなんて。もしや僕に会いたくて、テラスまで探していたのかい?」


「は?」


「それなのに大変なことに巻き込まれたね。かわいそうに。この僕が守ってあげよう」


「ええっと、いらないわよ?」


「はは、面白い冗談だね。君は僕の力が必要だろう?」



 ふふん、と上から目線で言われてげんなりするが、使えるものは使っておこうとクリスティーナは判断する。



「ええ、必要だわ。令嬢たちを命をかけて守って。そこから動かないで」


「へ? い、いや、僕は戦おうと……」


「わたくしの邪魔をしないでね」



 再びハルバードを構えると、先制攻撃とばかりにクリスティーナが動いた。

 ギンッギンッギンッ、と武器の打ち合う音が響き渡る。

 ちらりとナガトを見れば、ちゃんと令嬢を守りつつもぽかんとしてクリスティーナを見ていた。







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