第27話 直接対決


(まあ、熱い視線ね。夫が傍にいると言うのに)



 クリスティーナは微笑んだ表情を保ちながら、ユメノを観察していた。

 そんな女同士のやり取りに気が付かない国王が話を続ける。



「殿下、愚弟の不始末により婚約破棄を余儀なくさせてしまったこと、改めてお詫び申し上げます」


「よいのですよ、陛下。あの時、十分に謝罪をいただきました。帝国としてもすでに終わった話ですわ」


「ですが、先ほども愚弟に話しかけられていたようですが」


「陛下がお気づきになられたので、事なきを得ましたわ」


「間に合って良かったですよ。では改めて。この度のご婚約おめでとうございます」


「陛下、ありがとうございます」


「私からも。皇女殿下、おめでとうございます」


「ありがとうございます、王妃陛下」


「もう何度目か存じ上げませんが、引く手あまたで羨ましいですわ」



 国王よりも一歩前へ出たユメノは、悩まし気に眉をひそめて、ほぉと息を吐いた。

 きたわね、とクリスティーナはあえて計算されつくした美しい笑みを浮かべた。



「皇女という立場がそうさせるだけですわ。お望みであれば、代わって差し上げたいくらい。今回の婚約者は臣下にあたる者ですの。ご挨拶して差し上げて」



 クリスティーナが目配せをすると、シキが国王と王妃に向き合い、にっこりと微笑んだ。



「国王陛下、王妃陛下。この度クリスティーナ殿下の婚約者となりました、帝国軍所属シキ・ザートツェントルでございます。以後、お見知りおきを」



 端正な顔立ちのシキに微笑まれたユメノが頬を染め、シキに見惚れたのが分かった。

 パーティーのために正装したシキは、その男ぶりが上がっている。

 シキさま……、とユメノが酔ったようにぽつりと呟いた。

 カエデが言っていた通り、彼女は本当に恋情を持っていたのだろう。



「あら、王妃陛下は彼とは遠縁にあたるから十二分にご存知だったかしら? 代わって差し上げたいけど、もう王妃という立場でいらっしゃるから夢物語ですわね」



 ふふ、とクリスティーナが口の端を上げれば、ユメノがキッと強く睨みつけてきた。

 しかし、すぐに眉根を寄せて悩まし気な表情を作ったユメノは、シキと視線を合わせた。



「シキさまのお立場も大変ですわね。最高位からの打診では断り切れなかったでしょうし」


「いいえ。手の届かない方だと思っていた、長年の想い人である皇女殿下が私のもとへ来てくださったのです。奇跡と言わずなんと言いましょうか」



 ぐっと腰を引き寄せられたクリスティーナがふと顔を上げると、シキがにこにこしながらまぶたに口づけを落とした。

 ぎょっとしたのは不意打ちだったクリスティーナだけでない。

 ユメノも目を見開いている。



「ああ、申し訳ございません。陛下の御前だというのに……」



 悪びれもせず、全くもって謝罪の気持ちが含まれていない言葉だ。

 ユメノが悔しそうに己の手をぐっと強く握った。

 だが、シキに言葉を返したのは国王だった。



「深い想いをお持ちのようですね、殿下の婚約者は。素晴らしい方ではないですか」


「……お、恐れ入ります」


「どうでしょう、皇女殿下。この国の者たちのために、一曲踊ってはいただけないでしょうか?」


「わたくしたちが? 良いのですか?」


「もちろんです。帝国の洗練されたダンスを見たいと思っている貴族は多いのですよ」



 国王はにこにこと笑みを浮かべているが、少し冷や汗をかいていた。宗主国の皇女に対して王妃の物言いがまずいことは、ちゃんと理解しているらしい。

 気持ちを立て直したクリスティーナは、ここが引き際だと判断した。

 この国のトップである国王がまともな人間であることが、この国を保ち、王族の品格を守っているのだと、クリスティーナは見ている。



「せっかく陛下がおっしゃってくださっているものね。では一曲躍らせていただきますわ」



 ちらりと視線をやればシキがうなづき、エスコートをしてくれる。国王夫妻に軽く会釈をしてその場を離れた。


 シキによってダンスフロアへと誘われると、絶妙なタイミングで楽団の演奏が帝国調の曲に変わる。

 ダンスの輪の中に入れば場所が自然と空き、シキのリードでクリスティーナはステップを踏んだ。

 優雅な二人のダンスは、ドルレアンの貴族たちの目を釘付けにした。



「さすがはティナですね。美しくて流れるように踊る。リードのし甲斐があります」


「あなたこそ。軍人なのに踊りやすいわ。さすが公爵令息といったところかしら」


「お褒めにあずかり光栄です。婚約者殿」


「でも、少しやりすぎでなくて?」


「何がですか?」



 そらとぼけたように言うのに、わざと顔を近づけてくるシキ。

 それに対して、クリスティーナは目元を赤く染め、小声で抗議した。



「…もう、そういうところよ」


「でも、効果はあったでしょう?」



 クリスティーナは唇を尖らせた。

 結果的にユメノを黙らせたのは、恥ずかしかったがシキの行為だ。

 今まで恋人のような触れあいをしたことがなかったから、心臓が飛び出るかと思った。あの場面で叫ばなかった自分の精神力をほめてあげたいくらい。

 でも、あの時見せつけておかなければ、ユメノは止まらなかっただろう。



「ひとまず切り抜けましたね」


「そうね。これで諦めてくれればいいのだけれど」


「国王陛下が読める方で良かったです」


「王妃の手綱が握り切れていないことは問題だけど、あの方はまともな方よ。今のところは大きな失点がないから、お兄様も静観しているわ」


「今のところは、ね」


「ええ。今のところは」



 曲が止み、クリスティーナたちが優雅に礼をすると、大きな拍手が沸き起こった。

 宗主国への忖度が見える白々しい拍手に、クリスティーナは冷めた目でその場を後にした。



「ティナ、疲れたでしょう。何か飲み物を持ってきましょうか」


 シキに一目のつきにくい場所へエスコートされ、ソファへ座るように促された。



「ありがとう。お願いするわ」



 シキの後姿を見ながら、ふうと溜息を吐いた。

 軍人であるクリスティーナは、あまりこういった場所が好きではない。

 皇女である限り避けられないので、場数だけはこなしているに過ぎない。

 早く帰りたい、そう思ってしまうのは致し方ない。



「あの、皇女殿下でいらっしゃいますか?」



 声をかけられ視線を上げれば、そこに着飾った三人の令嬢が立っていた。






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