第26話 王宮夜会


「悪女が再びドルレアンに現れるだなんて、なんて非常識なのかしら」


「自分勝手に婚約破棄をした悪女が、堂々と王宮のパーティーにいるわ。恥知らずね」



 ひそひそと悪意が向けられているのは、クリスティーナに対してだ。


 今宵は王妃ユメノから招待された、ドルレアン王家主催のパーティー。

 クリスティーナは婚約者であるシキをパートナーとして、ドルレアン王宮の大広間に足を踏み入れた。

 パーティーの参加者の中で最も地位が高いクリスティーナたちは、最後に入場し、この国の貴族たちの注目を浴びていた。



(ナガトが貼った悪女のレッテルは健在ね)



 クリスティーナはシキにエスコートされながら、呆れたように周りの反応を見ていた。


 やがて、ドルレアン国王のパーティーの開会宣言が発せられた。

 朗々とした声で参加者たちに語りかける国王の隣には、美しく着飾った王妃ユメノがいる。

 楽団が演奏する中、ファーストダンスを国王と王妃が踊り、パーティーが本格的に始まった。



「クリスティーナ!」



 シキと二人で壁際にたたずんでいると、突然、大きな声で呼ばれた。

 声がした方に視線を向けると、クリスティーナは顔が引きつった。



「久しぶりだね。クリスティーナ」


「ナガト……」



 王族とわかる煌びやかな衣装に身を包み、威張るかのように胸を張った男が、クリスティーナたちの前に現れた。

 ドルレアン国王弟であるナガト・ドルレアンだ。

 悪女のレッテルを貼った張本人は、典型的な王族スマイルを振りまいていた。



「元気だったかい? このパーティーに来るなんて、僕のことが相当恋しかったんだね」


「……あなたのことなんて、ここに来るまですっかり忘れていてよ」


「ハハッ、僕の前では素直になっていいんだよ。今日の君の装いはとてもキレイだ。僕のために磨いてくれたんだろう?」



 リヒトホーフェン家が総力を挙げたおかげか、クリスティーナの容姿はさらに磨きがかかっている。

 帝国の公爵令息であるシキが息を飲んだほど。

 クリスティーナが身にまとっているドレスは、バラの花をモチーフとした華やかな赤いドレスだ。差し色になっている婚約者の色である黒が華やかさをさらに引き立てている。



「クリスティーナ、悪女というレッテルを貼られ続けているのも嫌だろう? 僕がそのレッテルを消し去ってあげるよ。さあ、僕の腕につかまって。エスコートしてあげよう」



(頭が痛い。手紙を読んだ時も相当だと思ったけれど、実物を目の前にするとさらに超えてくるわね)



 彼の身勝手な発言の数々にクリスティーナは呆れた。



「結構よ。わたくしにはパートナーがいるもの」


「は?」



 今まで目に入らなったのか、ナガトがクリスティーナの隣へすすす、と視線を移した。



「ナガト殿下、この度クリスティーナ殿下の婚約者となりました、帝国軍所属シキ・ザートツェントルでございます。以後、お見知りおきを」



 ぽかんとしているナガトに向ってにっこりと微笑んだシキは、クリスティーナの腰をぐっと引き寄せた。

 シキの端正な顔が間近に迫り、息遣いも感じられる距離だ。



(ち、近い、近いわ!)



 声に出して抗議したくても、ナガトがいる手前できない。

 クリスティーナは頬を赤く染め、強がりながらシキの胸にそっと手を置いた。



「こ、婚約者!? 聞いてないぞ!」


「王妃陛下はご存じでしてよ。招待状には祝福の言葉があったわ」



 顔面を面白いくらい歪ませたナガトを遮り、失礼いたします、と声をかけてきた貴族の男性がいた。

 どうやら国王の側近で、国王と王妃が挨拶をしたいという。



(国王陛下がこの騒ぎに気がついたというところね)



「国王陛下に呼ばれたから、わたくしたちは失礼するわ。ご機嫌よう。お元気で」


「待て……っ」



 クリスティーナが嫣然と微笑み背中を見せると、ナガトが追いかけようとしてきたが、控えていた近衛騎士に止められていた。

 小さくと溜息をつくと、それに気がついたシキが小声で話しかけてきた。

 距離が近いため、甘くて心地よい低音が耳をくすぐる。



「ティナ、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫よ。それより……近いわ」



 離れようとシキの肩を押すが、腰をさらに引き寄せられて密着度が増す。



「婚約者同士の距離はこれくらいでしょう」


「ちょっと、こんなに近づかなくても」


「恥ずかしいのですか、ティナ。初心ですね」


「う、初心じゃないわよ。恥ずかしいなんてあるわけないでしょう」


「それでこそ、ティナです。ここからは王妃のテリトリーです。存分に見せつけてあげなくてはなりませんよ」


「イ、イチャイチャを?」


「イチャイチャを」


「……」



 恥ずかしくてだんまりを決め込んだクリスティーナだが、相手の思惑が分かっているのだ、後はやりきるだけ。

 クリスティーナは呼吸を整えて、シキに挑戦的な目を向けた。



「わかったわ。何を仕掛けてくるかはわからないけれど、返り討ちにしあげなくてわね」


「さすが、私のティナです」


「ふふ、まだあなたのものではないわ。部下としてのあなたは、もうわたくしのものだけど」



 蠱惑的な瞳を向ければ、シキの瞳が珍しく揺れて、苦笑した。



「……早く、私のものになって」



 囁かれた言葉に熱がこもっているのを感じ、心臓がとくりと鳴った。

 そんな自らの内側を悟らせないように微笑みを浮かべ、やがて国王と王妃がいる広間の壇上に上がった。



「ご無沙汰しておりますわ、国王陛下」


「皇女殿下、ご無沙汰しております。ドルレアンへお越しいただきありがとうございます」



 にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべるのは、ドルレアン国王スオウ・ドルレアンだ。従属国の中でも若い国王の一人で、もうすぐ三十代になる頃だ。



「殿下が急遽ドルレアンに来られたと聞き、こうしてお会いできたこと嬉しく思います。王妃からの招待をうけていただき、ありがとうございます」



 国王とは少し離れて立っていたユメノが、こちらに向けてにこりと微笑んだ。

 今日のユメノはデコルテを大胆に見せた、オフショルダーの鮮やかなドレスを身にまとっている。小首を傾げれば、癖のない艶やかな長い黒髪がはらりと肩を滑り落ち、そのさまは妖艶ともいえる。

 そんなユメノがじっとシキを見つめていた。






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