第25話 奇策妙計
「でも以前聞いたのだけど、国王陛下は情熱的に己の伴侶にと、ユメノに打診したと聞いたわ」
こちらに来ていた時に、耳に胼胝ができるほど聞いた話だ。
国王とユメノは十歳ほど離れているのだが、彼女の美しさと聡明さに惚れて求婚したらしい。
どれだけ王妃は大切にされているか、愛されているかを、ロマンス好きの王宮付の侍女たちが常に噂していた。
「ええ。陛下はそうでしたが、ユメノは渋々でしたけどね。王妃の地位を何と思っているのかしら」
カエデが溜息を零した。
カエデの言葉からユメノの価値観を推測するならば、従属国の王妃なんて、帝国の令嬢と比べたら田舎者ということなのかもしれない。
シキへの気持ちは恋情だけではないようだ。
「じゃあ、この嫌がらせはシキとわたくしが婚約したからってことかしら」
「おそらくは。二度婚約が成立しなかったシキが三度婚約した。それが皇女殿下だったから、ユメノが動いたのではないかと。王弟殿下をけしかけて、破談を狙っているのかもしれませんね」
(婚約破棄はわたくしも望んでいるけれど……)
ちらりとシキを見れば、不満げに顔をしかめていた。
その姿にちくりと胸が痛む。
(どうして、胸が……)
「私が破談になんてさせませんよ」
「シキ」
「せっかくティナの隣に立つ権利を手に入れたのです。破談なんてありえません。ドルレアン王家には分からせる必要がありますね」
やけに気合の入った口調で言ったシキに、クリスティーナは眉根を寄せた。
「何をする気なの、シキ」
「パーティーに出席します」
「え、出席するの? わたくしは断る選択肢もあると思っているのだけれど」
「ティナ、ここに滞在している理由が理由だけに、断るのは悪手ですよ。それに相手がティナの状況を、どこまで把握しているのかはわかりませんしね」
「それは、そうね」
ドルレアンに何の打診もなく国境を越えているクリスティーナは、今の時点では不利な状況だ。しかも、討伐作戦で怪我を負っているなど、情報を掴まれていては面倒だ。
帝国の皇太子であるレオンハルトが手を打っているだろうが、問題が表面化しないだけで不利な状況に変わりはない。
「参加をすればティナに恥をかかせたり、怒らせたりするような何かを仕掛けてくるでしょう」
「全くどちらが悪女かわからないわね」
面倒ね、と表情で物言うクリスティーナに、シキがニヤリと笑った。
「だったら、こちらも仕掛ければいいのですよ」
「仕掛ける?」
「レオンも言っていたでしょう? 婚約者とイチャイチャするように、と。存分にみせつけてやればいいのです」
「イ、イチャイチャを?」
「イチャイチャを」
クリスティーナはとたんに頬を真っ赤にさせた。
「そ、そ、そ、そんなのできるわけないでしょ!?」
「できなければ、恥をかかされて、婚約を破談に持ち込まれて終わりです。いいんですか、帝国の皇女が一従属国の王妃によって恥をかかされ、婚約を終わらせられるなど。皇帝陛下やレオンの権威が落ちるだけでなく、帝国国民にも影響が出ますよ」
「う……!」
シキの言うことが正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
クリスティーナだって、己の立場をわかっている。
王弟と婚約していた時、ユメノから嫌がらせを受けて必ず返り討ちにしていたのは、シキが指摘したことが起こりかねないと思ったからだ。
「大丈夫ですよ、ティナ。いつも通りのことをすればいいだけですから」
「いつも通りって、そんなことしていないわよ!?」
「ふふ、初心で照れ屋さんですね。そんなところも好ましいですが」
「やっていないからね!?」
にこにこと微笑みながら、クリスティーナの髪をさらりと撫でるシキに、さらに真っ赤になったクリスティーナが噛みついた。
そんな姿に、ほう、と溜息を零した者がいた。カエデだ。
「まあ、十分にイチャイチャされていますよ、殿下。心配ございません。機械が恋人のような孫が、婚約者を大切にしている姿を見られるなんて。長く生きていて良かったわ」
「カエデの言う通りだ。ありがたい」
「ティナ、二人からもお墨付きをもらったことですし、パーティーには出席と返事をしましょう。帝国の威信をかけて」
「し、仕方がないわね」
納得はいってはいないが、公爵夫妻も感謝の眼差しでこちらを微笑みかけてくるし、帝国の威信もある。
押し切られるようにクリスティーナは頷いた。
「すぐにでも殿下の出席の旨をお伝えしよう」
「お爺様、お願いします」
「では、急ぎパーティーの準備をしなくては!」
そうと決まればやることは一つとばかりに、カエデががたりと席を立った。
「パーティーは今から二週間後ですから、殿下には王都にあるリヒトホーフェン家のタウンハウスへ移っていだきますわ。そこでパーティーへ向けて準備をしましょう。リヒトホーフェン家が総力を挙げて、殿下をより美しく磨き上げますわよ!」
「あ、ありがとうございます」
「ユメノの存在が霞むくらい、まばゆく麗しく仕上げますからね。久しぶりに腕がなるわ!」
勢いにのまれたクリスティーナが、シキにこっそりと聞いた。
「任せて大丈夫かしら……?」
「安心してください。お婆様の腕は確かですよ」
「さあさあ、殿下。今からドレスの採寸をしましょう。セリ、お願いね」
「かしこまりました」
応接室に控えていたセリが、ぱんと一つ拍手をすると、数人の侍女がさっと現れた。
ぽかんとするクリスティーナを取り囲むと、あっという間に応接室から連れ出した。
いつから待機していたのか、一糸乱れぬ動きを見せる、よくできた侍女たちである。
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