第24話 隣国王族
「何かしら……?」
クリスティーナは訝し気にしながら、手紙に目を通した。
「ひいいっ!」
「ティナ!?」
皇女らしからぬ悲鳴を上げ、手紙を放り出す。
ソファにしがみついたクリスティーナの代わりに、手紙を上手く掴んだシキが中身を見た。
――恥ずかしがり屋のクリスティーナへ
久しぶりだね、クリスティーナ。
君がこの国に来ていると、僕の持つとびきりの情報網が教えてくれたんだ。
僕は君との縁が切れてしまったと思っていたけれど、またこの国に来るなんて、君は僕を忘れられなかったんだね。
あの時、君は僕をこっぴどく振ったけど、本当は愛情の裏返しだったんだね。
君はツンデレだったってワケさ、マイハニー。
そんなに僕のことを想っているなら、これまでのことは水に流してあげるよ。
僕は心の広い男だからね。
いつでもこの胸に飛び込んできてくれていいんだよ。
君が望むなら、また王宮で君と踊ってあげよう。
君の運命の男ナガトより――
「お爺様、なぜこのような手紙を……」
すごく微妙な表情をしているシキから、モガミが手紙を受け取った後、彼の表情が引きつった。
「で、殿下、失礼いたしました! まさかこのような手紙が入っているとは」
「き、気持ち悪い」
「ティナ、気を確かに持って。お爺様、これがもしかして王弟殿下ですか?」
「そうだ。……いや、こんな方ではなかったのだが」
「プライドの高い王弟殿下は、おかしな方向にねじ曲がってしまったみたいね」
シキの問いにモガミが大きな溜息を零し、困ったような顔でカエデが言った。
「そもそもなぜこのような手紙を持ってきたんですか」
「これは王宮で預かってきたのだ。皇女殿下へ王妃陛下から王家主催のパーティーへの招待状なのだよ。なぜか王弟殿下の手紙が混じっておったが」
「王妃……ユメノから?」
がばりと振り向いたクリスティーナは、片眉をぴくりと上げた。
それと同時にシキが眉根を寄せた。
「どういうことですか、お爺様。ティナがここにいるなんて極秘事項でしょう。なぜドルレアン王家に情報が漏れているのですか」
「それについては調査をしておるよ。見つけ次第処分する。おそらくはマグノリア侯爵家だとみているがの」
「王弟の手紙にあった、とびきりの情報網はマグノリア侯爵家でしたか」
「マグノリアって、ユメノの実家だったわね?」
「そうです、殿下。リヒトホーフェン家の遠縁にあたる家なのですが、昔からリヒトホーフェン家の当主の座を狙っておりましてな。こういうことが時折起こるのです。王族に連なったというのに」
「リヒトホーフェン家の当主になれば、うちのザートツェントル家と縁続きになりますからね。帝国への進出を狙っているのでしょう」
「なるほど。帝国への進出ね」
従属国と宗主国とでは、政治、経済、文化、教育など全てにおいて比べるまでもない。
宗主国と繋がりが持てれば、帝国への進出はもちろん、自国での立ち位置が優位になる。ドルレアンでのリヒトホーフェン家がこれに当てはまる。
「シキ、お前がこちらに腰を据えてくれればなぁ」
「冗談はよしてください。私はザートツェントル家の人間ですよ。そちらのことはそちらで片づけてください」
「冷たいのう」
冗談のように言ったモガミだが、どこか諦めてきれていない本音を感じさせる声音だ。
それほどシキを評価しているのだろう。
(お兄様といい、卿といい、戦空艇の開発者という部分以外で、この男は評価するに値すると思っているのね)
「しかし、なぜティナをパーティーへ招待したのでしょうか」
「それはわたくしへの嫌がらせね。王弟の手紙が入っていることから考えても。王妃って暇なのかしら」
王弟ナガトとの婚約中に接点を持ったクリスティーナとドルレアン王妃ユメノは、いわゆる犬猿の仲だった。
従属国の貴族は帝国の貴族にコンプレックスを抱いているものが多い上、帝国皇女で軍人であるクリスティーナと、従属国の淑女である王妃ユメノでは合うわけがない。
当時、ユメノからの嫌がらせは日常茶飯事で、クリスティーナは返り討ちにする毎日を送っていた。
「殿下、招待状に『ご婚約おめでとうございます』と一文がありますわ」
「ホントだわ」
カエデの言葉で招待状をよくよく確認すると、季節のメッセージから始まり、日時や場所のほかに確かにその一文が入っている。
帝国内の情報は知っているようだ。
「シキとの婚約を知っているようですね。それならば、ユメノは悔しいのかもしれないですねぇ」
「どういうことかしら?」
「殿下、ユメノは昔シキにご執心だったのですよ」
「え、そうでしたか……?」
シキがよく分からないという表情をすると、カエデが困ったように眉を下げた。
「あなたは相変わらずねぇ。機械が恋人なのは」
「ご執心って?」
「シキが士官学校の休みを利用してこちらに来たことがあったのですよ。その時にユメノが偶然出会って、一目惚れをしたらしいのです。この子ったら全く相手にしていなかったけれど、ユメノからのアピールはそれはすごかったんですよ。王族から婚約の話が出ていたのに」
「罪作りなのね、あなたって」
「ティナには敵わないですよ」
「まさか、それはないわよ。恨みは買っていると思っているけれど」
クリスティーナはきょとんとして、小首を傾げる。
そんな姿に、鈍感ですね、と呆れたようにシキが呟いた。
「ユメノは帝国の公爵家の一員になることを夢見ていたこともあって、マグノリア家から何度も婚約の話が来ていたのですよ。でも、ドルレアンの貴族と縁続きになるメリットをザートツェントル家は感じておらず、シキはシキで多忙だったから、この話は実を結ぶことはなかったのですよ」
「結局、ユメノは王族と結婚したということね」
「ええ、そうです」
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