第21話 魔力暴走
戸惑うクリスティーナをよそに、次の瞬間、ワイバーンがぐわっと大きく口を開け、炎のブレスを吐いた。しかも、この一体だけではない。シキを追っていたはずの二体のワイバーンも、同時に炎のブレスを吐いていた。
その先にいたのは……戦空艇だ。
クリスティーナの心臓が激しく早鐘を打ち、身体中に響き渡った。
「やめて!!」
雨を切り裂くような悲痛な声が、クリスティーナの喉からあふれ出た。
狙われた戦空艇は、わずかに避けきれなかった。
木造の戦艦の側面に火がつき、雨にもかかわらず燃え広がる。
「あ、ああ……戦空艇が……」
揺らめく炎が視界を捉えて離さない。歯の根が合わずガチガチと震える。
無意識に震える手を伸ばすが、届くはずもない。
(戦空艇には、第三師団が、みんながいるのに)
冷静になろうと呼吸を繰り返すが、ハッ、ハッと呼吸がどんどん浅くなり、心臓がぎゅっと押しつぶされそうになる。
腹の底がぐらぐらと揺れて、喉元まで吐き気が込み上げた。
目の前の状況に、処理が追い付かず思考を停止した脳が、真っ白に染まっていく。
それなのに、脳裏に何かが映った。
(また、だ)
金色の長い髪を持つ小さな女の子が、土で汚れることを厭わず跪いている。
その印象的な紫紺の瞳を潤ませていた。
『お、か……っ、目を、あけ……っ!!』
少女は悲痛な声で叫んでいた。顔をぐしゃぐしゃにしながら、誰かを懸命に揺すっている。
その誰かは、少女と同じく金の髪が印象的な女性。しかし、その全身は赤々と血にまみれて、少女に応えることはない。
ただ、小さな手が真っ赤に染まっていくだけだった。
炎に包まれた戦空艇のように、赤く。
お願、い……、いか……な、いでっ!
クリスティーナと少女の想いが重なった。
次の瞬間、想いが濁流のように流れ込み、クリスティーナの肚の底がぐらぐらと激しく打ち震える。
全身の血が沸騰して、急激に体温が上がり、じんじんと皮膚が溶けそうになる。
肚の底で何かがぐるりとひっくり返ると、あるはずもないものが、ぐっと押し出されるように外へあふれ出した。
あの時と一緒だ、と脳内で音を拾った。
どうして忘れていたのだろう。
胸がどきどきして、苦しくて、絶望する気持ちを。
背筋が震えて、憎しみの籠った目で、誰かを壊したい気持ちを。
切なくて、連れて行って欲しくても、叶わない想いを。
ふわふわと柔らかくて優しいあの人を、忘れることなんて、できるわけがないのに。
思い出せ、あの時の想いを。
目覚めよ、肚の底に眠る真の力よ。
今度こそ鉄槌を下し、大切な存在を自らの手で救うのだ。
……自らの命を差し出してでも。
最後に、感情がごっそりと抜け落ちた音だけが聞こえた。
「ティナ!」
クリスティーナの纏う空気が、ビリビリと震えた。
その振動は周辺の空気を震わせて、中心にいるクリスティーナを巻き込むように、空気が嵐のような大きな渦を描き始めた。やがてクリスティーナから眩い光が煌めくと、ズンッと重くて強大なエネルギーが発現した。
バアアァアアンンッ
纏う空気が爆発を起こし、重く垂れこめる雲を突き抜けた。
撃ち抜かれた雨雲が霧散し、雨が止んだ。隠れていたコバルトブルーの青空が姿を現し、燦々と陽光が降り注ぐ。
乗っていたカヴァルリーは地上へ落ち、岩山と衝突したが、クリスティーナは空中にとどまっている。
陽光を背に受けながら、さらに強大なエネルギーが放つ眩い光を纏った姿は神々しい。
ざっと風が吹き、彼女の艶やかな髪が光を含んでキラキラと靡き、その双眸は紫紺ではなく、金色に輝いていた。
「チッ、魔力暴走ですね」
思わず舌を打ったシキは、冷や汗をかきながら、クリスティーナから目が離せない。
けれども、クリスティーナがシキを瞳に映すことはなく、自分を追ってきたワイバーンだけをじっと見つめていた。
金色に輝く瞳には何の感情も浮かばない。
ただ、頭上高くすっと右腕を上げて、振りかざした。
ドオオオオオンンッ
轟音が辺りを支配する。空気が膨れ、弾け飛んだ。
クリスティーナを中心に、高火力の魔力エネルギーが爆発した。
クリスティーナを追っていたワイバーンは、これでもかと目をひん剝き、声もなく絶命する。強大な魔力の炎に焼かれ、塵となって消滅した。
彼女の真下は辺り一面が吹き飛び、焦土と化し、黒煙がもうもうと舞い上がる。
クリスティーナは長い髪を靡かせながら、残った二体のワイバーンをひたと見据えた。
「ティナ、やめてください!」
鋭く睨んだ二体のワイバーンがギャアッ、と短く啼いて、猛然とクリスティーナに向ってくる。
しかし、クリスティーナはその場から動かなかった。再び、頭上高くすっと右腕を上げて、振りかざした。
ドオオオオオンンッ
高火力の魔力エネルギーが爆発した。轟音が辺りを支配する。
彼女に迫っていたその場にいたはずの二体のワイバーンは、跡形もなく消滅していた。
黒煙が嵐のように吹き荒れ、クリスティーナの長い髪が、ざっと靡く。
彼女の真下は、さらに黒々とした焦土が広がっていた。遺跡がどこにあったのか、わからなくなるほど。
幼体のワイバーンがいつの間にか戻ってきていて、あったはずの巣がなくなり心細く鳴いていた。
二回の高火力の魔力エネルギーの爆発で巻き起こった風圧のせいもあり、側面が燃えながらも戦空艇は離脱ラインを超えていた。
しかし、クリスティーナは三度頭上高くすっと右腕を上げた。
「ティナ! それ以上は必要ありません!」
シキが奥歯をぐっと噛みしめ、カヴァルリーで黒煙を掻き分けて、クリスティーナのもとへ近づいてくる。目一杯、彼女へ手を伸ばした。
クリスティーナはぐっと右腕をつかまれ、気づけばシキの胸に抱き寄せられていた。
そのままぐっと顎を上げられ、シキの顔が近づく。
「……っ」
クリスティーナは目を瞠った。
柔らかな部分が重なっている。そして、重なった部分から温かなエネルギーが流れ込んできた。
クリスティーナの身体が与えられるエネルギーに反応し、纏っていた嵐のようなエネルギーが徐々に落ち着いていく。
身体がぐらりと傾き、無意識に目の前にある胸にぎゅっと縋った。
シキにさらに抱き込まれて、重なっている部分が深いものに変わる。
こくり、こくりと何度か喉が動くと、やがてクリスティーナの意識が白く塗りつぶされていく。
……ごめんね、ティナ。
悲しみと切なさが混ざったような音が、かすかに耳に残った気がした。
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