第18話 電光石火

 シキに続き、カヴァルリーから降りたクリスティーナは、四角錐の形をした石の塊に近づいた。

 それは首が痛くなるほど見上げるくらいの高さがあり、その高さと同じくらいの辺で構成されている、四角錐の巨大な建造物だった。



「かなり大きいのね」


「文献で見ましたが、こんなに大きなものだったとは。文献通りなら、これがフリーエネルギーというものだそうです」


「これが……」



 またフォォオンと独特な音が聞こえてきた。どうやら四角錐から発せられているようだ。

 どんな仕組みになっているのだろう、とクリスティーナはうずうずしてしまう。



「ティナ、私はさっそく解析を始めます。しばらくかかると思いますが」


「わかったわ」



 シキが建造物に近づくと、今度は革袋から薄い箱型の装置を取り出した。どうやら解析装置らしい。その装置から付随している数本のコードを、四角錐の側面に取りつける。

 クリスティーナが解析装置を覗き込むと、ピピッと軽快な音が鳴った後、解析が始まったようだ。

 邪魔をしないように離れたクリスティーナだったが、むくむくと育つ好奇心を抑えられず、手のひらで別の側面にそっと触れた。



「あら……温かい?」



 じんわりとした温かさが、手のひらに伝わってきた。

 遺跡の内部は、常にひんやりと冷たい空気が漂っていたのに。



「おそらくこの建造物から放たれている柱のようなエネルギーに核があり、それが熱を発しているのだと思います」



 シキが画面から視線を動かさずに言った。

 その横顔は真剣で、少し伏せた目元に色気が漂っているようで、クリスティーナの胸がドキリと鳴った。



(また意識を……きっとデートなんて言われたせいだわ)



 胸がもやもやとして地団駄を踏みたいところだが、シキがこちらを見ていなことをいいことに、ジトっと睨んでおいた。そんなクリスティーナに気づかないシキは、言葉を続ける。



「解析を始めていますが、このエネルギーはこの建造物の中で、渦を巻きながらエネルギーが放たれているようですね」


「じゃあ、エネルギーの源はこの建造物なの?」


「いえ、どうやら違うようですよ。どうも空間にある、何らかのエネルギーを抽出しているらしい」


「空間?」


「文献で読んだことがあるのですが、空間にはあらゆるエネルギーに変換できる、空白エネルギーというものがあるそうです。そのエネルギーじゃないかと推測しています」



 クリスティーナは息を飲んだ。全く聞いたこともない話だった。

 エネルギーと言えば、この世界では魔導石のエネルギーを指す。当然、物質的なものだ。

 それなのに、神代の時代は見えないものからエネルギーを作り出していたというのか。



「どういう仕組みで動いているのかしら……」


「それを解析し始めたところです。もう少し時間が必要ですね」


「ええ、もちろ……っ!?」



 刹那、ぞわりと嫌なものが背筋に這い上がった。クリスティーナは勢いよく後ろを振り向く。

 このエネルギーの煌々とした光が届かない、薄暗い通路の先に何か気配を感じる。目をすっと眇めて、気配を探った。



「何かいるわ」


「いますね」



 シキもどうやら察していたらしい。

 クリスティーナはシキを背に隠すようにして、薄暗い通路に向き合った。



「わたくしが対処するわ。シキは引き続き解析をして」


「ティナ、ひとりで大丈夫ですか?」


「平気よ。こんな時の護衛でしょう? 任せて」



 クリスティーナはニッと唇の端を上げると、気配を感じる薄暗い通路に向って駆け出した。

 走りながら腰のベルトに差していた、相棒の黒いロッドをさっと取り出し、それを右手でぐっと握りしめながら、なけなしの魔力を込めた。



「ハルバード!」



 ロッドがブンッと低く短い音を発したと同時に、ぶわりと光を放ち、状態を変化させていく。

 手のひらくらいの大きさだったロッドが、クリスティーナの身長を超える長い柄に変わる。

 先端には魔力が放出され、魔力で作られた鋭い斧が生成され、右腕に重みが加わる。



「ゴオオオオオオォォン」



(魔物の咆哮だわ)



 ザッと足を止めたクリスティーナは、ハルバードをブンッ、と一振りして構えた。

 ドッドッドッドッ……と、地響きを鳴らす足音がこちらに向かってくる。

 やがて姿を現すと、人間の身長の二倍ほどの岩石の硬い体を持つゴーレムだった。



「ゴーレム。しかも三体も」



 一体だけではなく、後ろからドスンドスンと地面を揺らして、ゆっくりと二体のゴーレムもやってきた。

 三体のゴーレムが彼女を認識し、明らかな敵意を向けてきた。



(この遺跡を守っているのかしら。けれども、邪魔をさせるわけにはいかない)



 クリスティーナはふっと短く息を吐き、ハルバードの柄を握る手にぐっと力を込める。己の肚に力を込めて全身の血を滾らせれば、彼女の双眸に鋭さが宿った。



「さあ、殲滅して差し上げるわ」



 ダンッ、と足を踏み鳴らして、先に動いたのはゴーレムだった。

 一体のゴーレムが岩石でできた重そうな拳を振り上げ、クリスティーナの頭上を狙った。



(あの拳を受けたらただではすまない。でも、動きが単調だわ)



 瞬時に、クリスティーナはビュンッと高く跳び上がる。ちょうどゴーレムの拳が彼女のいた場所を叩きつけた。重い拳が地面にめり込み、白く濁った砂埃が巻き上がった。ゴーレムを包むように巻き上がった砂埃は、クリスティーナを覆い隠す。

 首をギギギ、と動かしながら探るしぐさをするゴーレムたちだが、彼女を見失っているようだ。



(わたしはここよ!)



 砂埃が引いていくその瞬間、今度は彼女がゴーレムの頭上を捉えた。奥歯を噛みしめて力を入れると、ハルバードを大きく振りかぶった。



「ゴオオオオオオォォン!!」



 岩石の硬い体を持つゴーレムの頭から腰にかけて、真っすぐに振り下ろし、ズバンッと両断した。

 ゴーレムが咆哮を上げ、その巨体は魔力の炎に焼かれ、塵となって消滅した。



(まずは一体)



 クリスティーナは息つく間もなく身体をひねり、地面を蹴って駆け出すと、もう一体のゴーレムに狙いを定める。

 そのゴーレムが、自分より小さいクリスティーナを捕まえようと、体を屈めてグググッと腕を伸ばした。



(捕まえられるかしら?)



 クリスティーナは地面を蹴り上げ、ビュンッと高く跳ぶ。そのままくるりと回転すれば、ふわりと美しい髪が靡く。屈んだゴーレムの背中を通り越して、ストンと着地して後ろへ回り込んだ。



(後ろがガラ空きよ!)



 ニッと口の端を上げたクリスティーナは、地面を踏みしめて脚全体に力を入れる。両手で握りしめたハルバードを、右下から斜め上に向かって、力強くブンッと振り上げた。

 ゴーレムの身体には斜めに亀裂が入り、ゴガガガッと岩石が割れる音とともに身体が分断した。



「ゴオオオオオオォォン!!」



 再びゴーレムが咆哮を上げ、魔力の炎に焼かれ、塵となって消滅した。



「ティナ! 解析終了です。加勢します!」



 シキの少し焦った声が、この空間に響いた。

 けれども、最後のゴーレムがクリスティーナを襲うべく、目の前に迫っていた。



「いいえ。わたくし一人で十分よ」



 なりふり構わずぶんぶんと振り回してくるゴーレムの両腕を、クリスティーナはひょいひょいと軽く躱していく。



(そんな攻撃ではわたくしを倒せないわよ)



 ふっと笑みを漏らしたクリスティーナはぐっと地面を踏み込んだ後、ダダダダッ、とトップスピードで駆けだし、一気にゴーレムの懐に入り込んだ。

 ハッと短く息を吐き、得物のハルバードを水平に構えて、渾身の力で右腕をブンッと一振り。風を切るように真一文字に薙ぎ払った。

 刹那、ゴガッ、と胴体が真っ二つに分離する。



「ゴオオオオオオォォン!!」



 咆哮を上げて崩れ落ちたゴーレムは、先の二体と同様に魔力の炎に焼かれ、塵となって消滅した。

 ふぅと一呼吸し、クリスティーナは肩の力を抜いた。




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