第17話 遺跡調査

 魔導弾が貫いた岩山の風下にあったナウシエト遺跡は、その衝撃で砂埃に包まれ、白く濁っていた。

 髪を靡かせてカヴァルリーに乗るクリスティーナは、砂埃に顔を顰めながら突っ切っていく。

 ブーンとモーター音を上げてスピードを緩めず遺跡に近づいていくと、砂埃が薄くなりその全貌が見えてきた。


 上空から見えたナウシエト遺跡は、岩石で作られたような独特な石柱が何本も建っており、ぐるりと周囲を取り囲んでいた。まるで円形の闘技場や祭祀場を彷彿とさせる建造物だった。

 だが、どこもかしこもボロボロに崩れていて、特に床面の中心には大きな穴がぽっかりと開いていた。

 その不気味さに背筋がぞくりとし、薄ら寒さすら感じる。



「ティナ、ここから入りましょう。入り口としては問題ないでしょう」


「わかったわ」



 大穴を指差したシキの先導で、カヴァルリーのまま大穴に侵入し、下降した。

 遺跡内部に入ると独特な黴臭さが漂い、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

 進めば進むほど明かりが届かず、暗く深い闇に飲み込まれたようで、クリスティーナの肌が粟立ち、無意識に操縦桿をぐっと握った。


 カヴァルリーに搭載されている小さな照明で進行方向を照らすと、ぼんやりと内部の状況が浮かび上がった。薄闇に包まれて見えづらいが、どうやら広い空間があるようだ。だが、照明の明かりが届かないほど、底が見えず闇が深い。


 しばらくするとシキが進路を変えて、階段の踊り場のようなところへ降り立った。それにクリスティーナも続いた。



「シキ、どうしたの?」


「ここで探知機を設定します」



 シキがカヴァルリーの明かりを頼りに、背負っていた革袋から、丸い形の計測器のようなものを取り出した。



「これが探知機?」


「ええ。エネルギー反応を捉える魔導探知機です。ロストテクノロジーは独特な波形を持つ高いエネルギーを放っていて、この遺跡にあるとされるロストテクノロジーも同じく、エネルギー反応が高いと予測しています。この探知機でエネルギー反応が高い場所が分かれば、そこにロストテクノロジーがあると踏んでいます」



 シキが魔導探知機を起動させた。

 覗き込んでいたクリスティーナは、触れてみたい気持ちを抑えつつ、シキの手元をじっと見つめる。魔導探知機を設定するため、シキの両手は入力をするのに忙しい。

 設定が組み上がっていく様子に、クリスティーナは胸が躍っていた。



「さて、稼働しますよ。短時間で済めば済むほど、この後に想定している巣に戻ってくるワイバーンの討伐が、やりやすくなるはずです」



 シキがボタンを押し、ピッと軽快な音が鳴ると、魔導探知機の画面がぼんやりと光り出した。



「ふむ。すぐに探知できたようですね。ここから北の方角で、ここより少し下層ですね。入り組んでいるかもしれませんから、私が先に行きましょう」


「わかったわ」



 シキが魔導探知機についているフックを、カチャリと操縦桿に引っ掛けて固定した。

 二人は再びカヴァルリーを操縦し、今いる場所から奥へと進んだ。

 遺跡の通路はシキの予想通り、一筋縄ではいかなかった。迷路のように曲がりくねったかと思えば、ひたすら真っすぐに進むしかない通路もあった。


 クリスティーナにとって、遺跡や地下を探索することは初めての体験だった。暗闇でシキに見つからないことをいいことに、冒険物語の主人公になった気分で目を輝かせていた。



「ティナは本当に良かったのですか? この調査に同行して」


「もちろんよ。どうして?」



 すっとカヴァルリーで並走してきたシキに、クリスティーナはきょとんとし、首を傾げた。



「任務ですが女性が好む場所ではありませんし、せっかく二人きりで初めての外出ですよ? 帝都の街へデートじゃなくて、古びた遺跡の調査です」


「デ、デート……」


「婚約者として、最初はデートにお連れしたかったのですが」



 どこか残念そうな響きを持つシキの言葉に、クリスティーナの頬がかあっと熱を持つ。

 暗くて良かった、と胸の内でホッと安堵する。


 クリスティーナは六人も婚約者がいたにもかかわらず、二人きりでの公務はあれど、プライベートでのいわゆる「デート」をしたことがなかった。

 婚約破棄を前提としていたから婚約者とは距離を取っていたし、相手にそういった興味を持つことがなかったのだ。



「わ、わたくしはここで充分だわ! 遺跡なんて初めて入ったし、興味深いわ。それに」


「それに?」



 言葉を切って、クリスティーナはすすすと視線を外し、少し唇を尖らせた。



「……ロストテクノロジーにとても興味があるの。だって神代の時代の技術よ。見てみたいじゃない」



 ぽつりと漏らすと、ふっと息が抜けた音が聞こえ、柔らかな音でシキがくすくすと笑った。



「なるほど、そうだったんですね。師団長であるあなたが護衛をすると言って、わざわざ遺跡の調査についてきた理由がわかりましたよ」



 笑われると思っていたから、言うつもりはなかったのに。

 遺跡の調査はシキだけでも良かった。シキは魔刀アシュラを操れるほど強い。

 でも、クリスティーナは新たな技術に自分の目で見て、触れてみたくて。私的な感情はダメだとわかっていても、調査についていきたかった。



「わたくしはどうも機械や技術に心惹かれるわ。昔からなのかもしれないけれど」


「……昔から、ね」


「だから、この目でロストテクノロジーが見られるなら、デートよりも有意義なのよ」



 クリスティーナは軍人になる前から、魔法ではなく機械や技術に興味を示していた。もしかしたら記憶を失う以前から、そういったことが好きなのではないか、そう考えることもあった。



「ふむ。デートよりもですか。ではこの任務が終わった後、私が有意義なデートにお連れしましょう」


「デ、デートに!?」


「ここよりも有意義な時間が過ごせますよ。楽しみにしていてくださいね、ティナ」


「そんなのしてもらわなくて結構よ!」


「婚約者としてそれは却下です。あ、もうすぐロストテクノロジーの場所に着きますね。行きますよ」


「ああ、もう!」



 もっと文句を言いたかったが、勝手に約束を取りつけたシキが、カヴァルリーを右に旋回させた。

 再び唇を尖らせたクリスティーナは、渋々シキの後ろからついていく。



(なんて勝手なの! どうしてこうも振り回されるのよ、もう……)



 イライラと頭にくるけれど、でも、胸の内はなぜか嫌だと思っていなくて。

 シキとのやり取りをどこか楽しんでいる自分がいる。



(わたくし、楽しいの……?)



 そんな知らない自分に気づいて、また胸の内が揺れてしまう。



「ティナ、見てください!」



 シキの声と同時に、ピピピピピピ、と魔導探知機がけたたましく鳴った。

 ハッと思考の海から我に返ったクリスティーナは、シキが指差した先を見て、息を飲んだ。

 そこには真っすぐ天へ伸びる白い柱状のエネルギーが、キラキラと輝きを放っている。



「何、これ……」



 見たことのない光景に、クリスティーナは目を奪われた。無意識に操縦桿を握る手に力が入る。

 近づこうとするシキに続いて、建造物が崩れた崖のような場所にたどり着くと、そこからカヴァルリーでふわりと下降した。

 下へ下へと降りていくと、徐々に大きな四角錐の形をした石の塊が見えてきた。



「こんなもの、見たことがないわ……」



 近づけば近づくほど、フォォオンと独特な音が一定間隔で聞こえてきた。

 クリスティーナは息をすることも忘れて、食い入るように見つめる。

 観察してみると、柱状のエネルギーは青みがかったような紫がかったような色を放っており、石でできた四角錐の頂点から放出されていた。その光で辺りは煌々と照らされ、暗闇から明るさを取り戻していた。



「どうやらこれが、ロストテクノロジーみたいですね」



 魔導探知機を確認していたシキが、四角錐の底面と同じ高さの地面に先に降り立った。




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